八戸せんべい汁を作る 南部せんべい手焼きセットで
漬物(番外編)
おにぎり・おむすびの回で野瀬が書いたように、先日、せんべい汁研究所(通称・汁゛研)の皆さんと、神田で富士吉田うどんを食べる機会がありました。その際に「ぜひ試してみてください」といただいたのが「はちのへ名物 南部せんべい手焼きセット」です。
ずしりと重い箱の中には鋳鉄製の焼きごてとせんべいの生地になる粉やピーナツなどが入っています。せっかくなので、これをみんなで試してみよう、さらには焼いたせんべいでせんべい汁を作ってみよう、ということになり、早速決行することになりました。
場所は、先日のエミー隊員オフ会で登場した日光…もとい着物美女軍団のひとり、ライター・柏木珠希さんのお宅。お忙しい中、ご近所にお住まいの隊長こと三林京子さんも駆けつけてくださいました。
鍋の準備は柏木さんにお任せして、まずは僕と隊長でせんべい焼きの準備に取りかかります。ちなみに、ひとり酒を飲まないエミー隊員は「私の飲むものがない!」と早々にコーラを調達すべく近くのコンビニへと出かけてしまいました。
セットにはピーナツの入った甘系とごま入りの塩味系の2種類の「粉」が入っています。この日は、コーラのエミー隊員以外は「お酒の友」ということで、塩味の方を試すことになりました。
説明書によると粉100グラムに水70ccを加えれば4枚分の生地ができるとあるのですが、あいにく柏木邸には量りがない。基本的にアバウトな性格の僕としては「いいや全部入れちゃえ!」と全ての粉をボウルに投入、その分水を増やしてかき混ぜることにしました。「どうせみんな食っちゃうでしょ?」のひと言に誰からも異存の声は上がりません。
ところが何も考えず一度に水をぶちまけたところではたと気がついた。いけねぇ、ダマになる――。
しかしさすがは南部せんべいの粉、乱暴な調理法にもダマになることはありませんでした。何の配慮もなく粉と水をぶちまけて手荒にかき混ぜたにも関わらず、立派なせんべい生地ができあがったのです。パンやうどん、蕎麦だったらこうはいかなかったでしょう。
僕が粉と格闘している間、隊長は焼き器をカセットコンロで温めます。サラダ油を焼き面になじませるなど、さすがベテラン女優ならではの気配りです。ちなみに、エミー隊員はまだコーラ探しの旅から帰ってきません…。
練り上がった生地はなかなかの粘度です。ラップの上にのせて小分けにしようとしたところ、ラップに張り付く、手に張り付く。さらにはあまりのねばりにきれいに小分けることができません。そう、ここでも持ち前のアバウトさを発揮。大きな塊から「こんなもんかなぁ」と引きちぎって焼き器にのせることにしました。
隊長が頃合いに温めてくださった焼き器の上に生地をのせ、植木ばさみの要領で挟み込みます。「プーィー」とちょっと失敗したすかしっPEのような音とともに、生地は厚い鋳鉄に挟まれ、目分量がゆえに余った生地は、鋳鉄の間からはみ出してきます。最初はおそるおそる弱火でトライ。分量をあやまったというかそもそもアバウトに生地をのせたため、最初の1枚は「みみ」がダンボに仕上がってしまいました。
2枚目以降はもっぱら隊長が「焼き方」を担当、僕は撮影に回ることにしました。隊長はあっという間にコツをつかみ、ほどなく適量の生地をのせ、焦がさずにせんべいを仕上げるようになります。
ようやくコーラ探しの旅から戻ったエミー隊員は興味深そうに、隊長のせんべい焼きを凝視しています。
「わたしもやりたい――」。
そして焼き上がったのがこれです。「靴底せんべい」です。
ベティー隊員キャーッて感じ。
ちなみに、「靴底」は別として、焼きたてあっちっちぃのおせんべい。これがナンともうまいのです。塩味で正解。コンロを焼き器が占拠したため、なかなか鍋に移行できなかったのですが、その間に焼き上がったせんべいは次々に、ビールのつまみとして消えていきました。
口の中に広がる香ばしさ、せんべいというよりは膨らまないパンといった方がいいのでしょうか、独特の食感がビールにぴったりなのです。これが甘いピーナツせんべいだったらそうはいかなかったでしょう。
さて、用意した生地をすべて焼き上げて、いよいよせんべい汁へ移行です。この日は八戸直送のせんべい汁の出しに、白菜や春菊、ゴボウなどの野菜類、キノコ類、鶏肉と豚肉、しらたきや豆腐などを独自のアレンジで入れてみました。
そして、汁゛研の「せんべい汁には専用のせんべいを」とのアドバイスで、せんべい汁セットに入っていたせんべいを大量に鍋に割り入れます。っていうか、実は焼いたせんべいの多くはすでに胃袋の中でビール漬けになっていたのです。
鍋がお膳に登場すると、ここでひとつの事件が起こりました。隊長がひときわ元気になったのです。菜箸を手に、大きな身振りであれやこれやと声高に指示が飛びます。「隊長」が「鍋奉行」に変身した瞬間です。ただし、このお奉行、ちょっとフライング気味なんです。おせんべいが程良く煮える前に箸が動き出したのです。
こうなると、鍋の前で「おすわり、待て」状態のハイエナたちは自制がききません。堰を切ったように土鍋に箸をのばし始めます。全員がフライングです。とはいえ、それでもうまい。どちらかといえば出しや具はあっさりとした味わいなのですが、そこにせんべいが入ることによって、味にパンチが出るのです。
あっという間に鍋からせんべいが消え、次々にせんべいが割り足されていきます。しばし息を継ぎ、第2弾のせんべいの頃合いを待つ間に、実は鍋の底の方ではある変化が起こっていました。
手荒く箸が入った鍋の具の下には、いつの間にか先ほどのせんべい一次隊の生き残りが埋没していたのです。そして二次隊と対峙すべく素早く投入されたおたまの中に、程良く煮えた一次隊が紛れ込んできたのです。
この一次隊の食感こそがせんべい汁の醍醐味。汁゛研のいう「アルデンテ」です。煮くずれそうで煮くずれないせんべいにはしっかりと「芯」があるのです。ソフトすぎるほどの周りの食感に、そのまま歯を進めると突如として讃岐うどんのようなコシにぶち当たる。そして、その歯触りを楽しむうちにぷつりと切れる――。何とも言えない食感なのです。
ほどなくお鍋は空っぽになってしまい、同時に隊長持参の美味しい日本酒の一升瓶もカラになってしまいました。
実はこの日、ミルフォードさんからいただいた北海道限定のカップ麺や三林隊長からいただいた大量のうまかっちゃんwith赤い恋人たち、揚げにんにく、さらにはエミー隊員の帰省みやげなどなど様々な食材があふれていたのですが、いったい何を食べて、何を食べなかったのか判然としないくらい――。それほどよく食らい、よく飲みました。
ベティー隊員 どうりで最近アンパンマンに似てきたと思った。
デスク納得 シャツの色? 確かにそっくりだ。
野瀬 隊長、体調はどうですか?
僕自身はすでに経験済みだったのですが、隊長はじめこの夜、鍋を囲んだ皆さんにとっては、衝撃的なせんべい汁デビューだったようです。隊長からは早速「あのセットはどこで買うのか教えてください」とのメールが届いていました。
本場・八戸に行けばもっとうまいせんべい汁が食えるんですよ~。
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
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