年金・老後

定年楽園への扉

老後を豊かにする 年齢を受け入れる生き方 経済コラムニスト 大江英樹

2017/3/23

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 定年間際のサラリーマンや年金生活者にとって、豊かな老後を送るための課題はお金だけとは限りません。年齢に応じた生き方も課題となります。誰もが若くありたいと思うでしょうが、老いは容赦なくやってきます。そうした現実にどう向き合えばいいのでしょう?

 詩人サミュエル・ウルマンが書いた「青春」という詩があります。「青春とは人生のある期間ではなく、心の有り様を言うのだ」という有名な詩です。世の中にはこの詩が大好きだという人がたくさんいます。特に比較的年齢の高い経営者や企業の役員にその傾向が強いようです。

 そういう人には申し訳ないのですが、私は若い頃からこの詩が好きではありませんでした。年を取ったら好きになるかと思ったものの、65歳という年齢になっても同じです。

■「青春だ」と叫んでも年は取る

 自分が若い頃に証券会社で支店勤務をしていたとき、本社から時々役員の人が来て講話すると、しばしばこの「青春」の話を聞かされました。たいていは、この詩の講釈を聞かされた後に「いいか、青春というのは年齢じゃないんだ。俺なんか今でも元気いっぱい、お前たちよりもずっと青春真っただ中にいるんだぞ」という言葉で締めくくるパターンでした。

 当時、私は心の中で「何を言っているんだ。単なる負け惜しみじゃないか」とひそかに思ったものです。ウルマンの詩には「青春」「若さ」にこそ価値があり、老いていくことは人生の敗北であるといった考え方が根底にうかがえます。私がこの詩を好きでないのもいつまでも青春を引きずっているという空気をありありと感じるからです。

 年を取れば能力は落ちます。体力はもちろん記憶力も、場合によっては判断力だって低下することが多くなります。見た目も若い頃とは違って衰えます。にもかかわらず「青春だ」と声高に叫ぶのは、「若者には負けたくない、自分だってまだまだやれるんだ」と主張することで自分を納得させようとしているのでしょう。こうした人はともすれば若者に嫌われる「老害」になりかねません。

 私は年を取ることが悪いとは全く思いません。年を取ったら取ったなりの味わいが出てくるからです。大切なことは老いにあらがうのではなく、それを受け入れて自分にふさわしい役割を果たすことではないかと思うのです。

■若者と張り合う必要はない

 能の世阿弥の「風姿花伝」の中に「時分の花」と「真の花」という話が出てきます。「若い頃は何もしなくても美しいし、花がある。年老いてくると花は衰えるが別の花が生まれる。それが真の花だ」と世阿弥は言います。

 つまり、年を重ねて経験を積んできたからこそ出せる魅力があるということです。若い人と張り合う必要は全くないのです。年を取っても「俺は青春だ」と威張るのではなく、自分の能力の衰えを素直に認めた上で、自分にしかできないこと、自分の年齢だからこそできることは何かということを考えるべきでしょう。そうした観点から仕事でも世の中にでも貢献することを考えるのがすてきな年の取り方ではないかと思うのです。

 俳優や女優でも若い頃よりも年を取るにしたがって良い味わいを出している人もいます。私は「抗加齢(アンチエイジング)」という考え方があまり好きではありません。加齢にあらがうのではなく、むしろ加齢を受け入れることによって味わいを出せると思うからです。それこそが「真の花」ではないでしょうか。

 お金の使い方もその年齢にふさわしいやり方があるはずです。自分の楽しみだけにお金を使うのではなく、後輩のために援助してあげられることがあればやっていいでしょう。若い人へ投資することも粋なお金の使い方だと思います。

 いずれにしろ、年齢に応じた生き方やお金の使い方をすることが豊かな老後生活を送る鍵ではないでしょうか。

 「定年楽園への扉」は隔週木曜更新です。次回は4月6日付の予定です。
大江英樹
 野村証券で確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。著書に「定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門!」(共著、日経BP)など。http://www.officelibertas.co.jp/

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