アカデミー賞 『ムーンライト』作品賞が意味するもの
2月26日(現地時間)に発表された米アカデミー賞。『ラ・ラ・ランド』が監督賞、主演女優賞など最多6部門で受賞したが、作品賞は『ムーンライト』が獲得。作品賞の他、助演男優賞、脚色賞の3部門に輝いた。主要部門の受賞結果から、今年のアカデミー賞に込められた意味やメッセージを読み解いてみよう。
まず作品賞だが、2010年以降の作品賞受賞作を見ると、扱っているテーマが大きく2つに分けられる。「社会派」と「映画愛」だ。前者にあたるのは『ハート・ロッカー』『それでも夜は明ける』『スポットライト 世紀のスクープ』、後者は『アーティスト』『アルゴ』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。困難を克服する主人公を描いた『英国王のスピーチ』だけが違った内容で、それを除けば、作品賞は社会派か映画愛か、いずれかを描いた作品に与えられてきたのが近年の傾向だ(記事末に表を掲載)。
そして今年の受賞作『ムーンライト』は社会派である。マイアミの貧困地域を舞台に、黒人少年の成長と葛藤を少年期、ティーンエージャー期、そして大人と3つの時代構成で描く。一方、最多6冠の『ラ・ラ・ランド』は映画愛やジャズ愛に満ちたミュージカル映画で、往年のハリウッド映画の王道=「夢と希望」を娯楽性豊かにうたいあげる。
『ラ・ラ・ランド』は史上最多となる14ノミネートを獲得、作品賞でも大本命といわれていたが、大方の予想を覆す形で作品賞は『ムーンライト』に渡った。ここからは、社会から目をそらさない、というアカデミー会員の強い意志やメッセージが読みとれるのではないか。
俳優部門の受賞は「非白人の年」に
アカデミー会員の意志が強く反映されたのは、俳優部門の受賞もそうだ。昨年、アカデミー賞の俳優部門候補者が2年連続で白人だけだったことで、アカデミー協会は批判を受けた。そこで協会では、女性と非白人のアカデミー会員数を増やした(人数は不明)。その効果からか、今年は俳優部門の非白人候補が一気に7人に増えた(デンゼル・ワシントン、ルース・ネッガ、デブ・パテル、マハーシャラ・アリ、オクタビア・スペンサー、ナオミ・ハリス、ビオラ・デイビス)。
さらに作品賞候補作には非白人俳優が主役の作品が4作入った(『ムーンライト』『LION/ライオン ~25年目のただいま~』『フェンス』『Hidden Figures』)。一昨年は『グローリー 明日への行進』のみ、昨年はゼロだったので、俳優部門と同様に増えたことになる。
また、助演男優賞は『ムーンライト』のマハーシャラ・アリ、助演女優賞は『フェンス』のビオラ・デイビスが受賞。『ムーンライト』の作品賞受賞と合わせて「今年は非白人の年」を印象づける結果となった。
アカデミー協会会長のシェリル・ブーン・アイザックスは、授賞式で「皆さんは1世紀続くコミュニティーの一員です。ハリウッドの、米国の、ではなくグローバルなコミュニティーです。世界中の物語の作り手であふれ、日ごとに多様になっています。アートに国境はありません」とスピーチ。ハリウッドが人種や国籍にとらわれない多様性を重んじていることを訴えた。
昨年の受賞傾向への反動やトランプ政権への反発で、より強く多様性を重視するようになったハリウッド。それが『ムーンライト』の作品賞受賞という大逆転劇につながったといえそうだ。
『ラ・ラ・ランド』に監督賞の意味
アカデミー賞は映画人たちが新しい才能や功労者、チャレンジ精神をたたえる場でもある。『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督の監督賞受賞は、ハリウッドが彼を新しい才能として高く評価している表れでもある。チャゼル監督の前作『セッション』は、アカデミー賞の助演男優、編集、録音の3部門で受賞、作品、脚本でノミネートされている。当時から将来を期待されており、満を持しての受賞だろう。チャゼル監督は1月に32歳になったばかりで、史上最年少での監督賞受賞となった。ちなみに11年以降、監督賞は米国外の監督が受賞しており、久々の米国人監督となる。
新しい才能は『ラ・ラ・ランド』で主演女優賞を受賞したエマ・ストーン(28歳)、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で主演男優賞を受賞したケーシー・アフレック(41歳)もそうだ。ストーンは『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ(12年、14年)のヒロインで知られ、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14年)でアカデミー助演女優賞初ノミネートを果たす。2度目のノミネートでの受賞となった。昨年受賞したブリー・ラーソン(27歳)に続いて20代女優の受賞となった。
アフレックは10代からテレビに出演し、『誘う女』(95年)で映画デビュー。『オーシャンズ11』『インターステラー』など数多くの作品に出演し、08年『ジェシー・ジェームズの暗殺』で助演男優賞候補になった。「新しい才能」としてようやく映画人に認められたといえそうだ。
(ライター 相良智弘)
●2010年『ハート・ロッカー』
2004年のイラク戦争下のバクダッド、反乱軍による手製爆弾の解体に追われる米軍の爆発物処理班3人の日常を描く。
●2011年『英国王のスピーチ』
子供の頃から吃音(きつおん)に悩み、心を閉ざしていた英国王ジョージ6世が、型破りなスピーチ矯正専門家や妻に支えられ、人前でスピーチができるまでになる姿を描く。
●2012年『アーティスト』
1920年代のハリウッド、無声からトーキーの時代に移行する際、無声時代のスター男優が落ちぶれていく姿と、若手女優との恋を当時そのままに白黒で描く。
●2013年『アルゴ』
1979年にイランで米国大使館が占拠された際、カナダ大使の自宅に身を隠した6人を、映画のスタッフに偽装してCIAが脱出させた実話に基づくサスペンス映画。
●2014年『それでも夜は明ける』
19世紀の米国ニューヨーク州で自由に暮らしていた黒人の音楽家が誘拐され、南部で奴隷生活を12年間も強いられた回想録を映画化。
●2015年『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
ヒーロー映画『バードマン』で人気スターとなるものの、今は落ち目の俳優が、ブロードウェイの舞台で復活しようと奮闘する姿を現実と幻想を交錯させて描く。
●2016年『スポットライト 世紀のスクープ』
米ボストン・グローブ紙の記者たちが、神父が子供に性的虐待を与え、それを教会が組織ぐるみで隠ぺいしていたスクープを暴く実話の映画化。
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