やるとやらないで大きな差 プロによる歯の定期メンテ
30~40代のうちに身に付けたい歯の健康習慣(1)
加齢とともに、口の不調を訴える人は増える。例えば歯周病。厚生労働省の平成23年(2011年)歯科疾患実態調査によれば、歯周ポケットといわれる歯と歯ぐきの境目の溝の深さが4mm以上の歯周病の人の割合は年齢を重ねるほど多くなる(図1)。
加齢とともに増える口の不調、35~44歳の4人に1人は歯周病!
30~34歳ではおおよそ5人に1人(20.3%)、35~44歳ではおおよそ4人に1人(23.3~25.5%)、45~54歳ではおおよそ3人に1人(30.5%~35.5%)が歯周病にかかっていることになる。
では、なぜ加齢とともに歯周病にかかる人が増えるのか。
実は、歯周病も虫歯も歯周病菌や虫歯菌による感染症だ。口腔内は常に約37℃で湿度が保たれ、食事により栄養分が供給されるため、細菌が繁殖する絶好の環境にある。細菌は唾液1ミリリットル中に7~8億も含まれるが、多くの細菌は4時間ごとに約2倍に増殖する。
歯周病の原因となる主な因子は3つある。1つ目が感染を引き起こす細菌。2つ目が免疫などの体の中の状況、3つ目が喫煙習慣やストレスなどの環境因子だ。こうした因子が絡み合いながら、歯周病が発症する。加齢とともに、免疫力が低下したり、悪い生活習慣が重なることで歯周病になりやすくなる。不十分なブラッシングなどで口の中の歯垢(しこう)や歯石が徐々に蓄積することも、年齢が上がるにつれ歯周病が増える要因だ。
一方、大人で虫歯になる主な原因も3つ。1つ目は、治療した虫歯の詰め物の下で虫歯菌が繁殖してしまうこと。経年変化で詰め物と歯の間にすき間ができるなどで感染してしまう。2つ目は、歯周病の進行とともに歯ぐきが下がり、もともと歯ぐきに隠れていた、エナメル質で守られていない歯の根っこの部分が露出し、そこに虫歯ができやすいこと。
3つ目は、常用薬の副作用や全身疾患の影響により唾液の量が減ること。唾液は口の中を清潔に保つために重要な役割を果たしている。1日に分泌される唾液の量は1.5リットルにもおよび、それが口の中の雑菌や食べカスなどを洗い流す。
唾液には緩衝作用があり、食事などで口の中が酸性に傾いても、それを常に中性に保ち、虫歯になりにくくしている。また、唾液にはカルシウムやリン酸が含まれ、酸で歯の表面のエナメル質が溶けても(脱灰)、修復する(再石灰化)働きがある。さらに、唾液中にはリゾチームやラクトフェリンといった抗菌成分が含まれており、細菌の増殖を抑える作用もある。加齢とともにこのような機能を持つ唾液が減ると、虫歯になりやすくなる。
歯周病は全身の病気とも密接に関係
「歯周病は、単に歯が抜ける原因になるだけではない。日本人の死因の第3位を占める肺炎の原因となったり、糖尿病や心疾患、脳梗塞、早産など、様々な全身の病気に関わることが分かってきました」と日吉歯科診療所汐留の熊谷直大院長は話す。
歯周病菌を含む唾液が誤嚥(ごえん)などで肺に入ると、特に免疫力が弱った状態の人ではそれが肺炎を引き起こす。
また、歯周病は糖尿病の合併症の一つで、糖尿病の人はそうでない人に比べて歯周病にかかっている人が多い。
これは糖尿病により免疫力が落ちて感染症にかかりやすくなることや、末梢血管の血流が悪くなり傷が治りにくくなること、歯周病で炎症を促す成分が作られることなどが関係していると考えられる。さらに、最近では逆に歯周病になると糖尿病の症状が悪化し、糖尿病の人が歯周病の治療をすると血糖値のコントロールが良くなることがあることも分かってきたという。
歯周病菌など口の中に存在する細菌が体内に入るルートは肺だけではない。歯周ポケットでは歯ぐきが炎症を起こしており、出血したところからは細菌や細菌が作り出した毒素などが体内に入り込み、様々なトラブルを引き起こす。全ての歯が歯周病になり、深さ5mmの歯周ポケットができたと仮定すると、炎症を起こした歯ぐきの面積は大人の手のひらとほぼ同じ面積になるともいわれている。
炎症を起こした歯ぐきから体内に入り込んだ毒素などが原因で起こると考えられているのが動脈硬化による心疾患だ。歯周病にかかっている人はそうでない人に比べて1.5~2.8倍も循環器病を発症しやすいというデータもある[注1]。
また、歯周病にかかっている妊婦は、早産(妊娠37週未満の出産)や低体重児(2500g未満)の出産のリスクが高くなることが分かっており、歯周病の人はそうでない人に比べて約4.3倍早産しやすく、早産と低体重児の出産リスクは合わせて2.3倍になると報告されている[注2]。
加えて、アルツハイマー型認知症のモデル動物(マウス)を使った実験では、歯周病のマウスは歯周病でないマウスに比べて認知機能の低下が認められたという[注3]。
怖いのは歯周病だけではない。歯周病とともに歯を失う要因の一つが虫歯だが、歯科疾患実態調査によると40歳以上の人で歯を抜く原因の4割は虫歯だ。残った歯の数が少ない人ほど寿命が短くなり、残っている歯の数が19本以下の人は20本以上の人と比べて要介護状態になるリスクも高いという報告[注4]があるからだ。
このように、将来の健康維持のためにも、若いころからのお口の健康習慣が大切だ。
歯周病や虫歯を防ぐにはどうしたらいい?
歯周病や虫歯を予防するには、プロの手によるチェックとメンテナンスが必要だ。
「家でのブラッシングなど、ホームケアも大切だが、それを実のあるものにするために欠かせないのが定期的なプロの手によるチェックとメンテナンス、およびコンサルテーションです」と熊谷院長は指摘する。
例えば1日に何度も歯を磨く人は少なくないが、それをやっているからといってしっかり磨けているとは限らない。
「歯並びはその人ごとに異なり、歯が重なり合った箇所や、奥歯の奥など、歯ブラシが届きにくいところは磨き残しが多い。また、その人その人の磨きグセもあり、歯並びが悪くなくても歯ブラシが当たらない箇所が出てくることもある。そうした"歯磨きのウイークポイント"を知るためには、まずは歯科医院で歯垢の染め出しなどを行い、磨き残しが多い場所を実際に目で確認するのがいい。その上で、歯科医や歯科衛生士からウイークポイントの上手な磨き方などを指導してもらうといいでしょう」と熊谷院長。
また、プロならではのメンテナンスも必要だという。
「歯周病も虫歯も原因は細菌。口の中ではこれらの細菌がバイオフィルムという塊を作ります。バイオフィルムではヌルヌルした"多糖類"に細菌の集団が包まれて生息しやすくなっており、これを歯磨きなどで全て取り除くのは難しい。バイオフィルムをしっかり破壊して取り去るには、歯科医院での機械的な除去が必要です」(熊谷院長)。
プロの手による機械的な除去は、PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)といわれる。歯科医が口の中の状況をチェックした後、歯科衛生士などのプロが歯石をかき取る器具や研磨器具などを使って、歯垢や歯石を取り除く。「ただし、PMTCで除去しても2~3カ月でまたバイオフィルムは元に戻ってしまう。そのため、3カ月ごとに定期的なメンテナンスが必要です」と熊谷院長は話す。
山形県酒田市にある本院の日吉歯科診療所ではこれまで延べ1万5000人がPMTCを含む定期的なメンテナンスを受けており、そのうち約3300人が20年以上メンテナンスを受けている。「長年メンテナンスを受けている人は、歯や歯ぐきが美しく保たれており、残る歯の数も多い。例えば15年以上メンテナンスをしている人と15年以上治療のみの人を比べると、メンテナンスをしている人では歯の残っている本数が多い傾向があります(図2)」と熊谷院長。
日吉歯科診療所では、初診時や、メンテナンスの効果を評価する際、唾液の量と質や、フッ素の使用状況、歯垢の蓄積量、飲食回数、虫歯菌の数、喫煙本数など、様々な項目を確認するという。
「虫歯や歯周病のなりやすさは人によって異なります。また、同じ人でもライフステージによって変化します。生涯口腔の健康を維持するためにはリスク評価を通じて、虫歯や歯周病の成り立ちを理解し、その人に合わせたメンテナンスとホームケアプログラムを作成、実施することが必要です」(熊谷院長)。
口の中にいる細菌の種類や数、唾液の性状などのチェックは、保険でカバーされないために自己負担となるが、最近ではそうした検査を取り入れる歯科医院も増えてきている。
プロによる歯のメンテナンスを始めるのは若ければ若いほど効果的だ。少なくとも歯周病などのリスクが高まる30歳を過ぎたらそうした習慣を身に付けたい。
◇ ◇ ◇
[注1]beck j, garcia r, heiss g, vokonas ps offenbacher s : periodontal disease and cardiovasculardisease. j. periodontol., 67:123-137,196
[注2]khader ys, ta'ani q : periodontal diseases and the risk of preterm birth and low birth weight :a meta-analysis. j periodontol,76:161-165,205
[注3]長寿医療研究開発費 平成24年度 総括研究報告「アルツハイマー病修飾因子としての歯周病の可能性に関する研究」
[注4]『健康長寿社会に寄与する歯科医療・口腔保健のエビデンス 2015』、日本歯科医師会
日吉歯科診療所汐留所長。2005年新潟大学歯学部卒業、2006年タフツ大学歯科大学院審美歯科専攻課程修了、2009年タフツ大学歯科大学院歯科補綴専門課程修了。米国歯科補綴専門医。2009年から日吉歯科診療所歯科補綴専門医、2010年タフツ大学歯科大学院修士課程修了、2010年~15年タフツ大学兼任講師、2012年米国歯科補綴ボード認定専門医、2013年から新潟大学非常勤講師、2015~2016年東京工業大学非常勤講師、2016年から現職。
(ライター 武田京子)
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