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睡眠

歯ぎしり治療の成功例 「マーキング作戦」

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/3/21

 残念ながら歯ぎしりの特効薬はない。咀嚼筋を緩める薬剤などもあるが安全性などの観点から長く安心して使えるものではない。筋緊張の高まりを抑えるリラクゼーションやバイオフィードバックなども使うことがある。バイオフィードバックとは筋肉の不随意運動を筋電図のようなセンサーで音などの信号に変換し、患者さんが意識的に筋肉を緩めるなどのトレーニングでコントロール技術を身につける治療法である。ただし、治療室の中でしか利用できないなど制約もあり、十分な効果が得られないことも少なくない。

■自宅でのちょっとした工夫で克服したレアケースも

 ただ、自宅で行ったちょっとした工夫で症状を克服できた珍しい人もいたのでご紹介する。

 その人は40代の男性で、若い頃から20年以上も歯ぎしりがあり、毎朝目覚めた瞬間から顎や首の周囲の筋肉のだるさを感じ、休まった感じがしないという。日中も自然と顎に力が入り、気づくと歯を食いしばっているとのことで、顎関節の痛みとひどい頭痛に悩まされていた。

 寝るときの姿勢や枕、歯への負担を減らすマウスピースなどさまざま試したが効果がなく、私の病院で行った薬物療法も効果が出なかった。そこで、日中の歯がみだけでも減らそうと自宅の洗面台や食卓、玄関、職場のデスクなど、毎日必ず立ち寄る場所に目立つ色のテープやシールを貼り付けてもらった。それらが目に入ったらその場で意識的に顎の筋肉を緩める、ただそれだけである。

 この“マーキング作戦”、当初患者さんは半信半疑であまり期待をしていなかったようだが、意識的な筋弛緩を続けているうちに、徐々に歯がみによる顎の痛みが楽になってきたとのこと。その成功体験が良かったのだろう。日中の心身の緊張感が緩和され、マークを見た時に顎に力が入っていないことも多いことに気づいた。こうなれば後は好循環である。

 そして驚いたことにマーキング作戦は歯ぎしりにも効果を発揮した。日中の緊張緩和が睡眠中も続いたのであろうか? その作用メカニズムは分からない。なので再発するかもしれない。そのように伝えたら患者さん曰く「でも治ったんだからいいじゃないですか。結果オーライです」。そこには神経質で不安が強く、診察室で粘っていた中年男性の姿は消えていたのであった。

 不安や緊張が原因となる病気、例えば不眠症、パニック障害、心身症などでは、「自力(工夫)で体調が良くなった」という体験は快復のためにとても大事だと言われている。人の睡眠や感情、自律神経機能など多くの生体現象には強いレジリアンス(回復力、復元力、自己治癒力)が働き、レジリアンスを引き出すには自己肯定感や楽観的な未来志向がとても有効だからである。この歯ぎしりの男性もレジリアンスが最大限に発揮されたケースと言える。

三島和夫(みしま・かずお)
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年2月16日付の記事を再構成]

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