暗闘の中にクロウサギ 奄美で人気のナイトツアー
鹿児島県の奄美大島をゆく(下)
観光開発が進み華やかなビーチリゾートのイメージが強い沖縄に比べ、同じ南国でも奄美大島はリゾート開発があまり進まず、地味な印象が強い。逆に言えば、手つかずの大自然が残っているといえるだろう。アマミノクロウサギなど奄美周辺でしか見られない固有の希少野生動物、亜熱帯植物に覆われた原生林、北限といわれるマングローブ群生林などだ。本州ではまずお目にかかれない変化に富んだ奄美の森に入ってみた。
人気のナイトツアー 一瞬が勝負
最近、観光客に人気なのがナイトツアー。アマミノクロウサギや野鳥のオオトラツグミなど奄美の固有種を夜間に見るツアーだ。特に国の特別天然記念物に指定されるアマミノクロウサギは夜行性のため、夜しか見られない。隔絶された環境の中で独特の進化を続け「生きた化石」ともいわれる。マングースによる被害や森林伐採などで一時、絶滅の危機にあったが、最近は保護政策により少しずつ持ち直しているという。
ツアーを主催する奄美ネイチャーセンターの島隆穂さんに案内してもらった。午後7時、奄美市名瀬の中心部から国道58号を南下し、旧道を走ること約30分。向かったのは三太郎峠だ。クロウサギの生息域の1つという。「ここからライトを照らします」。島さんはアウトドア用の懐中電灯を片手に持ち前方を照らしながら、ゆっくり車を走らせる。「ウサギが現れても絶対に降りないでください」。道端の草むらなどにハブがいるからだ。
しばらく走ったが、クロウサギはなかなか現れない。やがて舗装道から狭い未舗装の林道へ入った。「運が悪いと1兔も見られないことがある」と島さんに言われ不安に思っていると、突然、車の前に黒っぽい生き物が現れた。「あ、いた!」。夢中でカメラのシャッターを切ったが、すぐに暗闇の中へ姿を消してしまった。
どうやら道端で草をはんでいたようだ。クロウサギと言うから全身真っ黒と思っていたが、一瞬見えた体の色は褐色だった。耳はふつうの野ウサギより短く、どちらかと言えば大きなネズミという感じだ。
結局、森の中を2時間ほど走り、クロウサギを5兎、野鳥のアマミヤマシギも10羽ほど見ることができた。島さんによると、冬にあまり活動しないヤマシギの姿がこれだけ見られたのは、繁殖期に入りかけている証しという。残念ながらオオトラツグミやフクロウの仲間、リュウキュウコノハズクは見られずじまい。遠くでコノハズクが鳴く「コホー、コホー」という声が恨めしく聞こえた。
日本最大のシダ植物も
昼間の森も歩きたいと思い、翌日、奄美の自然をガイドする観光ネットワーク奄美のエコツアーに同行した。向かったのは島を代表する原生林、金作原の森だ。島の中央に位置する約122ヘクタールの広大な森に、さまざまな亜熱帯植物が群生する。ガイドの水間忠秀さんによると、奄美の森の多くはチップ材調達のため、昭和30年代から50年代にかけて伐採された。その後、植林され今の姿になった。幸い、金作原は森の奥深くにあったため伐採を免れ、手つかずのまま残ったという。
車を降りて林道を歩く。「これはイジュの木。樹皮に毒性があるのでシロアリにやられにくく高倉の柱にした」「これはカクチョウラン。以前はたくさん生えていたが、盗掘され今はほとんどない」。水間さんはスラスラと植物の特徴や現状などを解説する。
そして立ち止まったのがヒカゲヘゴの群生地。奄美以南の森林でよく見られる日本最大のシダ植物だ。高さは15メートルほどになる。首を真上に傾けないと見えないほどだ。名前の由来は日陰をつくるくらい大きくなるから。幹は蛇のような楕円形の模様があり気持ち悪い。これは成長に伴って葉柄が枯れて落ちた跡という。
奄美は雨が多い。年間降水量は約3000ミリと東京のほぼ2倍。水間さんによると、これも深い森と関係がある。朝、日に当たった葉は気化熱で自分を冷やそうと裏から水を出す。それが霧状になり上昇気流が生まれ、海から陸に向かって風が吹く。湿気を含んだ風が森の中で冷やされ、昼すぎには山頂に雲をつくり雨を降らせる。奄美が水不足にならないのは、このメカニズムが働くからだ。島に住む全ての生き物に恵みの雨をもたらす原生林のすごさを感じずにはいられなかった。
カヌーで行く マングローブの森
最後に奄美市住用にある「黒潮の森マングローブパーク」に寄った。マングローブは熱帯・亜熱帯の河口の湿地帯や沿岸部の干潟に生育する樹木群の総称。群生林では沖縄県の西表島が有名だが、奄美のそれは石垣島と並び日本でも有数の規模を誇る。島最大の住用川と2番目に大きな役勝川が合流する河口付近にあり、広さは約80ヘクタールともいわれる。
群生林にはカヌーで向かう。実は、カヌーは初体験。乗り込む際、少し揺れて怖かったが、足を入れて櫓(ろ)でこぎ始めると安定した。「慌てないでゆっくりこげばいいんです」。案内してくれた支配人の寿浩義さんの声で落ち着く。推力は自分の腕だけ。静かに水面を進むのが心地よい。やがて本流から分かれ細い水路に入る。「これが木のトンネルといわれるマングローブの群生です」と寿さん。まさに水路の上にせり出すように葉や枝が覆いかぶさってくる。カヌーに乗ってマングローブの群生林を見るぜいたくなひとときを存分に味わった。
審査が通れば2018年夏にも「世界自然遺産」への登録が決まる見込み。そうなれば今まで以上に観光客が押し寄せるだろう。それだけ手つかずの自然が侵される恐れも高まる。それをどう両立させるかが今後の課題だろう。ただ、奄美の自然や文化、人の温かさに触れる好機になることだけは確かだ。実は、私もすっかり魅了された一人。「いつかきっとまた、来よう」。そう思いながら、南の島を後にした。
(高橋敬治)
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