花粉もインフルも撃退 ダチョウ愛が生んだ最強マスク
インフルエンザが猛威をふるい、花粉も飛び始める季節、マスクなしには外を出歩けないという人も多いだろう。マスクでどれだけウイルスや花粉を防いでいるのか、半信半疑のまま使っているというのが正直なところだ。
そんなとき、「ダチョウ抗体マスク」(発売元クロシード)なる製品があることを知った。文部科学省・科学技術振興機構(JST)のプロジェクトの一環で、産学官連携開発から生まれたというマスクは、季節性インフルエンザウイルス、新型インフルエンザウイルス、鳥インフルエンザウイルスの感染抑制率が99%以上、さらに花粉(スギ・ヒノキ・ブタクサ)やPM2.5にも対応できるという。それらの効果は、文部科学省・科学技術振興機構が海外に向けて作成した研究レポートでも紹介されているという。
それらのリスクを低減できるカギとなるのが、ダチョウの卵から抽出した「ダチョウ抗体」だ。ダチョウといえば、平原を疾走する世界一大きな鳥というイメージしかなかったが、実は驚異的な免疫力の持ち主なのだという。
そこで、「ダチョウ抗体マスク」の生みの親であり、ダチョウ抗体研究の第一人者でもある京都府立大学大学院 生命環境科学研究科の塚本康浩教授に話を聞いた。
寿命は約60年。驚異の生命力を持つダチョウ
子どものころから大の鳥好きだという塚本教授が、特に愛してやまないのがダチョウ。自著『ダチョウ力』(朝日新聞出版社刊)によると、小学一年生のときに動物園で出会って以来、すっかり魅了されてしまったらしい。
獣医を目指したのも、子どものころ大切に飼っていた文鳥を不慮の事故で亡くし、助けられなかった無念さを忘れられなかったから。大阪府立大学の獣医学科に入学し、大学院を経て、ニワトリなどの家禽の感染症の研究で成果を上げると、今度は自分の好きな鳥を研究しようと決心。神戸のダチョウ牧場に週末ごとに出かけ、観察を始めるようになった。
「当初はダチョウの行動学を研究しようと思っていたんです。でも、5年間ほど観察してあきらめました。規則正しく行動するような動物ではないんですね(笑)。でも、その中で驚かされたのが、生命力の強さ。カラスに攻撃されたりして、肉が出てしまうほどのひどいケガを負っていても、手当てする前に治ってしまいますし、フンがついていても気にしない"不潔"な鳥なのに、感染症にもほとんどかかりません。それに、ダチョウの寿命は約60年。鳥のなかでも原始的な種類なのですが、今まで生き残っているというのは、かなり強い免疫力があるということなんです」(塚本教授)
ダチョウは感染症に強い免疫システムを持っているのではないかと考えた塚本教授は、2003年から本格的に研究を開始。試行錯誤を重ね、2005年にダチョウの卵から抗体を取り出すことに成功した。
ダチョウ抗体の知られざる力をマスクに活用
人間の体にはウイルスや細菌といった異物と戦う免疫システムが備わっているが、実際に異物と戦い、無害化して体内から排除する役割を持つのが抗体だ。こうした免疫システムは人間だけではなく、鳥類にも同様に備わっており、特にダチョウは鳥インフルエンザなどの感染症にほとんどかからないことが明らかになっている。
その高い免疫力を人々の健康維持のために役立てようと開発されたのが、ダチョウ抗体だ。まず、遺伝子操作で無毒化した病原体を繁殖期のメスのダチョウに注射する。すると、免疫システムがすぐに反応し、2週間程度で大量の抗体が体内にできる。その抗体は卵にも蓄積されるため、卵から特殊な方法で黄身だけを取り出し、遠心分離機で何度も精製し、抗体を取り出す。
一般的にインフルエンザなどの抗体を生産するときには、ニワトリやウサギ、マウスなどが使われているが、ダチョウの卵はニワトリの卵の25~30倍もの大きさがあるので、一度に大量に生産することができ、コストを抑えられるというのもメリットだ。
インドネシアなどの研究機関でさまざまな感染実験を実施し、高病原性鳥インフルエンザや新型インフルエンザ、花粉アレルゲンを不活性化することを実証。感染症予防のためにダチョウ抗体を役立てようと、マスクを作ることを思いついたという。そして、実験器具販売会社のクロシードなどとの共同開発で、ダチョウ抗体マスクを2008年に発売。売り上げも好調で1年間で700万枚を販売した。
ますます広がる、ダチョウ抗体の可能性
ダチョウ抗体はマスクのほかにもさまざまな用途で利用されている。例えば、ドアノブやカーペット、衣類などに使用できるスプレー剤、脂質や糖質などの吸収を抑えるサプリメントなどが、その一例だ。
また、熱や酸に強いというダチョウ抗体の特性を生かし、ダチョウ抗体入りのあめも開発。インフルエンザや花粉症対策のあめのほか、発展途上国で消化管感染症を防ぐ抗体を混ぜ込んだあめを無償で配り、下痢による子どもたちの死亡率を下げるチャリティープロジェクト「amechan CAN-D for children」も行っているそうだ。
さらに最近では、米軍との共同開発でエボラ出血熱の抗体を開発するなど、その可能性は広がるばかりだ。「例えばアフリカで未知のウイルスがはやったとします。その病原菌の遺伝子さえ分かれば、ダチョウに投与するタンパク質を作ることができ、約2週間で抗体が取れるので、さまざまな感染症に非常に速いスピードで対応することができます」(塚本教授)
このように大きな可能性を秘めたダチョウ抗体だが、なぜこれまであまり注目されてこなかったのだろうか。
「ダチョウは危ない鳥なんです(笑)。僕も蹴られて足を骨折し、入院したこともあります。扱いづらいので研究の対象になっていなかったのかもしれませんね。また、繊細なところもあり、ストレスを感じると卵を産まなくなるので、飼育方法の難しさも一因かもしれません」(塚本教授)
今後の目標は、肥満や糖尿病、薄毛など、多くの人が悩んでいる症状を改善し、悩みを解決できるような抗体を開発することだという。ダチョウ抗体は、これから予想される長寿社会に欠かせない存在になるのかもしれない。
(ライター小口梨乃)
[日経トレンディネット 2017年2月6日付の記事を再構成]
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