増える「超高齢出産」 卵子提供、ルール未整備
40代後半や50代になり「超高齢出産」をする女性が増えている。若い女性から卵子をもらう場合が多い。国内のルールづくりが進まぬ水面下で、現実が先行する。
「閉経後に出産する人もたくさんいる。初めて診たときはびっくりしたが、もう慣れた」。都内の産婦人科医はこう明かす。一般的に高齢になるほど妊娠は難しくなる。閉経すれば基本的には妊娠しない。閉経するような年齢で妊娠が可能な理由の一つに、人の卵子を自分の夫などの精子と受精させて体に戻す「卵子提供」という仕組みがある。
49歳で出産
ある女性は43歳で結婚、不妊治療を経て卵子提供で49歳で出産した。「夫にそっくりで宝物。100%我が子の意識」だという。別の女性は41歳で1人目を自然妊娠で出産、46歳の時に2人目を卵子提供で出産した。「1人目と同じように愛している。日々の成長がうれしい」と慈しむ。
日本では卵子提供を規制する法律はない。ただ、多くの医療機関は慎重で、ほとんどの人が海外で卵子提供を受け、日本に戻り出産している。正確な統計はないが、仲介業者のIFC(米カリフォルニア州)の川田ゆかり社長は「毎年およそ100人が当社を通じて米国で卵子提供を受けている。その8割が40代の女性」と説明する。最近は裾野が広がり、台湾などに渡る人も増えているようだ。
今の40~50代は1986年の男女雇用機会均等法の施行前後に社会に出た。「仕事との両立が難しく、最近まで結婚や出産の機会に恵まれなかった人が多い」と川田社長は話す。49歳で出産した女性は「子育てしながら男性と仕事で競うのは不可能だった」と振り返る。首都圏で高齢出産をサポートする産婦人科医は「家の血筋を絶やさぬように、と言われ嫌々、妊娠する女性も多い」とも明かす。
謝礼金目的も
子どもを望む女性たちが切実な思いを抱える一方で、卵子を提供する若い女性たちは経済的な事情が背中を押す。
「ハワイで卵子提供。謝礼金あり」。20代後半でフリーランスの仕事をしている女性は3年前、交流サイト(SNS)で流れてきたある広告に引きつけられた。気軽に登録し、しばらくすると「希望者がいる」と業者から連絡が入った。ハワイに飛び、観光を楽しんだ後、病院で採卵。全身麻酔でぼんやりするなか、ホテルの前で業者から6千ドルを現金で受け取った。
女性はその後も年に1回、卵子を提供している。「『優良物件』と言われて何度も依頼がある。バイトとして得かは微妙だけど、ハワイにはまった。自分では来られない」と話す。その一方で、同時期に卵子提供に来た20代の女性が「お金があったらこんなことしなかった、と話していたのは忘れられない」という。
「謝礼金目的の人がいるのは事実」。卵子提供を仲介するある業者はこう明かす。その上で「拘束期間や身体的な負担を考えると決して金銭的なメリットは大きくない」と説明する。にもかかわらず、最近は日本在住の女性からの提供が増えているという。
海外で進む現実には問題もある。一つは卵子提供を受ける際の金銭的な負担だ。米国で提供を受けると500万円以上かかることが多い。身体的にも、海外で卵子提供を受けると双子など多胎妊娠をする確率が高く、高齢出産と二重のリスクを抱えやすい。謝礼金にも賛否があるが仲介業者任せになっている。
生殖医療に詳しい埼玉医科大学の石原理教授は「世界は卵子提供を認める流れにあり、欧州諸国では卵子提供者の検査方法や謝礼金の上限について、国が法律やガイドラインをつくって管理している。安全性や負担感を考えると日本でも国内で安心して卵子提供を受けられる環境づくりが必要ではないか」と話す。
子の権利置き去り
特に、生まれてくる子どもの権利は見過ごされている。早稲田大学の棚村政行教授(家族法)は「先進国では子どもが自分のルーツを知る権利が尊重され、卵子提供で生まれた子が遺伝上の親を知ることができるように法整備が進んでいる」と話す。仲介業者は「日本人で子どもに卵子提供の事実を話す親は半分くらい。どう告知したらいいか苦しむ親が多い」と明かす。
卵子提供を巡っては、出産した女性を「母」と定める民法特例法案を2016年に自民党の部会が了承したが、法案は国会に提出されていない。つまり日本では卵子提供で生まれた子の母が誰かという法律上の親子関係すら「不安定なまま」(棚村教授)だ。子どもへの情報開示については検討課題にとどまる。
日本は年間4万人以上の子が体外受精で生まれる世界有数の不妊治療大国だ。その底流には女性が働きながら子を持ちにくい社会構造があり、行き着く先の一つが卵子提供である。慶応義塾大学の吉村泰典・名誉教授は「法整備を怠ってきた為政者の責任は重い」という。現実から目をそらし続けてきたツケは、自分のルーツを容易に知ることができない子どもたちが背負わされている。
石原理教授「卵子提供、解禁の流れ」
――世界では卵子提供はどのような状況になっていますか。
「最も新しい世界統計は2012年のもので、世界で行われている体外受精のうち6%が卵子提供によるものだ。一番多いのは米国で、体外受精の1割以上が卵子提供になっている。慢性的に卵子提供者が不足している地域が多い。他の国に渡航して卵子提供を受ける場合、欧州ではスペインやウクライナが候補地になることが多い。卵子提供が世界的に増えはじめたのは05年ごろからだ。13年以降の統計はないが、未受精卵子の凍結が技術的に可能になったことなどから、さらに増えている可能性が高い」
――海外では卵子提供は認められているのですか。
「世界のほとんどの国では卵子提供を認めている。カトリックの地域などでは反対も根強かったが、生殖医療がグローバル化する中で一国だけで禁止しても意味がないということから、解禁する流れにある。欧州諸国などでは提供手続き、謝礼金や卵子提供者情報などについて、国が法律やガイドラインをつくって管理している。それなら日本人も海外で卵子提供を受ければいいという考えもあるかもしれないが、安全性や負担感を考えると日本国内でもできるような環境づくりが必要ではないだろうか」
――日本はルールが整備されていません。
「長い間、生殖補助医療の法整備の必要性を訴えてきた。16年になってやっと自民党の部会が、出産した女性を『母』と決める法案を了承したのに、国会に提出されていない。非常に失望している。ごく基本的なことしか決めていない法案も通せないのか。このままでは日本産科婦人科学会も動けないし、子どもの出自を知る権利も議論ができない。一刻も早く法案を成立させてほしい」
白井千晶教授「出産後、戸惑いも」
――卵子提供の現実をどう見ていますか。
「実際に卵子提供で出産した方々の話を聞くと、お子さんをもった喜びもあるが、想像していなかったような戸惑いも多い。日本では法律的な位置づけが定まっていないこともあり、公の情報が乏しく、インターネットの情報に頼るしかない。仲介業者も妊娠した後のことは断片的にしか知らないことが多い。妊娠後にどのような経験があるのか、あまり知らずに飛び込むのではなく、きちんと情報を集め、パートナーと十分に話し合ったほうがいい」
――妊娠後にある経験とはどのようなものですか。
「例えば、当然ではあるが、赤ちゃんの顔が卵子提供者に似ていると感じるかもしれない。他の人に『ママに似ている』『パパに似ている』『誰にも似ていない』などと言われたときに複雑な感情が生じる。そうしたところから育児が始まるというのはかなり大変なことだ。誰に卵子提供の事実を話すのかも悩みになる。周囲に伝えるかということと、子どもに伝えるかということは関連している。周囲に言うが子どもには伝えないことは難しいし、その逆もそうだ。一人で抱え込み悩んでしまう人もいる。年齢が高い方の場合、子どもが大きくなるまでの経済的な見通しや、自身の健康管理のプレッシャーも大きい。もちろん子どもが生まれた喜びは大きいが、同じ経験をした人と出会いづらい。長い育児を相談しあえる人が必要になる」
――どのような人が卵子提供を受けていますか。
「不妊治療を受けていた人が多いが、早発閉経や、がんの影響など事情は様々だ。妊娠や出産、子育てで直面することも人によって違う。妊娠するまでは焦りがあって卵子提供しかないと思ったが、出産してから戸惑う人もいれば、誰の卵子でも全くわだかまりがないという人もいる。卵子提供で子どもを持つか真剣に考える中で、自身の家族観などを問い直していく人も多い」
――今後、日本ではどういうルール作りが必要だと思いますか。
「まずは出自を知る権利を確立する必要がある。生まれた子どもはもちろん、海外では生まれた子だけでなく、卵子提供者や育ての親も、子どもの出自に関する記録にアクセスする権利があるかどうかなどが議論されている。日本でも、当事者、医療者、養子縁組など他の分野の有識者など様々な立場の人で検討していくべきだ」(福山絵里子)
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