任天堂「Switch」 マリオ後出しは成功への秘策?
任天堂が2017年1月に新型家庭用ゲーム機「Nintendo Switch」の詳細を発表した。価格や発売タイトル、スマホ連携などの付加機能の有無に注目が集まったが、「サプライズに欠け、物足りない」「マリオなど任天堂のタイトルが本体と同時発売でないのは残念」「任天堂は家庭用ゲームをあきらめたのか?」といったネガティブな意見が大勢を占めた。だが筆者は、任天堂が過去の失敗をもとにしっかりと戦略を立てており、「Nintendo Switchは間違いなく成功する」と感じた。
ビッグタイトルの発売を分散して本体が買えない事態を防ぐ
発表会で多く聞かれたネガティブな意見が、3月3日の本体発売と同時に出るゲームソフト(ローンチタイトル)の少なさだ。
任天堂のローンチタイトルは『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』と『1-2-Switch』の2つしかない。オリジナルタイトルとして注目が集まる『ARMS』は春発売予定で、人気シリーズの強化版『マリオカート8デラックス』は4月28日発売だ。Wii Uで大ヒットした『スプラトゥーン』の続編『スプラトゥーン2』は今夏発売で、大本命となる『スーパーマリオ オデッセイ』はなんと冬のリリース予定となっている。つまり、任天堂のビッグタイトルで本体と同時発売になるのはゼルダだけなのだ。
マリオなど人気シリーズの新作を楽しみにしていた人にとっては不満の残る内容といえるが、任天堂は2つの狙いであえてローンチタイトルを抑えたと考えられる。
まず1つが、Nintendo Switchの発売直後に品薄で買えなくなる状況を避けたかったのだろう。1月21日の予約状況を見ると、かなりの数が発売日に用意されるとみられるが、ローンチタイトルに任天堂の人気タイトルが集中すれば何としても発売日に入手したいと考える人がさらに増え、需要が供給数をはるかにオーバーしかねない。そうなれば「買いたいのに買えない」という状況が広がり、任天堂やNintendo Switchに対する不満が高まるだけでなく、「わざと品薄にしているのだろう」とあらぬ疑念を抱かせることになりかねない。
任天堂の歴代ゲームハードは「品薄」との戦いだった。古くは初代「ファミコン」が大ブームになった際は、不人気ソフトとセットでないと本体を売らない「抱き合わせ」で販売する小売店が続出し、任天堂に不満が寄せられた。2005年に『脳トレ』でニンテンドーDSが大ブームになった際、当時出たばかりのニンテンドーDS Liteが手に入らない状況が長く続き、任天堂が「品薄商法では」などと批判された。最近では、小型ファミコン「ニンテンドー クラシックミニ ファミリーコンピュータ」が話題になって品薄になり、「転売目的の人は買えているのに」とSNSで不満が広がった。
もしNintendo Switchが品薄になれば、興味を持っていた人の購買意欲が薄れて商機を逃してしまうだけでなく、不満や批判につながりかねない。品薄をきっかけにNintendo Switchのイメージやブランドが低下するのを避けるべく、大ヒットが間違いない『マリオ』や『スプラトゥーン』などのタイトルをあえて本体と同時発売にしなかったのだろう。
インターネットやSNSでは「Nintendo Switchはスプラトゥーン2が発売したら買う」「マリオが出るまでは待ちでいいかな」といった声が少なからず散見され、Nintendo Switchの購入タイミングがうまく分散しているように感じられる。スプラトゥーン2のリリースは夏の予定で、Nintendo Switchの発売から4カ月は稼げることから、そのころには生産が進んで潤沢な在庫を確保できるはずだ。
任天堂のソフトしか売れない状況に歯止めをかけたい
2つめの狙いとして、任天堂はサードパーティー製のタイトルが売れない状況に歯止めをかけたかったのではないだろうか。
任天堂のゲームハードは、ニンテンドーDSやWii、Wii Uにおいて「売れるのは任天堂のゲームソフトだけで、サードパーティーのソフトはサッパリ売れない」という状況が続いている。初代ニンテンドー3DSを発表した2010年の「任天堂カンファレンス2010」でも、当時の岩田 聡社長が任天堂が取り組むべき課題として挙げていた。
任天堂が社運を賭けるNintendo Switchの発売にあたり、スーパーマリオやマリオカート、スプラトゥーンなどのビッグタイトルがローンチタイトルとして並べばインパクトは大きく、スタートダッシュには有利となる。本来ならば、そうするのが理想的だ。だが、Nintendo Switchをともに盛り上げようとするサードパーティーの存在を無視することはできない。
サードパーティーのローンチタイトルを見ると、『ドラゴンクエストヒーローズI・II for Nintendo Switch』『SUPER BOMBERMAN R』『信長の野望・創造 with パワーアップキット』『ぷよぷよテトリスS』『いけにえと雪のセツナ』『魔界戦記ディスガイア5』など、そこそこタイトルはそろっている。だが、前述の任天堂のビッグタイトルと比べれば知名度や人気に欠けるのは否めない。
この状況で自社のビッグタイトルをローンチで発売してしまえば、これらのサードパーティー製タイトルの注目度や販売は低迷し、Nintendo Switchに対するサードパーティーのモチベーションは大きく下がってしまうだろう。そうなれば、サードパーティー製のタイトルがサッパリ出なくなって早い段階で幕引きに追い込まれたWii Uの二の舞になりかねない。そこで、あえて自社のビッグタイトルの発売を急がず、サードパーティーに花を持たせたのではないだろうか。任天堂ファンにとってはいささか物足りない船出となるが、長い目で見ればサードパーティーのタイトルが充実し、好ましい流れにつながるのではないかと思われる。
新趣向のセンサーとHD振動を搭載したJoy-conはゲームの常識を変える
個人的に目を引いたのが、Nintendo Switchの小型コントローラー「Joy-Con」だ。Nintendo Switchの側面に装着したり取り外して使えるといった点は確かにユニークだが、筆者は別の部分にテレビゲームの遊び方や演出を大きく変えるほどのサプライズがあると感じた。発表会で初めて明らかにされた加速度センサーや明るさセンサー、モーションIRカメラといった各種センサー類と、HD振動機能の存在だ。
モーションIRカメラは、Joy-Conの後部に搭載した赤外線カメラにより動きや形、距離を把握する機能を持つ。モーションIRカメラを使って実際のモノを読み取り、モノの存在や空間を把握して利用するゲームが出る可能性は高い。
センサー類より注目したいのがHD振動機能だ。簡単に言えば、スマホでおなじみのバイブレーターによる振動をより細かくコントロールしてさまざまな表現を伝える機能で、触感のVRと言うべき存在だ。公開されたデモンストレーションでは、Joy-Conをガラスコップに見立て、氷を入れた感覚や水を注いだ際の感覚がリアルに手に伝わることを解説。Nintendo Switch本体と同時発売になる『1-2-Switch』には、Joy-Conをボールの入った木箱に見立て、ボールが転がる際の振動やボールがぶつかる衝撃をHD振動機能でリアルに表現し、ボールがいくつ入っているかを当てるゲームがある。これまでのどのゲーム機やスマホでも遊ぶことのできない内容であり、Nintendo Switchがゲームの常識を変えてくれそうだ。
スプラトゥーン2のローカル対戦が「モンハン」的なブームの再来を予感させる
Nintendo Switchは、家庭用テレビに接続して据え置き型として使う「テレビモード」に加え、内蔵バッテリーで携帯型ゲーム機として使う「携帯モード」と「テーブルモード」の3つの形態で遊べるのが特徴だ。「1台3役で遊び方を変えられるのは面白いね」程度に考えている人が多いかもしれない。だが、筆者は「携帯モードで外に持ち運べ、ローカル通信で最大8人が同時に遊べる」という点がNintendo Switch大ブレイクの鍵になるのではないかと感じている。
かつて、携帯ゲーム機で指折りの大ヒットとなったタイトルに、カプコンの『モンスターハンター』(モンハン)シリーズがある。一時期は、中高生を中心に小学生や社会人までもがファストフード店にたむろし、PSPを手に4人集まって狩りをする姿がそこかしこに見られた。モンハンがヒットした大きな要因は、ゲームの完成度の高さはもちろん、何より顔を合わせているリアルの仲間や友だち同士で対戦できる点にあった。つまり、ローカル通信で8人まで同時に遊べるNintendo Switchは、モンハンと同様に仲間で集まってリアル対戦を楽しみたい人にヒットする素地を備えているのだ。
そこでキラーコンテンツとなるのがスプラトゥーン2だ。前作のWii U版スプラトゥーンは1人でしかプレイできず、対戦はインターネット経由のオンラインバトルに限られた。自宅に遊びに来た友だちと対戦することはできず、そこがスプラトゥーンの唯一にして最大の弱点となっていた。だが、Nintendo Switchのスプラトゥーン2は最大8人までローカル通信で対戦できるので、Nintendo Switchを持ち寄れば仲間同士でバトルできる。まさに、モンハンブームの再来となりそうだ。
(ライター 岡安学)
[日経トレンディネット 2017年1月26日付の記事を再構成]
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