絶好調C-HR 「売れなくなる」危機意識は持ってます
トヨタC-HR担当エンジニア・インタビュー
2016年末に発売するなり1カ月で4万8000台受注。直近1月の国内販売でもベスト4に食い込んだトヨタ自動車の新型コンパクトSUV、「C-HR」。確かにデザインや走行性能でかつてないほど思い切っているとはいえ、この厳しい時代になぜそんなに売れるのか? 開発をリードした主査の古場博之エンジニアを小沢コージが直撃した。
1カ月受注4万8000台の理由は?
小沢コージ(以下、小沢) びっくりしました。受注4万8000台、よくぞこんなに売れましたよね。
古場博之さん(以下、古場) たぶん、この車はすぐに売れなくなるんですよ。マジメな話。
小沢 僕もそう思ってましたけど、1カ月で4万8000台でしょう。あまりにも初速がすご過ぎて。
古場 ですから備えなくてはいけません。売れなくなるときのことを考えて。
小沢 とはいえ、今回はずいぶんと思いきったクルマ作りをしましたよね。
古場 どこが思い切ってますか?
小沢 今の日本ってミニバンや軽自動車を見れば分かるように「広さ」と「燃費」のマーケットじゃないですか。ところがC-HRはあくまでもスタイルと走り優先。燃費はともかく広さは相当無視してる。なぜそんなことができたんでしょう。
古場 ちょっと話が長くなってもいいですか。
小沢 はい。
古場 このクルマの開発は2010年に「ちいちゃいSUVを作れ」と言われてから始まってるんです。
小沢 当時は日産「ジューク」などがすでにはやり始めてましたよね。
古場 ただ、"ちいちゃいSUV"といっても世界中にあるので、北米、中米、南米、東南アジア、欧州まで見に行ったんです。そうしたら中南米や東南アジアの新興国系と日米欧の先進国系は求められているものが全く違う。
小沢 欧州はデザインや走り、新興国はやっぱり実用性が求められますからね。
古場 だから両方に通じるものは作れないよねと。そして市場を見ると欧州が一番伸びているし、よってそこを主戦場としていこうと。
小沢 合理的な判断です。
古場 一方、この手のクルマを買ったユーザーに「なぜ買ったの?」と聞くと「かっこいいから」「ほかと違うかっこよさ」と言われるんです。英語で言うと「distinctive(ディスティンクティブ)」。
小沢 独自性、みたいな意味ですね。
古場 このディスティンクティブはすごいキーワードになって、しかもわれわれは他メーカーに比べてすでに2周遅れじゃないですか。日産は「キャシュカイ(日本名: デュアリス)」、ジュークと出しているし、ルノーは「キャプチャー」、シトロエンは「DS4」、チェコのシュコダは「イエティ」と出るだけ出てる。
小沢 正直、トヨタは後発ですね。
古場 さらにもう一つ、このクラスはBセグメントやCセグメントからの乗り換えが多いんです。そしてその手のコンパクトカーは走りがキビキビ気持ちいいから「ものたりない」と感じるはずなんです。
小沢 正直、見かけだけのSUVも多いですから。
古場 だからその両方を満足させましょうと。「ディスティンクティブなスタイル」と「わが意の走り」。
小沢 だからドイツのニュルブルクリンク24時間レースに出て鍛えたんですね。
古場 あれは単に私が出たかったというのも大きいです(笑)。
"カッコ良くて走りがいい"のが本来のクルマ
小沢 しかしそういうクルマ作りってトヨタのなかじゃ異端で、すごく反対されるんじゃないですか。
古場 まず言われたのが荷物が積めないことでした。スペースや燃費って簡単に数字で表現できるし、分かりやすいじゃないですか。
小沢 「プリウス」にしろ「アクア」にしろ、トヨタのクルマは基本それですからね。いわゆる成績優秀者が多くて、逆に数値化が難しいカッコや走りに絞ったクルマは少ない。
古場 実際「どこがSUVなんだ」とおっしゃる役員もいて、だから開発スタッフには「SUVと言うな」「クロスオーバーと言え」と繰り返し伝えてました。
小沢 そもそもそこを狙っていないんだと。
古場 一方、担当役員の吉田守孝専務には「古場君、このクルマはいろんな人がいろんなことを言ってくるけど自分が思ったようにやってくれ」と後押しもいただいていました。
小沢 バックアップがあったんですね。でも実際C-HRの開発コンセプトってスポーツカーみたいなものじゃないですか。要するにスタイルと走りでしょ。それって今の時代には相当難しいテーマだと思うんです。
古場 とはいえカッコ良くって走りがいいというのが、本来あるべきクルマの姿だと思うんです。僕の小さいころには「セリカ」が出てきて「かっこいいなぁ~」と思ったのを覚えてます。
小沢 でも、そういう人って今どれくらい日本にいると思います?
古場 少ないかもしれない。だから初めにお話ししたように、すぐ売れなくなるだろうと。
小沢 覚悟はできてるんですね。
古場 だからボディーカラーもツートンにしてバリエーションを増やすことにしたんです。BMWミニなどもそうですが、「これは私だけのC-HRよ」と言えるようにせにゃいかんと。本当は内装やパワーユニットにももっとバリエーションが欲しいんです。
小沢 やっぱりそうですか。C-HRはハイブリッドと1.2Lターボが選べますけど、どちらもパワーは若干ものたりないですからね。
古場 そうかもしれません。
メンバー一人ひとりにも強い思いがあったからできた
小沢 プリウスと同じTNGA(Toyota New Global Architecture)プラットホームは最初から使うことが決まっていたんですか。
古場 最初はもう少し早くクルマを出そうと思っていました。だけど想定したクオリティーで出そうとするとサスペンションを一新しなければならず、それは許されなかった。一方、並行してTNGAの開発も行われていて、だったらC-HRもそれを使えばいいじゃないかと。そうすれば発売は遅れるけど、ポテンシャルはより高いものになると、そう判断したんです。
小沢 スケジュールよりクルマの味を優先したんですね。だから年末発売になった。しかし、ドイツのニュルブルクリンクを使ってまで開発したのはなぜですか?
古場 個人的な夢ではあったし、確かに僕のやりたいようにやらせていただいたということかもしれません。でも、開発したトヨタ自動車東日本のメンバー一人ひとりにもすごく強い思いがあって、全員がこのクルマを良くしたいと思ったからこそC-HRができたんです。誰一人欠けてもこんなクルマになっていないです。
小沢 そういえば発売前からネット上で「偏愛C-HR」のページが話題になっていました。
古場 このクルマは、今までトヨタを買っていただいていなかったお客様とか、若いお客様に乗っていただくのも大きな使命なんです。そういう意味ではかなり枠から外れたことをやらせてもらったと思っています。
小沢 はたからみるとすごく体育会系的で、トヨタ自動車部のキャプテン古場って感じでしたよ。なんだかすごく青春なモノ作り。
古場 ええ? そんな風に見えていたんですか。全然気がつかなかった(笑)。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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