今なお新鮮、30年前の「キャリアウーマン」
「ブロードキャスト・ニュース」(1987年・米)
前回は、現代女性が働くことの理想と現実をアニメ映画「ズートピア」に見出しました。今回は、約30年前に公開された映画から、キャリアウーマンの今昔に思いをはせてみましょう。
米国ワシントンのニュース・ネットワーク局を舞台に、気鋭の若手女性プロデューサー、ジェーン(ホリー・ハンター)が仕事と恋に奮闘する「ブロードキャスト・ニュース」です。製作は1987年。日本で男女雇用機会均等法が施行された翌年でした。
80年代の米国が求めたキャリアウーマン像
本作は、社会派コメディー映画として圧倒的な完成度を誇る傑作です。TV局の編集室や副調整室で繰り広げられるハイテンポな現場の緊張感、難仕事を達成した際のカタルシスや全能感の表現、ユーモアと皮肉が入り交じる会話劇の面白さ、今でもまったく古びることのない報道倫理への問題提起などが、2時間以上にわたって1秒もムダなく詰め込まれています。
玄人向け社会派作品の選出においては権威のある「ニューヨーク批評家協会賞」で主要5賞を総なめにし、主演のホリー・ハンターはベルリン国際映画祭で女優賞を獲得。「ピアノ・レッスン」(93年)と並ぶ彼女の代表作となりました。
大衆向けの映画やドラマで描かれるヒロインは、時代が求める「半歩先」の理想を体現するスペックを与えられるものです。90年代初頭の日本なら「東京ラブストーリー」の赤名リカ(鈴木保奈美)。2000年前後なら「ショムニ」の坪井千夏(江角マキコ)や「やまとなでしこ」の神野桜子(松嶋菜々子)などがそれに当たるでしょう。
本作のジェーンも、男性局員に負けない……どころか、完全に圧倒する実力をもってキレキレのニュースVTRを作り上げ、局内の評価を上げていきます。向学心・向上心が旺盛で、仕事には一切妥協しない。勝ち気で度胸もあります。80年代後半、TVジャーナリズムの先端を行っていたアメリカが求めた理想の「キャリアウーマン」というわけです。
ただ、ジェーンは「仕事がデキる頭のいい女」にありがちな"困った"パーソナリティーの持ち主であることを、意中の男性から指摘されます。自分だけでなく他人にも厳しく、甘えを許さないので、時に人を傷つける。歯に衣着せぬ物言いのため、常に一言多い。誰よりも自分は頭がいいと思い込んでいる、と。
冒頭から30分くらいたった時点で、観客は推測するでしょう。「ああ、仕事一辺倒のバリキャリ女子が、恋した男によって"改心"する話なんだな」と。しかし、その予想は大きく外れることになります。
アカデミー賞無冠に終わるも「記憶に残る」映画
結論から言えば、ジェーンが"改心"する必要はまったくありませんでした。劇中のある事件によって、今までジェーンがいかにブレない正義を行使していたかが、観客に伝わる仕掛けになっているからです。それは彼女の抱く崇高な職業倫理でもあり、友人へのあたたかい思いやりでもあります。
たしかにジェーンは、才気走った、時に言動が鼻につく女です。ですが不思議なことに、映画を見終わってから彼女に抱く印象に、ネガティブなものは一切ありません。チャーミングで、感情豊かで、健気で、キュート。演じたホリー・ハンターは身長157cmの小柄な女優ですが、パワフルでキビキビした挙動がとてもいとおしく感じます。
本作は映画史に残る名作ですが、実は映画界最高峰の賞である「アカデミー賞」をひとつも受賞できませんでした。87年度のアカデミー賞は激戦で、同年公開の歴史大作「ラストエンペラー」とロマンチックコメディー「月の輝く夜に」に、ごっそり持っていかれたからです。ただ、筆者はこの3本を20数年前、中学生時分に見たっきりでしたが、「ブロードキャスト・ニュース」は「ラストエンペラー」や「月の輝く夜に」に比べて、ずっと細かく内容やシーン、登場人物の言動を覚えていました。
少女時代に父親に食ってかかる生意気なジェーン。早朝ジョギング中に新聞販売機で新聞を5紙もまとめ買いするジェーン。放送の数十秒前まで副調整室で映像編集にこだわり抜くジェーン。ドレスの肩パッドを外して親友の同僚男性の着ているジャケットに入れてあげるジェーン。……はい、全部ジェーンです。今回20数年ぶりに見直しましたが、ジェーンがある人物に詰め寄るシーンでは、一部字幕の単語まで覚えていました。それほどまでに、ジェーンに魅了される映画なのです。
ジェーンがまいたたくさんの種
ただ、この映画は我々にジェーン賞賛だけでは終わらせてくれません。物語中盤、支局の予算削減でリストラの嵐が吹き荒れると、ジェーンの同僚女性・ブレアが会社を辞めさせられてしまいます。一方のジェーンは会社に残れるばかりか、女性初の支局長へと昇進。ここでブレアはジェーンにこう言います。
「私生活を除いて、あんたは私の理想よ」
あなた自身の状況に置き換えてみてください。リストラされた女性が、会社に残ることのできた同僚女性の出世を、素直に喜べるでしょうか? 無理しなくてもOKです。はい、喜べませんね。喜べるわけがないのです。
映画の中のブレアのように喜べないのはなぜなのでしょうか。80年代と今とでは状況が違うから? ジェーンほどのスーパーヒーローなんて現実にはいないから? 簡単には答えの出ない問いです。では、質問をこう置き換えてみましょう。「同僚女性の育児休暇を、給料据え置きで彼女の分の業務まで割り振られた女性が、素直に喜べますか?」
ひとりのスーパーウーマンが全女性の「たったひとつの希望の星」となりえた時代は終わりました。今は1987年ではないのです。
さりとて、そんなに悲観することもありません。ジェーンに憧れ、勇気づけられたかつての少女たちは、社会の第一線で奮闘しているからです。彼女たちはそれぞれが異なる輝きを放つ「たくさんの希望の星」になったのです。星と星がその輝きを競い合い、いがみ合うこともあるでしょう。でもそのおかげで、暗かった夜空は昔に比べてずいぶんと明るくなりました。
なお筆者は男性ですが、本作でジェーンのジャーナリスト魂と外国映画の面白さに魅了された結果、中学時代の夢は「新聞記者」、大学時代に好きだった女優は「ホリー・ハンター」、その後「映画配給会社」に入社することになります。ジェーンのまいた種は、国も時間も性別も超えて花を咲かせたのでした。
編集者・ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年に独立。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)。構成担当書籍に『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(幻冬舎/原田曜平・著)など。「サイゾー」「SPA!」ほかで執筆中。http://inadatoyoshi.com
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