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ホワイトデーのお返し 外さないのはチーズケーキ

2017/3/13

PIXTA

 男性が女性にバレンタインデーのお返しを贈るホワイトデー。しかしバレンタインのチョコレートのように、ホワイトデーにはこれといった決まりはない。そのため様々な企業がこの一大商戦に参戦し、男性は頭を悩ませている。そこでホワイトデーの歴史をさかのぼりながら、今年のオススメを探ってみた。

■80年代前半は「お返しはキャンディー」

 ホワイトデーはバレンタインと違い、日本で発祥したほぼ国内のみで行われている慣習だ。「ホワイトデー」という名称を使いはじめたのは、あめ菓子業界の組合である全国飴菓子工業協同組合(全飴協)。ホワイトデーの名前は、あめの原材料である砂糖の色に由来する。3月14日を「キャンディーを贈る日」と制定し、1980年に第一回ホワイトデーを開催した。

 全飴協顧問で、ホワイトデーの普及に関わった中西信雄さんは当時を振り返り「複数の企業がそれぞれ自社の商品をお返しとして打ち出していたが、小規模だった」と語る。その中で、全飴協は広告代理店を通じたコンサートなど大規模なキャンペーンを展開し、「バレンタインのお返しにキャンディーを贈る日」という文化を広めていく。ホワイトデーはその後若年層を中心に年々規模を拡大し、1984年には55億円、85年には70億円の売り上げを記録した。

 「ホワイトデー」という商品を限定しない普遍的な名前から、80年代後半になるとお返し文化の定着とともに種類も多様化していく。必ずしもあめではなく、ケーキなどの洋菓子、ショーツやアクセサリーを贈る動きも増えてきた。「ホワイトデー」を商標登録しようとする動きもあったが、中西さんは「あくまで公共的に使ってほしかった」という。

 「あめ業界が独占したいわけではなく、様々な企業が参入し、広まればいいと考えています。そのため十分にホワイトデーが定着した90年代中ごろからは初期のような大々的なキャンペーンはやめました。代わりに、贈り物にあめを添えてください、としています。そのおかげもあり、あめ業界の中で例年3月は最も高い売り上げとなっています」(中西さん)

■3月14日をお返しの日にした福岡の和菓子店

 ホワイトデー黎明(れいめい)期には衣料品メーカーや花屋など様々な企業が参戦したが、いち早く3月14日を「バレンタインのお返しの日」と位置づけたのが福岡にある和菓子店・石村萬盛堂だ。同社は3月14日を「マシュマロデー」とし、1978年から自社の菓子「鶴乃子(つるのこ)」を売り出した。

 鶴乃子とは、マシュマロ生地で黄味あんを包んだ同社の看板商品。ホワイトデーの時にはチョコソースを包んだものを「君からもらったチョコレートを、僕のやさしさ(マシュマロ)で包んでお返しする」というコンセプトでチョコマシュマロを開発し、売り出したが、数年は売り上げの奮わない時期が続いた。

 「コンセプトが伝わりにくかったこと、福岡という地方で情報発信力がなかったことが理由だと思います。その後、80年代中頃に『マシュマロデー』ではマシュマロがどうしても中心になってしまう為、もっと幅広くバレンタインのお返しの文化としていきたいということから、マシュマロの白を想起させる『ホワイトデー』にできないかとの申し出があり、改称しました」(石村萬盛堂企画マーケティング室 増田洋さん)

「マシュマロデー」を展開していた頃のポスター。「ボンサンク」は石村萬盛堂が手がける洋菓子店で、社全体で「お返しにマシュマロ」を打ち出していた

 同社は現在もチョコマシュマロをホワイトデーの主力商品としてPRする。

 「自社の和洋菓子を販売する店『お菓子の広場いしむら』では、ホワイトデー期間中は通常の2倍近い売り上げになります。加えて、百貨店での売り上げも大きい。他の菓子メーカーよりも、ホワイトデーの売上比率は高いと思います」(増田さん)

石村萬盛堂がホワイトデーの主力商品としているチョコマシュマロ。今年は定番のチョコマシュマロに加え、フランボワーズ味などとのアソート(組み合わせ)も販売する

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