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ゴルファー憧れのマウイ島 道楽もここに極まれり 米シアトル在住のスポーツライター 丹羽政善

 

2017/2/15

マウイの代表的なゴルフ場(写真提供:カパルアゴルフ、プランテーションコース)

 マウイ島の旅。前編「ゴルファー憧れのハワイ・マウイ島、ウミガメの姿も」に続き、後編は世界的にもゴルフリゾートとして知られるカパルアを中心に紹介したい。前回、ウエストマウイのラハイナが元ハワイ王国の首都だったことには触れた。それは1800年代前半のことだが、ちょうど同じ頃、宣教師であり医師でもあるドワイト・ボールドウィンが布教のためラハイナを訪れ、定住した。

■東京ドーム2087個分の土地を所有

パイナップル

 後に貢献が認められると、国王から現在のカアナパリとカパルアの中間辺りの土地2675エーカーを与えられたそうだ。その後、ボールドウィン一家は、徐々に北のカパルア方面へ土地を買い足し、1902年には所有する土地の広さが約2万4000エーカーに達したという。東京ドーム1個分の広さが約11.5エーカーなので、2万4000エーカーは実に東京ドーム約2087個分となる。

 その場所に農業に適していると考えたのは、ボールドウィンの次男ヘンリー。デビッド・トーマス・フレミングという園芸家と一緒にコーヒー、タロイモ、アロエ、マンゴーの栽培に乗り出し、やがてフレミングの発案でパイナップルを植えると、辺り一面にパイナップル畑が広がるのに時間はかからなかった。後にリゾート開発を考えたのは、ヘンリーの孫娘の息子にあたるコリン・キャメロン。1970年代に入ると、ゴルフ場(ベイコース、1975年開業)、テニスコート、コンドミニアムなどを建て、これが現在のカパルアリゾートの原点となる。

 やがて毎年1月に米PGAのトーナメント「SBS チャンピオンズ」が行われるプランテーションコースが1991年にオープン。翌年、リッツカールトンホテルが開業するとハイエンドリゾートとして認知されるようになった。

 さて、ゴルフ合宿4日目にそのプランテーションコースを回ったが、コース脇に住む陽気なビリオネアと一緒になった。

■78歳の億万長者、ケタ違いの道楽

米PGAのトーナメント「SBS チャンピオンズ」が行われるプランテーションコース

 聞けば78歳だというが、ずいぶん若々しい。ラウンド後にクラブハウスでお酒をおごってくれたのは、そう言ったことに気を良くしたからかもしれないが、さりげなく、すごいことを口にする。あるホールのグリーン脇に家があると教えてくれて、そこへ行ったとき「あの左から3番目だ」と指を差した。ところがその“3番目”には傾斜を利用して上下に2つの家が建てられている。どちらかと聞けば「両方だ」。

 上の方がメインで、下はオハナ(ハワイではゲストハウスの意味)だという。メインの方はベッドルームが9つもあり、オハナの方には3つ。それだけで立派な家である。庭には練習グリーンがあると話したが、60ヤードまでならアプローチショットも練習できるというから、道楽もここに極まれり、といった感じか。

 ただ、それ以上にぜいたくなのはその眺望。見とれていると、横で「どうだ」とでも言わんばかり。そこからはホノカフア湾、ホノルア湾が一望でき、その先にモロカイ島が見えた。冬は、湾からさほど遠くないところにクジラが繁殖にやってくるため、海を眺めているといたるところでクジラが潮を噴き、尻尾で海面をたたいているのが分かる。また、ときに豪快にブリーチングをして、波しぶきを上げていた。

 前出のキャメロンがなぜ、ここにリゾートを開発しようと考えたのか。この眺めこそが、その答えかもしれない。

 ちなみにビリオネアの方は、1年のうちに4ヵ月ぐらいしか滞在しないとのこと。8ヵ月は空き家だ。

 その間も、この辺りに別荘を持つと、日本でいう共益費、プールの管理、庭の手入れ費用などが月に100万円単位でかかるよう。ずいぶんもったいないが、だからこそステータスもあるのだろう。そもそもビューを遮られないよう、海側の隣の土地を買ってしまう人がいるというから、みなさん、ケタ違いのスケールである。

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