ライフコラム

旭山動物園、坂東元の伝える命

雪あかりの動物園 冬の飼育は過保護?

2017/2/19

 さて雪あかりの動物園が終わりました。旭川の冬まつりに合わせて始めて5年目、まだまだ知らない人が多いイベントです。1500個のアイスキャンドル、アザラシになってみよう滑り台、ホッキョクグマ産室かまくらなど職員総掛かりでこつこつと製作、雪像もボランティアで製作していただき、みんなで盛り上げていこうと張り切っています。

 でも……冬休みでもないので子供は学校、仕事帰りにはもう真っ暗で寒い……今年は祭日が土曜日と重なり平日が多く、果たしてどうなるかと心配していましたが、夜の部の来園者数は過去最高を更新しました。海外の方、道外の方も多く見かけるようになり、なんと始めて修学旅行の団体が訪れました。地元の家族、カップル、仕事帰りの背広姿のサラリーマンなど、何より地元の方が多く訪れてくれて、大きな手応えを感じました。

 考えてみたら夏の夜の動物園を始めたのが昭和62年、雨が降ろうものなら園内にお客さんを見つけることすら大変でした。「誰もいなければ閉めようか」との話が出る日も、珍しくはありませんでした。今ではたくさんの人が訪れる夏の夜の風物詩に育ちました。冬もめげずに頑張り続けます。張り詰めた寒さ、雪あかりの中で見る動物たちの息づかいは、まさに「命」を感じます。

 年が明けて寒さが本格的になると、さらさらの雪が降るようになり、頭に積もった雪も溶けることなくササッと振り払えば落ちます。内地からの来園者などはさらさら雪なのに傘を差す方も多く、僕たちにしたら雪で傘?と思ってしまいます。まだベタ雪の降る年末などは、気温がそれほど低くなくても降った雪がすぐに溶けるため、頭や服に雪が溶けた冷たい水がしみてきて、厳冬期よりも体温が奪われ、寒く感じます。風速数メートルでも風が吹こうものなら、体が震え出します。内地の冬はこんな感じですよね。道産子からすると「今の時期は東京の方が寒いよね、寒さがなまら骨身にしみる」で意見が一致します。さらに東京では、屋内に入ってもポカポカする場所がないことも追い打ちをかけます。

 雪で思い出しましたが、「寒い北海道でキリンなど暑い地域に住む動物を飼うのはかわいそう」という意見をいただくことがあります。ニュースで大雪が降るなか、「寒そう」にたたずむキリンの映像が流れたりした時に、動物園の電話が鳴ることは多いです。逆に今年初めての猛暑日などのニュースでは、うだる暑さに「バテて動かないホッキョクグマ」の映像が流れたりします。ニュースはある意図をもって都合の良い映像を編集するので、そう見えるのは当然のことかもしれませんが。

 弁解するわけではないのですが、「セ氏マイナス20度にもなる寒いところでよく暮らしているね!」と言われる北海道民として、私見をひと言ふた言。もともと「熱帯産のヒトが快適に暮らせるような環境」と同じ視点で獣舎の整備をしていますから、何か特殊なことをして、無理にキリンやライオンを飼育しているという感覚はありません。寒い屋外で数時間過ごしたら、体が芯から温まる屋内で休憩するのが基本です。

 たとえばスキー場のロッジの中はTシャツで過ごせるくらい暖かいですが、スキーをして防寒着の下に汗をかくほど体を動かした、あるいは逆に芯から冷えた状態になった場合、室内が温風暖房機で十数度程度だと、汗をかいた体から急速に熱が奪われ凍えてしまいますし、芯から冷えた状態からも回復できません。ちなみに現在のキリン舎の寝室は気温は14度。無風で太陽の日差しのようにポカポカの遠赤外線の熱源があります。五月晴れのような陽気です。キリンを屋外に出し運動させるのは、11時から14時までを基本にしています。内地では暖房施設のないキリン舎をよく見かけますが、最高気温が10度にも満たない長雨の日もある環境で、24時間過ごさせて大丈夫なのかと、かえってビックリです。旭山は「過保護かな?」とさえ思ってしまいます。

 もうひと言、しもやけについて。むかし僕の所属していた部活では、冬休みの前日に寒中はだしマラソンが恒例行事でした。30分もしないうちに耐えられなくなり、翌日には、指が赤くはれ上がって水ぶくれになってしまう。冬休みのスタートは、いつも暗い気持ちになったものでした。サルの仲間、特に尾が長い種は気温が0度近辺になると要注意です。尾がしもやけ、あるいは凍傷なり組織の壊死(えし)につながり、脱落することさえあります(命に別状はないですが)。しもやけや凍傷は根本的には細胞の損傷、死です。細胞が生きていられる温度の幅が狭いほど、しもやけになりやすいともいえます。熱帯産のサル(ヒトも含む)は細胞能力として、寒冷には弱いと思われます。

 キリンやライオンなどは厳冬期でも放飼しますが、尾が凍傷になったり、かかとや肉球がしもやけになったりすることはありません。血流を減らし、代謝を落とし、末端組織の体温が1桁に落ちても細胞が損傷を受けない、あるいは死なない能力があるのだと思います。潜在的に、寒さに対する能力はヒトなどとは比べものにならないほど強いと感じます。カバや特にアジアゾウは、驚くほど寒さを苦にしません。表面積に対して容積が大きいことが、体を冷やさないのには有利に働きます。冷えにくく、熱くもなりにくいからです。さらに、毛で覆われていない皮膚もしもやけになりません。おそらく体幹の内臓などを維持する温度と皮膚組織を維持する温度は別なのでしょう。

 真夏のホッキョクグマ、熱いからプールに入ればいいのにと思いますが、意外と炎天下でベタッとへばっているように見えることが多いです。でもイヌのように舌を出し、ハァハァと気化熱を利用して体温を下げようとはしていません。苦しそうには見えません。ホッキョクグマは厳冬期の睡眠時間中、体温を数度下げるといわれています。体のすべての機能を低下させることが、意図的にできるのです。仮に体重が300キロとすると、体温を1度上げるのに300キロカロリー、外気温マイナス30度の中で維持するのには、さらに莫大なエネルギーを消費します。体温を数度下げることができれば、エネルギーの消耗を劇的に抑えることができます。ちなみにヒトは体温が34度を切ると、生命の危機をむかえます。夏山で気温が20度以上あっても、風雨にさらされ体が濡れると、低体温症になり凍死に至る危険もあります。やはりヒトは、外的要素に対しての身体適応能力が低いのです。ここからは推察なのですが、真夏のホッキョクグマは、おそらく代謝を落として厳冬期睡眠モードとし、高い気温の空気や太陽の日差しの熱を吸収しながら37度の体温を維持するという、逆転の発想では? これで真夏にも涼しい顔で「ひなたぼっこ」ができ、暑さをやり過ごすことができるのだと思います。

 鳥類はまた別の視点があるのですが、長くなるので今回はここまで。いずれにせよ、ヒトは服を着たり冷暖房をしたりと身体能力ではなく道具で対応してきたため、気温の変化への対応や感じ方は、どんどん情けない状況になっています。その情けない状況をスタンダードとして動物たちに当てはめてしまうと「ちょっと待った!」みたいなことが、多くあります。

 動物園は食べること、安全を保証しています。ですから動物たちは基本的に何もしなくてもいい、何もすることがない環境にいます。時間の流れはのっぺりと平たんです。動物たちの暮らしにどう変化をつけ、豊かな時間にしてあげられるのかが、私たち飼育係の課題でもあります。雪は変化をもたらします。雪質やさまざまな気象条件を把握していれば、動物たちにはプラスの変化となります。旭山で飼育してきたキリンは歴代、新雪が大好物です。あまり食べ過ぎておなかが冷えはしないかと、心配になるくらいです。一見ハンディと思われる環境でも、ハンディをメリットに変えることは可能だと考えています。

(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)
坂東元(ばんどう・げん) 1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。

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