特別な運動は不要? 日常生活の工夫で病気リスク減少
運動が健康に良いことは分かっているけど、運動する時間がない、と悩んでいるビジネスパーソンや子育て世代の方々に朗報です。毎日の暮らしの中で当たり前のように行うレベルの身体活動が、実は、乳がん、大腸がん、糖尿病、虚血性心疾患(狭心症、急性心筋梗塞など)、脳梗塞のリスクを減らすのに役立っていることが明らかになりました。論文は2016年8月9日付の英国BMJ(the British Medical Journal)誌電子版に掲載されています[注1]。
利益が大きいのは、活動レベルが低めの3000~4000MET分/週
研究を報告したのは、米ワシントン大学のHmwe H Kyu氏らのグループです。Kyu氏らは、1980年以降に報告されていたさまざまな論文の結果をレビューし、レクリエーションのための運動だけでなく、移動や、家事、仕事などに伴う活動の量を総合した総身体活動量と、疾患のリスクの関係を調べました。すると、日常的に体を動かすレベルの身体活動量でも疾患リスクは減少し、積極的な運動を追加しても、上乗せされる利益は小さいことが明らかになったのです。
研究の手順はこうです。著者らはまず、あらかじめ設定した条件を満たした174本の論文からデータを抽出しました。総身体活動量の単位は、スポーツジムでおなじみのMET分です。METは、椅子に座った安静状態を1として、特定の活動の運動強度がその何倍かを示したものです。例えば、普通の歩行は3METで、仮に平日の歩行時間が30分、土日は歩かない人がいた場合、その人の1週間の歩行による身体活動量は、3×30×5=450MET分/週になります。
著者らは、1週間当たりの総身体活動量が600MET分/週未満の人を「不活発」とし、8000MET分/週以上の人は「非常に活発」に分類しました。不活発な人に比べ非常に活発な人では、乳がんリスクが14%低く、大腸がんリスクは21%低く、糖尿病リスクは28%低く、虚血性心疾患リスクは25%低く、脳梗塞リスクは26%低くなっていました。
しかし、「これは大変だ、激しいトレーニングをしなければ」とあわてることはありません。この研究は、活動量増加によって得られる利益は、直線的に増加するわけではない(活動量が多ければ多いほど疾患リスクが直線的に低下するわけではない)ことも明らかにしました。利益が大きいのは、活動レベルが低めの、3000~4000MET分/週までの段階で、それを超えると、身体活動量が一定量増加当たりのリスク減少は小さくなりました。
1週間の総身体活動量が3000MET分になる生活とは、例えば毎日、「階段を上る時間が10分あり、掃除機を使った掃除を15分、庭仕事を20分、ランニングを20分、徒歩または自転車での移動を25分する」といった暮らしです。
糖尿病、乳がん、大腸がん、心筋梗塞など疾患別の分析は?
疾患ごとの分析結果は以下のようになりました。
糖尿病については、600MET分/週程度の活動量の人でも、体を動かすことは全くしないと自己申告していた人に比べ、リスクは2%低く、600MET分/週から3600MET分/週程度までは、活動量が3000MET分/週増えると、リスクはさらに19%低くなっていました。しかし、それ以上活動量が増えても、増加分に見合う利益は得られませんでした。例えば9000MET分/週から1万2000MET分/週まで、3000MET分/週増加しても、追加のリスク低下は0.6%だけでした。
乳がんも同様で、600MET分/週程度の人でも、体を全く動かさない人に比べリスクは1%低く、3600MET分/週まで増えるとリスクはさらに4%低下しましたが、9000MET分/週から1万2000MET分/週まで増加した場合の追加のリスク低下は2%にとどまりました。
大腸がん、虚血性心疾患、脳梗塞についても同様の傾向が見られました。身体活動量が増加して3000~4000MET分/週に達するまでのリスク低下は大きく、身体活動量をそれ以上に増やしても、リスク低下は緩やかでした。
得られたデータは、わざわざ時間をつくって熱心に運動をしなくても、通勤時には早足で歩き、階段を使う、出かけるときには自動車でなく自転車を利用する、掃除や庭いじりをしっかりやる、といった日頃の少しの心がけが、実は病気の予防になることを示唆しました。
[注1] Kyu HH, et al. Physical activity and risk of breast cancer, colon cancer, diabetes, ischemic heart disease, and ischemic stroke events: systematic review and dose-response meta-analysis for the Global Burden of Disease Study 2013. BMJ 2016; 354 (Published 09 August 2016)
医学ジャーナリスト。筑波大学(第二学群・生物学類・医生物学専攻)卒、同大学大学院博士課程(生物科学研究科・生物物理化学専攻)修了。理学博士。公益法人エイズ予防財団のリサーチ・レジデントを経てフリーライター、現在に至る。研究者や医療従事者向けの専門的な記事から、科学や健康に関する一般向けの読み物まで、幅広く執筆。
[日経Gooday 2016年10月12日付記事を再構成]
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