有森裕子 スランプ脱出、まずは「階段利用」から
こんにちは、有森裕子です。1月はニューイヤー駅伝や箱根駅伝など、ランナーにとって楽しみな大会がたくさんありましたね。そんな選手たちのがんばりに触発されて、張り切って走っている方も多いかと思います。
最近は、実業団選手のレベルに迫るような優れた成績を残す市民ランナーも登場し、市民ランナー全体のレベルがどんどん上がってきています。「どうした実業団選手、もっとがんばれ!」と言いたくなるのはさておき、ランニング文化が日本にしっかり根付き、個々のランナーのレベルが高くなってきたのは良いことだと思います。
市民ランナーのスランプ脱出法、アドバイスは2つ
さて、今回のテーマは「スランプ脱出法」です。いくつもの大会を経験し、タイムを縮め、ランニングのレベルが高くなってくると、どこかで新たな壁にぶつかることもあるでしょう。例えば、「もう何年も自己ベストが更新できていない」「これをやれば大丈夫、といった必勝パターンの練習メニューを確立できず、模索が続いている」といった悩みを抱える中上級者ランナーは、案外多いものです。
日々、トレーニングを中心とした生活を送ることができる実業団選手なら、練習内容がそのまま必勝パターンとしてレースに反映されやすいかもしれません。ところが、市民ランナーの場合はそうはいきません。仕事や家庭で忙しく、残業や出張で生活リズムが不規則になることも多く、計画通りにトレーニングをこなすのも一苦労かもしれません。
自己ベストが出ないといった、スランプに悩んでいる人への私からのアドバイスは2つあります。1つは、「レースの選び方」を再考してほしいということです。たくさんのレースに出場するような"数打てば当たる方式"を止め、記録を狙うためのレースを絞り、抽選で当選した他の大会は練習に使う、という考え方です(詳しくは「今年自己ベスト狙うランナーがすべき3つのこと」を参照)。
また、「試合までに200km走った」「レースまでに距離を踏めなかった」など、走行距離を伸ばすことにこだわる人もいますが、それよりは本番レースの選択を絞った方が好タイムを狙えると私は思います。
日常生活のすべてがトレーニングと考える
2つ目は、練習という概念そのものを見直してみる、ということです。日々、仕事をしながら練習をする中で、最も効果的な練習方法は、起床して就寝するまでの間をすべてトレーニング時間だと考えることだと思います。
ランニングのためにまとまった時間を確保し、トレーニングウエアに着替え、ランニングシューズを履いて、万全の態勢で走ることだけがトレーニングだと思い込んでいませんか? もちろん、その状態で走るのが一番快適ですが、思うように時間を確保できないことで、「トレーニング不足だ」と焦るのは早計です。「練習はこうでなきゃいけない」という固定観念を持っているランナーは思いのほか多く、そのためにトレーニングの機会をみすみす逃しているような気がします。
通勤途中や職場でも、エスカレーターやエレベーターを使わずに階段で上れば、立派な下半身のトレーニングになります。電車の中では座らず、吊革につかまってかかとを上げ下げしてふくらはぎを鍛える。あえて1~2駅手前で下車して歩くなど、日常生活にはトレーニングの機会があふれています。「自己ベストが出ない。練習が足りないのだろうか。メニューを変えた方がいいのだろうか…」と悩んだときは、まずはトレーニングという概念そのものを変えてみてください。走る土台となる足腰を鍛えるチャンスは日常生活にいくらでもあるのです。
私は現役の頃から、トレーニングという概念を幅広く考えていました。今でも駅では階段を使うのが当たり前ですし、急いでいない限り「動く歩道」は使いません。地下鉄の1~2駅分は平気で歩きます。
慣れてきたらスピードアップ
階段を見つけたら、「あ、これはトレーニングになる! ラッキー!」と思って、有効に使える人ほど、日々の積み重ねが大きくなり、「仕事が忙しくてトレーニングができなかった…」というストレスを抱えることもなくなるのではと思います。
さらにその日常トレーニングをパターン化すれば、基礎力が確実にアップし、週末などにしっかり走るときの練習に生きてくるでしょう。同じ階段の上り下りでも、脚が慣れてきたらスピードアップしたり、歩く距離を伸ばすなどして、強度を段階的に上げていくことができます。自分の筋力や体調に合わせて、適宜調整すればいいのです。こうした"日常生活のトレーニング化"は、地味ですが、スランプの壁を乗り越える何よりの原動力になるように思います。
人はつい、最新メソッドが盛り込まれたトレーニングに飛びつきたくなるものですが、人間の体はそれほど進化していません。まずは基礎をしっかり鍛えることが大事です。何よりも、日常生活でこまめに体を鍛えていれば、ランナーであるかないかにかかわらず、健康を維持し、楽しく歳を重ねていくことができるでしょう。
元マラソンランナー。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
[日経Gooday 2017年1月10日付記事を再構成]
(ライター 高島三幸)
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