なぜ企業のオンライン部門は常に人と金が足りないのか
スタンフォード大学経営大学院 オライリー教授に聞く(2)
スタンフォード大学経営大学院のキャンパス(C) Elena Zhukova
世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はチャールズ・オライリー教授の2回目だ。
日本企業のオンライン部門は常に人手不足だ。しかも予算もないから、目の前のことをこなすのが精いっぱい。成長部門なのに、いまだ社内での地位は低い。これこそまさに日本企業がイノベーションのジレンマに陥っている証しなのだ。新興部門を成長させ、日本企業を成長させるにはどうしたらいいのか。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)
スタンフォード大学経営大学院 チャールズ・オライリー教授
米大手新聞社USAトゥデーの場合
佐藤:イノベーションのジレンマから脱却した企業の例として、米大手新聞社USAトゥデーを取りあげています。
オライリー:1990年代後半、オンラインメディアの台頭で、USAトゥデー紙の売り上げと購読者数は減少の一途をたどっていました。当時社長兼編集人だったトム・クーリー氏は、このまま同じビジネスモデルを続けていたらUSAトゥデー紙は存続できない、と危機感をいだき、「ネットワーク戦略」というビジョンを打ち出しました。「私たちは紙の新聞を売る新聞社から脱却して、新聞、オンライン、テレビなどすべての媒体にニュースを配信するメディアネットワークをめざします」と宣言しました。
この戦略を実現するには、新聞、オンライン、テレビ、3つの部門のトップが、緊密に連携をとる必要がありました。そこで2000年、クーリー氏はまず部門を横断する編集会議を設定し、3部門のトップに毎日参加してもらうことにしました。ともにニュースの内容を吟味し、どのメディアにどう割り当てるかを検討し、意見を交換し、さらなるシナジーの可能性をさぐるためです。こうした場がなければ、部門間で意見の相違が生じ、ネットワーク戦略は実現できなかったことでしょう。
さらにクーリー氏は、「USAトゥデーの使命は、フェアで正確で信頼できる情報を提供することだ」と強調し、そのミッションを全部門に浸透させていきました。新聞、オンライン、テレビ、それぞれ仕事内容も文化も違っても、USAトゥデーの社員としての使命は同じだ、と。
佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。
佐藤:日本の出版社や新聞社の中には、いまだオンライン部門を軽視する人もいます。「なぜネットなんかにオリジナルの記事を書かなくてはいけないのか」という記者は多いのです。
オンライン部門の売り上げが増加しているのにもかかわらず、依然として紙媒体部門が力を持っていて、オンライン部門になかなかリソース(人、物、金、情報など)を渡そうとはしません。オライリー教授が最高経営責任者(CEO)だったら、どのように改革しますか。
新規事業はCEOの直轄でなければならない
オライリー:私だったら、オンライン部門を直轄にします。「新規事業はCEOの直轄でなければならない」というのは鉄則です。
新規事業を立ち上げるところまでは、何の問題もありません。優良企業であれば、事業に投資するだけの余裕は十分にあります。問題は、その事業を成長させることができるかです。
新規事業がスタートして、しばらくたつと、新規事業と既存事業との間で、リソースの奪い合いがはじまります。新しい部門が、古い部門に「予算をこちらにも分けてください」「こちらにも人を出してください」と頼んでも、古い部門は「なぜこっちを削って、あっちに渡さなくてはならないのか」と応じない。今もうけているのは、こっちの部門なのだから、来月、同じようにもうけるためには人も金も削れない、というのが彼らの論理です。
CEOが直接、命じない限り、古い部門はリソースを渡しません。この状況が続くと新しい部門は成長することができず、部門ごと破綻してしまうこともあります。だから経営者は、新規事業を直轄にして、直接支援する必要があるのです。
佐藤:USAトゥデーのトム・クーリー氏は、1995年、オンライン部門を直轄にして、新聞部門と並列に配置しました。95年の段階で、オンライン部門を重用するというのは、かなりの英断だったと思います。こうした組織変革は、新規事業を支援することにつながりますか。
オライリー:そう思います。リソースをめぐる攻防が激しくなってきたとき、新しい部門が「私たちにもリソースが必要です。何とかしてもらえませんか」と頼れるのは経営者だけです。
課題はリーダーシップに
佐藤:イノベーションのジレンマから脱却できるかどうかは、経営者次第、ということですね。
オライリー:「イノベーションのジレンマ」と聞くと、テクノロジーの開発の話か、と勘違いする人もいますが、そうではありません。新しいテクノロジーはあるのに、破綻する企業、廃業する企業は後をたちません。その要因は、リーダーが成熟事業と新規事業の両方を推進できなかったことにあります。
「先導と破壊:イノベーションのジレンマの解決法」(原題)は、リーダーシップをテーマとした本です。「イノベーションのジレンマ」を脱却するためにリーダーは何をすればよいのか、両利き経営をするために必要な能力とは何か、こうした問いに答えるために書いた本なのです。ぜひ日本の皆様にも読んでいただきたいと思います。
※オライリー教授の略歴は第1回「日本企業必見!『イノベーションのジレンマ』解決法」をご参照ください。