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ぼくらのリアル相続

経営者が遺言を書いておかねばならない理由 税理士 内藤 克

2017/1/27

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 先日、会社社長だった夫が亡くなって困っているという奥さんから相談を受けました。
「実は私は主人の会社のことは全くわからないのです。役員の方々ともあまり交流はありませんし……」
「了解しました。会社の運営がストップしないように、一つずつ確認していきましょう。まずは相続人の状況を確認させてください」
「その件ですが、私たちには子供がいないので、相続人は主人の兄と私になると思います」
「その義理のお兄様とは良好な関係ですか?」
「それが、随分前に父の相続でもめた時以来、連絡は取っていないのです」
「今回の相続は奥様とお兄様が話し合って分割協議をまとめなければなりません。まずお兄様と連絡を取り合うところからですね」
「え、また義兄とのやり取りが始まるのですか? それも今度は私と?」

 今回のケースでは相続人である奥さんと義理の兄とで話し合って遺産分割協議を進めることになりますが、社長のお父さんの相続の時に一度兄弟でトラブルがあったということですので慎重に進めなくてはなりません。もめた結果、お兄さんの満足のいく結果になったのであれば問題ありませんが、そうでない場合は今回の相続で巻き返しを図ってくる可能性があります。

 相続人が「配偶者+兄弟姉妹」の場合、配偶者の法定相続分は4分の3、兄弟姉妹の法定相続分は4分の1となっていますが、仮に折り合いがつかなければすべての財産について「相続による名義変更ができない」ことになります。

■株式が共有されると、いろいろと宙に浮く

 お兄さんは亡くなった社長の会社を継ぐつもりはないようでした。従って社長が所有していた会社の株式には全く興味がないはずですが、他の財産を巡って攻防戦を繰り広げることになれば、この株式についても奥さんが相続することについて首を縦に振らない可能性もあります。

 会社の株式は、分割協議が整うまでは複数の相続人で共有することになります。注意しなければならないのは、発行済み株式が400株だとすると法定相続分通りに奥さんが300株、義兄が100株ということではなく、「2人で共有している株式が400株存在する」ことになるのです。

 この場合は、共有者同士で話し合ってどちらかを代表と決めて議決権の行使に臨むことになりますが、もめている時にはどちらが代表になるかでももめて、なかなか決着がつきません。そうすると株主総会を開いて決議しなければならない重要な事項について決議ができず、結果として会社経営に影響を及ぼすことにもなりかねないのです。

■「新社長への変更ができない」「死亡退職金も払えない」

 社長が亡くなった場合、新しい代表者を選任しなければなりません。しかし上記のような事情だと株主総会での決議ができない(多数決すらできない)ため、相続問題が解決するまで新社長への変更ができないことになります。

 本来であれば速やかに次の社長にバトンタッチして取引先や従業員に安心感を与えたいところですが、代表者変更の決議ができないと登記もできませんので、外部から見ている人には「内紛でもあるのかな?」と感じさせてしまいます。新社長が決まらないなんて、会社としては由々しき事態です。個人事業主ではないので銀行預金が凍結されるという心配はありませんが、他の面で業務が停滞してしまいます。そのせいで業績が悪化したら、ことは親族の内輪もめだけでは収まりません。

 もう一つ、役員の突然の死亡に備えて「経営者大型総合保障制度(経営者大型保険)」に加入している会社は多いと思います。会社はその保険金で役員退職金を支払うために加入しているのですが、「役員退職金の支給」は株主総会での決議事項となっています。役員の死亡に伴い保険会社から生命保険金は支払われますが、会社から役員への退職金支払いは決議ができないため、お預けとなってしまうのです。

 このケースからも明らかなように、相続人の間での話し合いがこじれそうな場合もそうでない場合も、「経営者は遺言を書いておかなければならない」といえます。「他の財産はみんなで話し合ってくれ。しかし会社の株式は〇〇(個人名)へ相続させるぞ」と明記しておかないと、このように会社が迷走することにもなりかねないのです。

内藤 克(ないとう・かつみ) 税理士法人アーク&パートナーズ 代表・税理士。1962年生まれ、新潟県長岡市出身。90年に税理士登録、95年に東京・虎ノ門で個人税理士事務所を開業。97年に銀座で税理士・司法書士・社会保険労務士による共同事務所を開業。2010年に税理士法人アーク&パートナーズを設立。弁護士ら専門家と同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。事例中心のわかりやすい講演にも定評あり。「士業はサービス業である」ことを強く意識し、顧客満足度を追求。日本とハワイの税法に精通し、ハワイ税務のコンサルティングも行っている。趣味はロックギター演奏。

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