エンタメ!

あの人が語る 思い出の味

母の野菜煮、美の原点 由美かおるさん 食の履歴書

2017/2/3

女優。1950年京都市生まれ。3歳でバレエを始め15歳で芸能界デビュー。映画、テレビ出演多数のほか歌手としても活躍。合気道4段、画家、アコーディオン奏者でもある。矢後衛撮影

 物心ついた時から、由美かおるさんの周りには、いつも新鮮な野菜があった。生まれた京都、その後に転居した兵庫県川西市で、父は青果業を営んでいた。鮮度にこだわる父が仕入れる野菜は、いつもピカピカだった。そんな野菜たちが母の手にかかり、シンプルな味付けの煮物や天ぷらとなって、食卓に並んだ。

■トマトを丸かじり

 由美さんは今も野菜の煮物が大好きだ。京ニンジン、九条ネギ、賀茂ナスなどの京野菜。カボチャに大根、サツマイモ。ざっくり切って、京風の薄味で炊いた野菜を食べると、心も体もほっこりする。

 春のタケノコは刺し身でいただき、夏にはトマトやキュウリを丸かじり。秋になれば黒豆やマツタケの風味を味わい、冬の訪れは鍋料理の白菜で実感する。子供のころの由美さんは、父の店に並ぶ野菜の顔ぶれで、季節の移ろいを感じていた。

 母の手料理が好きで、ちょっとおしゃまな少女の人生を切り開いたのが、3歳から始めたバレエだった。小学6年生の時、もっと本格的に習おうと通い始めたのが、大阪市京橋にあった西野バレエ団だ。教えを請う西野皓三氏は多才な人で、テレビ番組の企画、構成も手掛けていた。読売テレビ制作の「11PM」もその一つ。番組の中でミュージカルショーのようなコーナーを始めることになり、その主役に大抜擢(ばってき)されたのが、当時中学3年生の由美さんだった。

 初めて履いたハイヒールと網タイツ。まばゆい照明の下、バックダンサーを従えて、物おじしない少女は思い切り歌い、踊った。昨日までは、レッスン帰りのたこ焼きが楽しみの普通の少女だった。一夜明けたら世界が変わっていた。

 「あの娘は誰だ」。問い合わせの電話がテレビ局に殺到し、回線がパンクした。そんな電話の中の一つが石原裕次郎さんだった。自分が主演する次回作「夜のバラを消せ」で相手役になってほしいと。

 嵐のような日々が始まった。新聞や雑誌の取材、テレビや映画の出演依頼が相次ぎ、東京と関西を頻繁に行き来する生活になった。15歳の少女は突然、大人の世界に足を踏み入れ、これまで見たこともない食べ物とも出会った。その一つがステーキだ。すき焼きは食べたことがあったが、由美さんにとって、ステーキこそ大人の味だった。

 16歳の時、初めての海外旅行で訪ねたイタリアでも、忘れられない食の出合いがあった。TBSの「ヤング720」という番組で司会をしていた時のことだ。当時の人気俳優、ジュリアーノ・ジェンマさんにインタビューすることになり、ローマへ飛んだ。

 現地で食べたパスタに衝撃を受けた。それまでのパスタのイメージは、ケチャップたっぷりのナポリタンだった。固めの麺、さっぱりしたトマト味に、洗練された外国の風を感じた。これが前菜だと言われ、大きな肉や魚料理が次々出てきて、そのボリュームに目を丸くした。デザートに食べたアイスクリームにエスプレッソコーヒーをかけるアフォガートは今も大好きで、よく自宅で楽しんでいる。

 イタリアでは現地の大手レコード会社社長から猛アタックを受けた、永住して歌手として活動してほしいと。帰国後、イタリア語を勉強し、ベネチア音楽祭で現地レコードデビュー曲を披露したのも、いい思い出だ。基本は和食好きだが、イタリアンも好きなのは、この時代の数々の好印象が影響しているのだろう。

■和食弁当楽しみに

 「レ・ガールズ」、「同棲時代―今日子と次郎―」、「しなの川」など、あまたの話題作を積み重ねた女優生活も、はや50年になる。その半分にあたる25年間をかけた「水戸黄門」は、格別に思い入れのあるドラマだ。出演回数は716回。かげろうお銀の入浴シーンは、ドラマの枠を飛び越えて、社会現象とも言えるほど話題になった。

 水戸黄門の撮影は毎週、月曜から金曜まで、京都・太秦の撮影所に籠もりきりになる。緊張感ある収録の中、最大の楽しみは食事だ。由美さんが好きだったのは、近所の和食屋「さつき」から届けてもらうお弁当だ。野菜の煮物が多いお弁当は、由美さんにとって、なつかしい母の味だった。

■食べたいものこそ、いま必要なもの

 今も健康そのもので、風邪ひとつひかない。スリーサイズなどの体形はデビューした15歳のころと、まったく変わらないという。30歳で出合った西野流呼吸法は体調維持に欠かせない。日課となっている呼吸法を通じて、自分が何を食べたいのか、自分の体が今、何を欲しているのか、わかるようになった。

 自分が食べたいものこそ、今の自分にとって必要なもの。これが由美さんの食の哲学だ。由美さんの場合、それは旬の野菜の煮物だったり、トマト味のパスタだったり、ステーキだったり様々だが、共通するのは素材を生かしたシンプルな味付けの料理であること。子供のころから食べてきた母の素朴な手料理の数々が、由美さんの食の原点になっている。

■旬の素材を備前焼で

「ビストロ備前」(東京・お茶の水)のスペシャルコース

 「出てくるもの、すべておいしいんです」。通い始めて20年になる東京・お茶の水の「ビストロ備前」(電話03・3295・8538)が由美さんのお気に入りだ。基本はフレンチだが、イタリアンのテイストも入り、何より素材がいい。

 月に1、2度は足を運ぶ。注文するのはいつもコース料理。温野菜から始まり、ポタージュ、魚、トマト味のパスタをはさみ、ステーキ、デザートは大好きなアフォガート。かなりのボリュームだが、ぺろっと完食する。総料理長の安達実さんは「野菜も魚も、旬の国内素材にこだわる。料理は仕入れが命」と語る。

 もう一つ、由美さんが気に入っているのが料理を乗せる皿だ。店名からわかるように、器はすべて備前焼。人間国宝級の名人が焼いた名器を、惜しげもなく使う。素朴ながら暖かみがあり、料理の色合いをさりげなく引き立てている。

■最後の晩餐

 今も元気な母の作ってくれる野菜の煮物かなあ。毎日食べても飽きないけれど、最後と言われたら、やっぱりこれかな。でもトマト味のパスタも捨てがたい。1つに絞らないとダメですか? 2つ並べて、順繰りに食べたいですね。素材の味がよくわかる、シンプルな味付けがいいんです。

(編集委員 鈴木亮)

エンタメ!新着記事