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鈴木優人&プレガルディエン 新世代の「冬の旅」

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ドイツの若手テノールの筆頭格ユリアン・プレガルディエン氏が1月来日し、鈴木優人(まさと)氏のフォルテピアノ(古楽ピアノ)伴奏でフランツ・シューベルト(1797~1828年)の連作歌曲集「冬の旅」を歌った。両氏はそれぞれ名テノールのクリストフ・プレガルディエン氏と、古楽演奏家の鈴木雅明氏という世界的音楽家を父に持つ。ドイツ歌曲史上の最高傑作を、シューベルトが作曲した19世紀前半当時のままの伴奏スタイルで上演する意義は何か。2世音楽家による新世代の「冬の旅」の魅力を追った。

1月11日、紀尾井ホール(東京・千代田)のステージに普段着姿で鍵盤楽器奏者の鈴木優人氏が現れた。同日夜の本公演を目前にしたリハーサルだ。ユリアン・プレガルディエン氏が到着するまで鈴木氏は1人で「冬の旅」のピアノ伴奏を練習した。ただし楽器は通常の現代ピアノではない。チェンバロに似た形状の木目のフォルテピアノだ。チェンバロからピアノへの移行期に当たる古い鍵盤楽器といえる。「シューベルトはこんなフォルテピアノを弾きながら自作を歌った」と鈴木氏は言う。「現代ピアノで弾くのは好きだし、むしろその方がいいくらい。でも今回は素晴らしいフォルテピアノが見つかったので、シューベルトが『冬の旅』を作曲した当時の仕様のこの楽器で伴奏しようと考えた」

シューベルトは世を去る1年前の1827年に「冬の旅」を作曲した。24曲から成る連作歌曲集だ。歌詞はドイツのロマン派詩人ヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827年)による。シューベルトと同世代の詩人であり、ナポレオン戦争を経てメッテルニヒの反動政治によるウィーン体制に至る時代をともに生きた。シューベルトはすでに1823年に同じミュラーの詩による連作歌曲集「美しき水車小屋の娘」を完成させている。同世代の若い作曲家と詩人は面識こそ無かったが、2人の音楽と詩が一体となったドイツ歌曲の傑作群が生まれ、相次ぎ早世した。

暗い情熱の旅に合う歌声とフォルテピアノ

「冬の旅」は「美しき水車小屋の娘」とは比べようもないほど暗い詩と音楽になっている。独りさすらう孤独な旅人の雰囲気が全編に漂う。しかし演奏は歌手と鍵盤奏者の2人。シューベルトとミュラーのように、演奏家もコンビで歌の芸術を再現していく。「『冬の旅』では独りで孤独な道を行くが、僕らは2人だ」とプレガルディエン氏は本公演前の楽屋で話し、鈴木氏の手をぎゅっと握り締めた。

「冬の旅」は暗い情熱の魅力に満ちている。1曲目はいきなり「おやすみ」だ。グーテンターク(こんにちは)ではなく、グーテナハト(おやすみなさい)。これから24曲もの歌が始まるのに最初から終わりや別れの気分だ。それは同時に、恋人と別れた青年の旅立ちの歌でもある。鈴木氏が練習する「おやすみ」の伴奏は、現代ピアノにはない寂しくひなびた響きを伝える。のちのマーラーの交響曲群に登場する葬送行進曲のような陰鬱なリズムを、鈴木氏のフォルテピアノがしっとりとした音色でシャッシャッと刻んでいく。現代ピアノに比べ音量が小さいため、寂しさが募り、哀れながらも決然とした詩の雰囲気に合っている。

しばらく遅れてプレガルディエン氏がステージに姿を見せた。フォーマルに着替える前のジーパン姿で1曲目の「おやすみ」から練習を始めた。歌声は抑えめながらもエモーショナルだ。リハーサルなのに早くも胸をえぐられるほどの悲しみが伝わってくる。彼の父、クリストフ氏が、古楽鍵盤奏者の大家アンドレアス・シュタイアー氏のフォルテピアノ伴奏で録音した「冬の旅」のCDを事前に改めて聴いてきた。それに比べると、息子の方がオペラ風の劇的な表現を盛り込んでいるように思える。父の方はもっと端正で伝統的なドイツ歌曲の歌い方だったと思う。

2曲目「風見の旗」、3曲目「凍った涙」は追い打ちをかけるように暗い。ライフワークとして「冬の旅」のリサイタルを毎春開いている歌手にバス・バリトンの岡村喬生氏がいる。岡村氏のリサイタルに行ったとき、彼が「こんな天気のいい春の週末に、くら~い歌をよくもまあ聴きにいらっしゃいました」と聴衆に冗談ぽく語りかけたことを思い出した。ましてや真冬の夜に聴く「冬の旅」は、聴き手の気持ちが折れそうなほど寒々として荒涼とした世界をみせる。4曲目「氷結」でまず前半の暗さが頂点に達する。「氷結」では主人公が、凍える雪の中で彼女の足跡を探し求めてさまよう。フォルテピアノが刻む3連音の速いリズムは、現代でいえばロックビートに近い。メロディーラインもX JAPANの「紅(くれない)」のようなダークなロックを連想させる。2人は「氷結」の出だしを歌って音を確かめただけで練習を止めた。

つかの間の安らぎとしての「菩提樹」

暗さが極まったところで、一瞬の安らぎが訪れたかのように、5曲目「菩提樹(リンデンバウム)」が始まる。全曲中で最も有名な歌だ。日本では「魔王」「野ばら」とともに教科書にも載り、シューベルトの「歌曲王」としての固定観念を決定づけてきた。実際には交響曲やピアノ曲の大家でもあるのだが。ドイツの作家トーマス・マンの長編小説「魔の山」の終結部で、サナトリウムを出て第1次世界大戦に従軍した主人公ハンス・カストルプ青年が戦場で口ずさむ歌でもある。

プレガルディエン氏はバッハの「マタイ受難曲」の福音史家の歌い手として世界的評価を得たが、ロマン派歌曲の表情豊かな感情表現にもたけている。「ひとり旅する者が救われる。手を差し伸べる者がいる。(この励ましが)『冬の旅』という作品の使命だ」と言う。わびしい旅を続けてきて、懐かしい思い出がざわめきとなって聞こえてくる菩提樹を通り過ぎる。「ここで休んでいきなよ。あなたの安らげる場所はここしかないのだから」というざわめきが耳に残りながらも、また旅を続ける。

その日の夜7時から本公演が始まった。前半はフォルテピアノの湿り気のある、ひなびた音色に乗って、内に込めた胸張り裂けるほどの情念が歌い上げられた。半ばまで来たとき、休憩かと思われる中断があった。しかし彼ら2人はステージに残ったまま、無言で時間を過ごした。プレガルディエン氏はずっと客席に背を向け、うつむいたまま沈黙を保った。これも一つの演出なのかもしれない。

後半に入るとプレガルディエン氏の歌い方はさらに激情を帯びる。時たま音程が上ずるように聞こえる部分もあったが、揺れ動く感情をダイナミックに表現していて分かりやすい。現代の歌謡曲にも通じる哀愁のメロディーの15曲目「からす」が印象深い。かすれそうな細い歌声が孤独な旅路を思わせる。

ペダル操作が生み出す銅鑼のような音色

最後の「ライアー回し」では、フォルテピアノが銅鑼(どら)かシンバルのような音色を出す。秘密は足元のペダル操作。「5つあるペダルのうち、3つは様々な弱音効果を追求するもの」と鈴木氏は説明する。「フォルテピアノの弦とハンマーの間にフェルトが出てきて、柔らかい音が鳴る。ペダルによる多彩な表現を『冬の旅』の演奏に生かせる」。銅鑼のような音色もそのペダル表現の一つ。東洋的な無常観も漂う。李白、孟浩然、王維の唐詩を歌詞にしたマーラーの青春と辞世の交響曲「大地の歌」を予感させるほどの諸行無常の銅鑼の音だ。

旅人が最後に見る老いたライアー回しの流しの音楽家。この寂しい老人とともに旅を続けようか、というところで全編が終わった。2人はステージ上で抱き合ってリサイタルの成功を喜んだ。2人とも世界的権威の父親のプレッシャーがある中で、新世代の「冬の旅」を打ち立てた。最高権威として祭り上げられがちな傑作歌曲集を、固定観念にとらわれず、現代の若者の自然体で歌い上げ、弾いたといえる。戦争と難民、貧困と移民、揺らぐ民主主義という状況の中で、欧州に限らず路頭に迷う人々は世界中にあふれている。打ちひしがれた孤独な旅人に手を差し伸べる「菩提樹」が改めて求められる。新世代の「冬の旅」の出番だ。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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