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私の履歴書復刻版

「私はたいへん運がいい」アサヒ樋口氏のネアカ人生 元アサヒビール社長 樋口広太郎(1)

2017/1/26

 「スーパードライ」の発売でアサヒビールを業界トップに押し上げた名物経営者、樋口広太郎氏(ひぐち・ひろたろう、1926-2012)の「私の履歴書復刻版」が始まります。ざっくばらんな語り口調で仕事、そして人生を縦横に語る30回、まずは第1回の前口上からお楽しみください。

夢あればこそ 酒は少量、人生に酔う 人々との語り合いを糧に

 私はビール屋ですが、実はお酒があまり飲めません。若いころはどこに入るのかと思うほど飲んだものですが、いつの間にか弱くなりました。銀行時代に肝臓を悪くしたこともあって、今ではほんの少したしなむ程度です。

 でも、懇談の席で議論するのは大好きです。酒を飲まないのに、酔っ払っているのではないかと周囲からしばしば冷やかされるほどのおしゃべり好きで、にぎやかです。そりゃ人の話に酔い、時には自分の話に酔わなきゃ、楽しい人生、豊かな人生は送れませんよ。

 とはいえ、家に帰って少ししゃべりすぎたかなと思うこともあるんです。柄じゃないと言われそうですが、こう見えても神経が細かいところもありましてね。ただ、それを見せないだけなんです。

執筆した頃の筆者

 あれは大学に入る前、彦根高商のころでした。オレはこの先どうなるんだろうと思い悩んで、真夜中に琵琶湖のほとりをあてもなくさまよっていて、入水自殺をすると間違えられたこともありました。たまたま夜釣りをしていた人から「学生さん、思いつめたらあかん」と一喝されて、ハッと我に返ったことを覚えている。勤労動員に駆り出されるから勉強はろくにできないし、お金もなくて、学校に行くのがやっとの生活でした。

 友達から酒を飲みにいこうと誘われても、お金がないからいけない。「おごってほしい」などとは、死んでもいえなかった。若い私には屈辱でしたね。

 今、同窓会などでそのころの友達と会うと、「樋口はおとなしくて本ばかり読んでおったな」とからかわれます。私は「お金がなかったんだから、しょうがないやないか。お前たちは極楽トンボで、寮の塀を乗り越えて、よく遊びに行っていたな」と言い返しています。

 彦根高商の私のクラスは秀才ぞろいだったから、学業面でのコンプレックスもありました。60人いるクラスメートうちの40人が、それぞれ中学に当たる商業学校や工業学校でトップの成績を上げて進学してきた連中でした、当時は、トップで卒業する生徒には文部大臣賞が出たんです。だが、私が京都市立第二商業を卒業したときの成績は4番目か5番目で、一番には手が届かなかったんです。

 当時は、数学なんかまるで苦手で、丸暗記もいいところでした。でも、ある段階で達観しましたよ。自分なりの長所を伸ばせばいいんだと。その長所は、よくしゃべるとか、元気だとか、何でもいいと思います。それ以来、勉強のことでくよくよしなくなりました。

 ただ、苦しんでいる人や一生懸命に努力している人を見ると、何とかして差し上げたいという気持ちを抑えられません。

 そういえば、住友銀行を転出してアサヒビールに来るときに最初にしたことは、銀行で一緒に働いてお世話になった方々のお墓参りをしたり、お宅を弔問したりすることでした。先輩や同期、それに支店長時代に部下だった人たちで、すでに亡くなられた方が何人もいました。そうした方々のご遺族にお会いして、何か力になれることがあればと思ったんです。

 私はいろいろな人たちと出会い、そのお付き合いを通して、いまの自分がつくられてきたような気がします。これからも、ひた向きな人や前向きな人と夢を語り合って、楽しく生きたいと思っています。

 いま、だれもが新しい世紀を迎えて希望に燃えておられると思います。希望は夢があるからこそ、わき起こります。思えば、そんな人生を歩みたいと願い続け、また歩んできたつもりです。

 私はたいへん、運がいいんです。つくづくそう思います。よく「運・根・鈍」というでしょう。ほどほどの根気もあります。鈍とは、焦らずじっくりやることです。私は短気に見られがちですが、わりと我慢強い方です。こういう性格に生まれたのは、両親のおかげだと思って感謝しています。

 いま、自分の生きてきた道を振り返って、われながら幸せな人生だと感謝しています。しかし、独りで喜んでいても仕方がありません。関西でいう「独り自慢の褒め手なし」です。早いもので今月の25日には、満75歳になります。人生の一つの区切りと思い「履歴書」の筆を執った次第です。15年前のちょうど今ごろ、私は60歳を目前にして、自ら新しい人生の第一歩を踏み出そうとしていました。

 この連載は、2001年1月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および新聞連載に加筆して出版された本「樋口廣太郎 わが経営と人生 ―私の履歴書―」を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。2013年、日経Bizアカデミーで公開した記事を再構成しました。

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