変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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ドラッカーは「企業家精神が無い企業は、急激な変革の時代を生き抜くことはできない」と断言します。一方で、既存の企業にこそ企業家的なリーダーシップの能力があると強調します。既存の企業には豊富な人材があり、既に事業をマネジメントしているからです。

企業家精神を発揮するには組織全体に企業家的なものの見方やイノベーションへの受容性、新しいものへの貪欲さを浸透させる必要があります。既存の事業よりもイノベーションが魅力的かつ有益であることを周知し、変化を脅威ではなく成長の機会とみなす組織をつくることが重要です。

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当 森下幸典氏

業績評価にもイノベーションの成果を組み込まなければなりません。新事業は既存の事業から分離し、企業家精神に報いる形で体系的に評価します。管理部門の下に置いたり、得意分野以外でやろうとしたり、ベンチャーを買収して安易に企業家的になろうとするとうまくいきません。

組織や人事、報酬についても特別の措置を講じる必要があります。最高の人材を自由にし、十分な資金を投じることが重要です。ライフサイクルを前提に製品やサービスの現状を分析し、何を、どの領域で、いつまで行うか決めます。実際に必要な規模より大きめに目標を設定し、実行には明確な期限を設けます。

公的機関にとっても今日のような変化の激しい環境は脅威であり機会にもなります。利益という評価手段が無く規模の成長を追い求めるため、新しい事業を始めることは異端とされますが、社会的イノベーションの必要性は高まっています。

ベンチャー企業はいかにアイデアや製品が優れていても、事業としてマネジメントされなければ生き残れません。ドラッカーはベンチャーが成功するには「市場に焦点を合わせること」「財務上の見通しについて計画を持つこと」「トップマネジメントチームを早い段階から用意すること」などが必要だと主張しています。

ケーススタディー 埋もれたアイデア・技術を発掘せよ

欧州にあるA国の政府は、今後の自国の経済発展の手段としてイノベーションに大きく期待しており、これまでも様々な大学や調査・研究機関に資金面の支援を行ってきました。しかし、これらの組織は調査・研究の能力は高いものの、それをどのようにビジネスで活用するかについては知見がなく、多くの素晴らしいアイデアや新しい技術が埋もれたままになっていました。

そこでA国政府は外部専門家のアドバイスを受けながら、これを資本化して推進することが必要だと考え、「ナショナルR&Dセンター」と命名した専門チームを立ち上げました。このチームの主なミッションはA国内に数多く存在する様々なプロジェクト案件を調査し、その中から商業化するための支援を行う対象案件を選定することです。

A国は最初の段階として、現在あるプロジェクトの中から比較的規模の大きい150のプロジェクトを抽出し、これらを調査しました。技術的な強みは何か、どの段階まで開発が進んでいるか、技術のオーナーシップと知的財産保護の状況はどうかといった点を確認するとともに、対象事業の商業化の可能性がどのくらいあるか、また経験についても評価して絞り込みを行いました。

次に、その中から選ばれた30のプロジェクトにさらに詳細なレビューを実施し、最終的に15のプロジェクトに対して商業化の支援を行うことを決定しました。選ばれたプロジェクトそれぞれについて潜在的な投資家の洗い出しを行い、提案書の作成や企業価値評価などの準備を行って、投資家との交渉を開始します。ナショナルR&Dセンターはこれらの一連のプロセスを支援しました。

支援を受けたプロジェクトの一例として、スタートアップ企業に対する「プロボノサービス」があります。プロボノ(Pro bono)とは、弁護士、会計士やシステムエンジニア、金融マン、官公庁職員、デザイナー、ベンチャー企業社長などの専門家が、それぞれの知識や経験を生かして、基本的には無報酬で社会貢献活動を行うことです。

多くのスタートアップ企業は新しい事業のアイデアや素晴らしい技術を持っていても、経営のノウハウに関する知識や経験が不足していたり、会社組織を維持、発展させるための体制が十分に整っていなかったりするケースが多く、これらに対して外部の専門家が支援しようというものです。具体的には、経営戦略やビジネスプランの策定、資金調達方法の検討、会社設立手続き、税務、会計システム導入、報酬体系の設計、従業員に対する研修などが支援の対象になります。

例えば、大学のインキュベーション推進室がこういったスタートアップ企業に対して特別な研修を提供したり、メディア企業がこのような活動を積極的にプロモーションして対象企業の露出を高めたり、ソフトウエア企業がコミュニケーションのためのツールを提供したり、というように、大きな組織の力を借りることによって新興企業の事業が発展する可能性が高まります。

A国はナショナルR&Dセンターの活動を通じて多くの新規事業の立ち上げを支援し、数十億円規模の経済効果を生み出すことに成功しました。現在は、この活動を継続するとともに、さらなる発展を目指し、規模の大きなビジネスパートナーを求めて調査を行っています。

森下幸典氏(もりした・ゆきのり)
PwCコンサルティング 常務執行役 マネジメントコンサルティング担当
慶応義塾大学商学部卒業。世界157カ国、22万3000人以上のプロフェッショナルを有するPwCのネットワークを活用し、クライアントの経営課題解決のために経営戦略の策定から実行まで総合的に取り組んでいる。3年間のロンドン駐在を含め、国内外大手企業に対するグローバルプロジェクトの支援実績多数。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)

著者 : P.F.ドラッカー
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 2,160円 (税込み)

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