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キャリアの原点

サイボウズ社長が役員にまで副業を奨励したワケ サイボウズ社長 青野慶久氏(上)

 

2017/1/12

 働き方改革の必要性が叫ばれるなか、多様な働き方で注目を集めている企業がグループウエアを手掛けるサイボウズだ。出社しても、しなくてもオーケー、副業も原則自由、出退勤の時間も含め働き方は自分で決めていい。「100人いれば100通りの人事制度があっていい」と語る社長の青野慶久氏が、現在の考え方に行き着いた原点とは?

◇   ◇   ◇

 出社というと、ふつうは物理的にオフィスに出勤することを思い浮かべますね。サイボウズの場合は「論理出社」でいいんです。実質的なオフィスはむしろ、クラウド上にある。そこにログインしたら、それが出社なんです。

 副業も原則自由です。勤務時間やサイボウズの資産を使うものに関しては事前に申し出てもらう必要はありますが、自分でラーメン屋を経営するとか、不動産の売買をしますとか、そういうものは承認なしでもオーケー。会社のブランドを毀損しない限りどうぞご自由に、という考え方です。

 ついこの前も、某メーカーのイベントに呼ばれて参加したら、そこにうちの社員がいて「どうしてここにいるの?」って聞いたら、「じつは副業です」と。2012年に副業を禁止することをやめた当初はみんなおっかなびっくりでしたけれど、最近はかなり大胆で、バリエーションも豊富になってきました。

■昭和な元興銀マンに「副業したら?」と勧める

 「100人いれば100通りの人事制度があっていい」と掲げていますが、実践するといろいろ想定外なことも起きます。

 例えば、営業担当者が土日を使ってサイボウズのソフトウエアのコンサルティングをやっているケース。「それってほぼ本業じゃないの!?」と思いますよね。当然、社内でも侃々諤々(かんかんがくがく)の議論になります。私も悩みますけれど、やってほしいことではあるわけですよ。それでサイボウズのお客さんが1社増えると考えれば、むしろ、会社にとってもいいことかもしれない。

「部下がどうすれば次のステップに進めるのか、いつも考えています」

 執行役員で社長室長の松村克彦も、2016年9月から福岡県久留米市にある障害者支援会社に顧問として入っていますが、彼に「副業してみない?」と提案したのは、じつは私です。彼は「クビになるのか?」と焦ったみたいですけれど、本心はまったく違うところにありました。

 サイボウズの場合、男性・女性という大きなくくりで考えることはまずなくて、「佐藤さん」という社員がいたら、その佐藤さんがどう働きたいのか、それを実現するにはどうすればいいのかをみんなで一緒になって考えていく。私は社長ですから、部下である執行役員がどうすれば次のステップに進めるのか、いつも考えています。

 彼はもともとバブルのころに日本興業銀行(現みずほ銀行)に入社した、「ミスターサラリーマン」でした。上司の命令なら理不尽なことでもなんでもやる、昭和な感じの人。ですから、転職してきても「サイボウズ一筋」のまっしぐら。常に会社のことを思って行動してくれますし、知識があって頼りになる半面、そのことが彼の成長を阻害しているような気もしました。

 会社って、社会の困りごとを解決してお金をもらうわけじゃないですか。だったら、会社の中にいて、会社のことだけ考えていても、あまり新しい発想は出てこない。彼に関しては、ゼロから自分で仕事を取りに行くなど、新しいことにチャレンジできる機会があれば人間的な幅も広がるし、もともと持っている知識に深みが増すだろうと思って、副業を勧めました。

 具体的に「何をやれ」とは指示しません。何をしたいかの答えは、本人の中にしかないですから。障害者支援というテーマをつかむまで彼もいろいろと試行錯誤したようですが、今はむしろ、サイボウズ一筋の時よりも生き生きと仕事に取り組んでいます。

■遅刻はしてもいいけど、ウソは厳禁

 「多様性」と「公明正大」。この2つはサイボウズが最も大事にしている価値観です。多様性を尊重するには透明性が必要で、透明性を確保しようと思えば、お互いが正直でないといけない。寝坊して遅刻したのに、「突然、親の具合が悪くなって……」とウソをつくのは厳禁です。どんなに優秀でも、ウソをつく人はそもそも採用しません。サイボウズが今、個性を尊重した多様な働き方に挑戦できているのは、長年かけてそれが可能な風土をつくってきたからでもあります。

 基本はオープン。成果物を含め、社内の情報はすべてグループウエア上にあげています。検索したらたいていの情報は出てきますし、聞けば担当者が答えてくれる。私のスケジュールも、社員は全員、見られるようになっています。

もともと「みんな好き勝手に生きればいいじゃん」と思っているところがある

 セキュリティー上の問題はないか、ですか? 問題になりそうなのはインサイダー情報とプライバシーに関する情報ですけれど、そこは自分で判断して「非公開」にすればいいだけですから。

 私の1日のグループウエアの通知量なんて、驚きますよ。例えばこの約1時間のうちに、スケジュールの更新だけで1、2、3、4……8件。数えたことはないですけれども、見ている通知だけで1日100件は下らないでしょう。そのうち返すのは1割もないと思います。ほとんど読み飛ばします。

■信号ゼロの村で育った元祖サイバーキッド

 もともと「みんな好き勝手に生きればいいじゃん」と思っているところがあるんですね。私自身も、そうありたいし。

 子供のころは父親が単身赴任だったので、基本的には家にいなかったんです。祖母がアルツハイマーを患い、母親はその介護で忙しかったものですから、「放置プレー」で育っているんですよ。塾に行ったこともないし、「勉強しなさい」と言われたこともない。習い事と言えばリトルリーグに通ったくらい。だから、いちいち「ああしろ」「こうしろ」と指示されたくないし、人にも言いたくない。

 育ったのは愛媛県の越智郡にあった小さな町です。平成の市町村合併で現在は「今治市」に統合されていますが、もとは「玉川町鈍川」といい、かなりの山奥。どれくらい山奥かと言えば、自宅から小学校まで3.8キロメートル、歩いて片道約1時間、しかもその間にある信号機はゼロ。ゼロってすごくないですか?

 イメージ的には「となりのトトロ」に出てくる田舎そのものです。見渡す限り田んぼと山しかない道のりを、歩いて学校まで通っていた。全校生徒の数は、たしか70人くらい。通っていた小学校はもう、廃校になっています。

 小学生のころはよく「子供の科学」という雑誌を読んでいて、ちょうどパソコン特集が組まれるような時代でした。実物に触れたのは中学生の時。自転車で山から下りていくと、町の電気屋さんに、NECのパソコンが置かれていたのを覚えています。

 親に買ってもらって、試しにプログラムを打ち込んでみたら動いた。「うわぁ、すげえ」と思いましたね。周りにパソコン好きな友達はほとんどいなくて、オタク扱いされていました。

 ちなみに、サイボウズという社名は「サイバーな子供たち」という意味の造語ですが、そういう意味では、僕自身がまさしくサイバーキッズの一人だったんです。

青野慶久氏(あおの・よしひさ)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。94年大阪大学工学部情報システム工学科卒、松下電工(現パナソニック)入社。97年8月サイボウズ設立、副社長就任。2005年4月から現職。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。近著に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。

(ライター 曲沼美恵)

「キャリアの原点」は原則木曜日に掲載します。

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