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眠れぬ人の法律クリニック

会社員が電車で痴漢の疑い 解雇されるのか? 弁護士 志賀剛一

 

2017/1/12

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Case3: 私はA社の人事部長をしております。当社の従業員がここ数日無断で欠勤しており、携帯電話に連絡しても連絡がつかないので両親に連絡したところ、電車内で痴漢行為をしたらしく、警察に逮捕されたそうなのです。社長の耳に入れたところ、「当社の信用を失墜させた。すぐに懲戒解雇せよ!」と激怒しています。しかし両親によると本人は「痴漢などしておらず、無実だ」と主張しているそうです。人事部としてどう対処すべきでしょうか。

■慎重な対応が必要

 痴漢行為により従業員が逮捕されたということは、容疑名は「迷惑防止条例違反」もしくは「強制わいせつ容疑」と予想されます。

 被疑者には「無罪推定(刑事裁判で有罪が確定するまでは無罪と推定されること)」の原則が働いていますので、この時点でただちに犯罪者として取り扱うことは適切ではありません。もちろん、これは痴漢行為に限った話ではありません。

 統計的な数字はわかりませんが、痴漢事件は物的証拠に乏しい場合が多く、被害者の供述に頼りがちとなるため、無罪判決がたびたび出ているのは事実です。「痴漢冤罪(えんざい)」なる言葉ができ、映画にもなりましたよね。逮捕された従業員は無実を主張しているとのことですので、貴社としても慎重な対応が必要となります。

 一定の地位にある公務員などが痴漢などで逮捕されるとニュースになることがあります。そこで「停職○カ月」などという処分が報じられると、インターネットや交流サイト(SNS)上では「民間ならクビなのに」「日本は公務員に甘い」といった書き込みが殺到します。しかし、果たしてそうでしょうか。

 公務員だからこそ報道されているのであり、一般のサラリーマンでは報道されない場合も多いと思います。また、簡単にクビにできないのは公務員に限ったことではありません。おそらく、ほとんどの会社の就業規則には「会社の名誉や信用を損なう行為」や「犯罪行為を行うこと」が懲戒事由として定められていると思います。

 しかし懲戒処分はあくまでも企業秩序を維持するために認められているものであり、原則として、従業員(労働者)の私生活の行為を理由に懲戒処分をすることはできません。アフターファイブや休日をどう過ごすかは、基本的には労働者の自由なのです。

 ただし、労働者は会社と労働契約を締結することにより、「労務提供義務」を負うと同時に、これに付随して「企業秩序遵守義務(誠実義務・忠実義務)」を負うと解されており、当然、使用者の名誉や信用を毀損しないという義務がこれに含まれています。

 よって、労働者の就業時間外の私生活上の非行は原則として懲戒の対象ではありませんが、それが企業秩序と関係があるものについては、事情次第で懲戒の対象となってくる場合があります。もっとも、仮に懲戒処分の対象になりうるとしても、懲戒解雇という最も重い処分が可能かどうかは別の問題となります。

■「懲戒解雇」に該当する場合とは

 参考になる判例として「横浜ゴム事件」を挙げましょう。

 横浜ゴムの工場従業員が他人の住居に侵入したとして住居侵入罪で有罪となり、罰金刑を受けたことを受け、横浜ゴムはこの社員を懲戒解雇しました。

 しかし最高裁は、会社の組織・業務等に関係のない私生活の範囲内で行なわれたものであること、従業員の受けた刑罰が高額でない罰金にとどまったこと、会社における職務上の地位も指導的なものでないことなどを勘案し、会社の体面を著しく汚したとまではいえないとして、「懲戒解雇は無効」と判断しました(1970年7月28日)。

 裏を返せば、受けた刑罰が重く、当該従業員が社内で責任ある立場にあり、犯罪の内容が会社の業務に支障を与えるようなものであるなどの事情があれば懲戒の対象となってきます。

 このような判例もあります。

 小田急電鉄の従業員が他社の私鉄線で痴漢行為を行い、罰金刑を受けたため、小田急電鉄がこの従業員を懲戒解雇したという事案です。東京高裁は、当該従業員が以前にも痴漢行為で2回罰金刑を受け、その際も昇給停止、降格処分を受けていたことに加え、当時鉄道会社が痴漢撲滅のキャンペーンを行っている中でそのような事件を起こしたことなどの理由を挙げて、「懲戒解雇を有効」と認定しました(2003年12月11日)。

 鉄道会社が痴漢撲滅キャンペーンをやっているのに、従業員が他の私鉄線で痴漢をやっていたのではしゃれになりません。ただし、この従業員は懲戒解雇される前の2回の痴漢行為については、昇給停止や降格処分にとどまっていました。つまり、今回の相談のケースのように、1回の痴漢行為があっただけでは社長がいうような懲戒解雇処分に付するのは相当難しいというべきでしょう。

 なお、運送会社やバス会社の運転手が職務外の飲酒運転で検挙された場合は、「懲戒解雇を有効」とした判例があります。人命を預かる公共交通機関や運送業者のドライバーが犯した飲酒運転に対しては、判例は比較的厳しい態度で臨んでいます。また、犯した罪が殺人や強盗など重罪の場合には、どのような業種の会社であっても懲戒解雇が容認されうるでしょう。

■無断欠勤とは何か

 ところで、逮捕・勾留されると被疑者は最長23日間の身柄拘束を受けることになります(さらに起訴された場合は保釈されるまではずっと勾留が続きます)。当然、その間、出勤ができなくなりますから、この欠勤を理由とする解雇はできるのでしょうか。

 確かに、本人は連絡できませんので、親族から何らかの連絡がなければ会社としても事情を把握できません。3週間にも及ぶ無断欠勤があれば、普通解雇の理由になることはありうるでしょう。

 しかしながら、本件では従業員の両親から本人逮捕の事実が伝えられており、会社は出勤できない事情を知っています。また、身柄拘束された被疑者のもとに駆け付けた弁護士が本人の意思を会社に伝えてくる場合もありえます。よって、これを「無断」欠勤とみることは無理があります。実務上は、有給休暇が残っていれば、これを消化する扱いにするのが一般的と思われます。

 サラリーマンの皆様、これを読んで「なんだ、法律は甘いんだな……なかなか解雇できないじゃないか」などと楽観しないように! あなたが何らかの犯罪行為を犯した場合、会社が解雇までできるかどうかは別として、何らかの懲戒処分を行うことは十分予想されます。さらに、万一マスメディアなどで報道されたら失うものがあまりにも大きすぎます。新年会などでお酒を飲むことが多いこの季節、くれぐれも羽目を外しすぎないようにご注意ください。

志賀剛一(しが・こういち) 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に、企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。

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