温泉上がり、天橋立で味わう極上ワイン
ライター 猪瀬聖
のんびりと温泉につかった後は、湯上がりの浴衣姿のまま、季節のおいしい料理と極上のワインを堪能――。こんな、日本ならではの贅沢(ぜいたく)を味わえる温泉宿が、日本海を望む京都・天橋立の近くにあると聞いて、訪ねた。
歴史は340年前までさかのぼる
JR京都駅から特急に乗って約2時間。山間を縫って日本海側に抜け、天橋立駅に着く。目的の宿は、文殊菩薩(ぼさつ)で有名な智恩寺の石畳の参道沿いに、人目を忍ぶようにたたずんでいた。宿の裏手には、宮津湾と内海の阿蘇海を結ぶ文珠水道(天橋立運河)が静かに水をたたえている。運河にかかる橋を渡れば、そこは日本三景の天橋立だ。
宿の名は「ワインとお宿 千歳 chitose」。語感は今風だが、歴史は古い。宿のある宮津市文珠地区は、もともと智恩寺の門前町。今から約340年前の延宝8年(1680年)、智恩寺の許可を得た地元の4人衆が、山門前に4軒の茶屋を出した。後に「四軒茶屋」と呼ばれるようになるこの4軒は、やがて遠方からの参拝客に宿も提供し始める。その中の一軒が、千歳だった。
「ワインとお宿」に衣替えしたのは、現オーナーの山崎浩孝さん(56)が経営を継いでから。学生時代に米国を旅してワインの魅力にとりつかれた山崎さんは、25歳の時に北海道に渡り、10年間ワイン造りをみっちり勉強。ドイツのワイナリーで研修も積んだ。京都に戻ると、自分でブドウの苗木を植え、醸造設備を整えて「天橋立ワイナリー」を設立。同時に宿を改修し、ワインのおいしい温泉宿としてリニューアル・オープンした。
自分でワインを造る一方、輸入会社を設立してワインの輸入にも乗り出した。フランス産を中心に買い集めたワインは、約5万本。その一部は、宿の中に作った、宿泊客も見学可能なウォーク・イン・セラーに眠る。
風呂上がりにロマネ・コンティ
千歳に泊まる楽しみは、何といっても夕食だ。こぢんまりとしたダイニング・ルームは、照明をやや暗くした落ち着いた雰囲気で、風情がある。食事の主役は、もちろんワイン。予算が許せば、フランス・ボルドーの5大シャトーや、あのロマネ・コンティを、風呂上がりの浴衣姿で飲むという、おそらく世界中でここでしか味わえない究極の贅沢(ぜいたく)を体験できる。
何しろここでは、東京の高級フレンチレストランのように、おいしいワインを飲むためにわざわざ窮屈な服装を着る必要などまったくないのだ。
もっと気軽に飲みたいという人向けには、手ごろな価格のワインや、自社製の天橋立ワインもある。ワイン代は、グラスが750円、ボトルが3140円からと、かなり良心的。手元のワインリストに載っていなくても、ソムリエに希望を言えば相談に乗ってくれる。ワインオタクでもワインの初心者でも、ワイン好きなら誰でも楽しめる。千歳は、そんな宿だ。
料理は、地元でとれた新鮮な野菜や魚介類、肉を中心とした和洋折衷のコースで、秋はジビエ、冬はカニといった風に、季節の食材も豊富。ワインに合うよう、味付けにも工夫が施されている。例えば、お造りには、たまり醤油(しょうゆ)、塩に加え、紅芋酢、オリーブオイル、エシャロット、ハーブを混ぜた洋風タレが添えられている。カルパッチョのイメージだ。スズキのグリエには、酢橘(スダチ)とアンチョビのビネグレット。いずれも、ハーブの香りの効いた白ワインと合いやすい。
メーン料理の京都和牛は、天橋立ワイナリーのブドウの穂木で瞬間薫製し、玄米黒酢のガストリックソースで味付けするなど、これまたワインとのマリアージュを楽しめるよう、ひと手間加えてある。ちなみに、熟成したブルゴーニュの赤ワインと合わせてみたが、ワインのまろやかな酸味と甘みが、和牛のうま味とソースの酸味と見事に合う。
千歳のワインリストは、フランス・ブルゴーニュ産のワインが多い。山崎さんの趣味もあるが、もともと、ブルゴーニュのシャルドネ種から造られる白ワインやピノ・ノワール種から造られる赤ワインは、酸味と果実味のバランスがよく、かつ渋味やアルコール度数もそれほど高くないため、和の食材や和食の味付けと合いやすいからだ。さすがにオーナー自らワインを造ってきただけのことはある。
隠れ家的、部屋数は7室のみ
千歳のもう一つの魅力は、宿の隠れ家的な雰囲気。入り口も分かりにくいが、部屋数は、本館が4部屋、参道を挟んだ別館が3部屋と、合わせて7部屋しかない。どの部屋も、備え付けのベッドがある和洋折衷の作りだが、無駄に広くない大きさに心が安らぐ。
千歳では、部屋でもワインが楽しめるよう、部屋には大ぶりのワイングラスが置いてある。ディナーで飲み残したボトルを部屋に持ち帰って、続きを楽しむこともできる。
宿泊料は1泊2食付き1人1万6000円前後(飲み物代は別)からと、けっして高くない。多少、奮発して高いワインを飲んでも、帳尻は合う。
宿のすぐ近くの運河沿いに立つ、姉妹店カフェ「Cafe du Pin」の一角には、宿泊客専用のスペースがあり、天気が良ければ、テラス席でのんびりと運河を眺めながら、昼間からワイングラスを傾けることもできる。ワイン好きなら誰もが憧れるであろう、何もしない休日の過ごし方だ。
天橋立ワイナリーは、宿から車で約20分の阿蘇海沿いにある。ワイナリーの中にはショップがあり、テイスティングしながら同ワイナリーのワインを購入できる。ブドウ畑や醸造施設の見学も可能だ。
「ワインとお宿 千歳」は、JR京都駅から特急で約2時間、天橋立駅下車、徒歩3分。天橋立ワイナリーへは天橋立駅、千歳いずれからも車で約20分。電話での問い合わせは、千歳(0772・22・3268)、天橋立ワイナリー(0772・27・2222)。詳しくはグループのホームページ(http://www.amanohashidate.org/)へ。
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