セントラルパークと摩天楼 ジャズの殿堂を愉しむ
写真家・音楽ジャーナリスト 常盤武彦
ニューヨークでジャズを愉(たの)しむのなら、ジャズクラブ巡りだけでは物足りない。音響の良い大ホールで、あたかもクラシック音楽のように聴ける"ハウス・オブ・スイング"、「ジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)」はニューヨークのジャズシーンに君臨する一大拠点だ。JALCはその名の通り、世界最大の総合芸術施設「リンカーン・センター」のジャズ部門。ビッグバンドはもちろん、ベテランから若手まで、現代ジャズを代表するミュージシャンの演奏を堪能できる。
JALCがあるのはマンハッタンの中心部、セントラルパークの南西の角に位置するコロンバス・サークル。コロンブス像が立つ広場を囲うようにそびえ立つ55階建ての複合施設「タイムワーナー・センター」の5階と6階に入居する。
オープンは2004年10月。3つのライブスペースと教育施設、スタジオを備える。
1233人を収容する大ホール「ローズ・シアター」は、ステージを客席が360度、取り囲むユニークな構造。467席を有する「アペル・ルーム(旧アレン・ルーム)」はステージの後ろがガラス張りで、セントラルパークと摩天楼が広がる一大眺望を演奏とともに楽しめる。140席のジャズクラブ「ディジーズ・クラブ・コカ・コーラ」では食事をとりながら音楽に耳を傾けることができる。
このほか、ジャズの歴史がスクリーンで解説され、伝説のアーティストたちの写真が掲げられた「アーティガン・アトリウム」、レコーディングスタジオ、教室を併せ持つ「アイリーン・ダイヤモンド・エデュケーション・センター」がある。
JALCの設計は東京国際フォーラムを手がけた米国の建築家、ラファエル・ヴィニオリによるものだ。
タイムワーナー・センター1階、北側エントランスから入って、JALCのボックスオフィスでチケットを受け取れば、扉に「JAZZ」とプリントされた直通エレベーターが、殿堂へと導いてくれる。
大、中ホールでは、ハウス・ビッグバンドである「ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ(JLCO)」をはじめ、様々なコンサートが企画され、ほぼ毎日演奏が繰り広げられるディジーズ・クラブ・コカ・コーラにもベテランから若手まで、現代ジャズを代表するグループが出演する。
実はJALCの運営は、チケット収入に加えて、年間およそ45億円にのぼる企業や各種団体、個人からの寄付で賄われている。ジャズの世界の中心、ニューヨークにふさわしい、世界最大のジャズのNPO(非営利団体)なのだ。
JALCの歴史は1987年に遡る。ニューヨーク・フィルハーモニック、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・シティ・バレエを擁し、教育機関ではジュリアード音楽院、そして素晴らしい音響のコンサートホール群を持つ世界屈指のクラシック音楽の殿堂、リンカーン・センター。それがジャズミュージックに進出、大ホール「エイブリー・フィッシャー・ホール(2015年、『デビッド・ゲフィン・ホール』に改称)」や中ホール「アリス・タリー・ホール」で、定期的にジャズコンサートが企画されるようになった。
当時、伝統的なジャズの復権を唱え、ジャズシーンを席巻していた若き日のウィントン・マルサリス(トランペット)もレギューラーで出演し、1988年にはニューヨーク・フィルハーモニックのジャズ版である「リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ(JLCOの前身)」がマルサリスを中心に結成される。1991年にリンカーン・センターのジャズ部門に正式に昇格。1992年にはマルサリスが芸術監督に就任し、現在までその重責を担っている。
そして2004年、リンカーン・センターからブロードウェイを南に4ブロック下った現在地に待望の専用施設をオープンし、さらに精力的な活動を展開する。
JALCはルイ・アームストロング(トランペット)やデューク・エリントン(ピアノ)ら、ジャズミュージックを築き上げた人々の功績を演奏面から現代の視点で再検証するコンサートや、1950年代から現代まで常にジャズの最先端に位置しているウェイン・ショーター(テナーサックス、ソプラノサックス)らのレトロスペクティブ・コンサート(過去の代表曲を演奏し、その業績を讃える回顧コンサート)でも高い評価を得ている。しかし、過去の遺産の継承にのみとらわれているわけではない。
2004年から2012年まで、ブッキング担当プロデューサーを務めたトッド・バルカンは「我々は決してJALCを、ジャズの過去の遺産をクラシック化して保存する博物館のようにするつもりはない。ジャズの伝統はまだまだ拡大、成長していくものと捉え、積極的に伝統に根ざした新しい音楽を取り上げていこうとしている。そして、これら全てを次の世代へ手渡すのが、我々の責務である」と語っている。
オリジナルコンサートでは、1997年にマルサリスが作曲した3時間に及ぶジャズオペラ「ブラッド・オン・ザ・フィールズ」がエポックメイキングな作品だった。マルサリスは、この作品でジャズアーティストとしては初めてピューリツァ賞に輝いた。
またJLCOは、ニューヨークでの演奏だけでなく、アメリカの音楽文化大使として世界各地を歴訪している。2010年には国交回復前のキューバで公演し、およそ50年ぶりにやってきたアメリカのジャズ・ビッグバンドとして、現地に大きな衝撃をもたらした。2015年に発売したアルバム「Live in Cuba」で、その熱狂をうかがい知ることができる。
JALCのスケジュール確認やチケット予約は、公式ウェブサイトで可能だ。ビレッジのジャズクラブ巡りとは、また一味違うフォーマルなジャズ体験をすると、ニューヨークのジャズシーンの多様性を体感できる。 =敬称略
◆アクセス Jazz at Lincoln Center 10 Columbus Circle New York City 地下鉄1・A・B・C・D線 59 ST-COLUMBUS CIRCLE駅下車
1965年横浜市生まれ。慶応義塾大学を経て1988年渡米、91年ニューヨーク大学芸術学部写真専攻卒。ニューヨークを拠点に、音楽を中心とした撮影、執筆活動を展開している。著書に「ジャズでめぐるニューヨーク」(角川oneテーマ21)、「ニューヨーク アウトドアコンサートの楽しみ」(産業編集センター)。
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