韓国、日本を下回る出生率 教育熱で親の負担重く
学歴重視の社会 女性の就業率上がらず
公共企業で働く金熙男さん(44)の長女(19)は予備校生だ。研究者を志し、高校時代は塾で平日は週3回午後10時まで、週末も社会科と論述を学んだが、入試で成果が出なかった。
予備校生になってからは平日午前7時50分~午後10時までが授業で、土日は午後6時まで自習。毎日塾に通う。金さんは「子どもが希望する限り、負担があっても親はサポートすべきだ」と語る。
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学習塾大手の鍾路学院ハヌル教育(ソウル市)によると、浪人生向けに平日午前7時半から午後10時までの授業と、週末は自習と模試を用意。日本の大学入試センター試験にあたる「大学修学能力試験」での出題科目や第2外国語、論述問題をカバーする。800人以上の高卒生が在籍し、月謝は約110万ウォン(約10万7800円)だ。
出身大学が就職や結婚に大きく影響する韓国社会。朴槿恵大統領の友人、崔順実容疑者の娘の不正入学疑惑が国民の怒りを集めたのも、一部の特別な高校を除くと、子どもにとって大学入試が唯一の受験機会で、結果が人生を左右するからだ。
子が良い学歴を得るために、親は出費を惜しまない。韓国統計庁の15年調査によると、塾通いや習い事など「私教育費」の平均は1人月額24万4千ウォン(約2万4千円)。
日韓の社会保障制度に詳しいニッセイ基礎研究所の金明中准主任研究員は「家庭教師代など非公式の教育費を含むと、実態は統計値の1.5倍から2倍を超える」と推測する。韓国の11年の民間機関の調査では、平均以上の教育費を支出して家計が赤字状態の「エデュプア」世帯は、教育費を支出する世帯の13%を占める。エデュプア世帯は消費支出の28.5%を教育費に充てているという。
日本 | 韓国 | |
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子どもの相手は体力や根気がいる | 66.3 | 43.3 |
子育てと教育にお金がかかる | 58.5 | 70.6 |
自分の自由な時間や余裕がなくなる | 57.5 | 76.4 |
子どもを預けるところがない・子育てを手伝ってくれる人がいない | 65 | 63.1 |
日本経済新聞社が韓国の中央日報社と実施した共同調査でも、子育てをつらいと感じる理由に「子育てと教育にお金がかかる」を選んだ回答者は日本の58.5%に対し、韓国は70.6%に達した。
負担の重さにもかかわらず子どもを塾に通わせるのはなぜか。ソウル市に住む専業主婦、李聖淑さん(48)は、長女(21)の勉強を高校入学前まで自分で見ていたが、高校2年から塾に入れた。
きっかけは高校1年での成績低下。韓国の高校生は放課後の午後6時から10時まで校内で自習する。有料の課外授業を除くと、教師の指導はない。「拘束時間が長いのに、娘は勉強で分からない点を解決できなかった」
現在高校1年生の長男は学校の夜間自習に参加後、塾で勉強して午後11時に帰宅。土日は正午から午後10時まで塾通いだ。移動は塾のシャトルバス、夕食は「給食か、近所で買ったキムパ(のり巻き)で済ませる」ため送迎や弁当作りの負担はないが「子どもの成績の良さは親の能力を表している」(李聖淑さん)との思いから、勉強に打ち込める環境整備に余念がない。
教育の負担は高校生に限らない。日韓の大学院で学び両国の社会経済が専門の李莎梨さんは毎週月曜日、図書館に通う。小学2年生の長男の宿題に出る、毎日30分の読書と週1回の読書録(感想文)用の本を借りるためだ。
復習ノートの作成や週2回の日記、算数のプリントなど学校の宿題は「母親が全て見ないといけない」。長男の学校と塾の宿題は、夕食後の「午後8時から10時までかかる」という。
子どもが小学校になると学校のテストやプリントに「授業で教えない、市販の問題集にも出ていない内容」の応用問題が1、2問含まれ、「これを解けるかどうかで成績に差がつく」(李莎梨さん)ため、特別な解き方を教える塾の需要は大きい。
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長時間の勉強で子どもの夜更かしが増えたことから、韓国政府は小学校の始業時間を午前9時に遅らせた。午後11時までだった塾の営業を午後10時終了にするなど、政府はこれまでも過熱する学校外教育の沈静化に取り組んだが、状況に改善の兆しはない。
韓国に詳しい東京大学の瀬地山角教授は「財閥系と中小企業の格差が大きいため、就職に有利な一流校を目指す競争は激化している」と話す。その結果「学校や塾の情報収集など、子どもの教育マネジメントが母親に求められ、高学歴女性の就業率が上がらない一因になっている」。
一日の大半を勉強に費やす韓国の子どもたち。子どもの将来を考えて名門大学に送り込もうという親心ゆえの行動が、子育ての大変さを助長し、結果的に産みづらい、育てづらい社会につながっているとしたら皮肉だ。
(南優子)
[日本経済新聞夕刊2016年12月28日付]
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