そばだけじゃない年越し料理 大みそか、郷土色豊かに
米大統領選や英国の欧州連合(EU)離脱決定、リオデジャネイロ五輪などさまざまなニュースが世界を駆け巡った激動の2016年も、のこり1日。話題に事欠かなかった1年の思い出話に花を咲かせる大みそかの夜、ひとびとはどんな食卓を囲むのだろう。
大みそかに年越しそば、8割近く
大みそかに楽しむ定番料理といえば、年越しそば。リクルートライフスタイル(東京・千代田)が首都圏の消費者を対象にアンケート調査(13~14年)をしたところ、8割近くが大みそかに年越しそばを食べると回答した。食の好みは多様化しても、大みそかの定番は変わらないようだ。
今年の1月1日付当欄「記者が語るふるさとの雑煮、込める願いも郷土色豊か」では、お正月の定番料理には地域によってさまざまなバリエーションがあることを紹介した。一般的に年越しそばといえば、かけそばにネギやかまぼこなどをトッピングしたものが思い浮かぶが、地域差はあるのだろうか。コラムを担当する商品部の記者に今年もふるさとの味を聞いてみた。
福井、真冬に冷たいおろしそば
「年越しといえば、やっぱりおろしそばだろう」。力強く断言するのは、福井県春江町(現・坂井市)出身の商品部長。冷たいそばに辛味大根をたっぷりすり下ろし、ダシを注ぎかける。お好みに応じて、かつお節やネギをパラリ。上京して30年近くたつが、故郷の味が忘れられず、今でも東京で過ごす年越しには地元からそばを取り寄せ、おろしそばを楽しむという。
真冬に冷たいそば、という習慣は福井では一般的なのか。県内一のソバ産地、坂井市の商工会に聞いたところ「昔から大みそかには当たり前のようにおろしそばを食べてきました。むしろ温かいそばの方が違和感がありますね」。坂井市に限らず、福井県内では広く浸透した習慣だという。
商工会青年部が運営する街おこし団体「越前坂井辛み蕎麦(そば)であなたの蕎麦で辛み隊」のホームページによると、福井のおろしそばが誕生したのは1601年。商工会の担当者は「大みそかにおろしそばを食べるようになった経緯ははっきりわかりません」と申し訳なさそうだが、400年以上も愛されてきた味だけに、地元のひとびとも気づかぬうちに自然と浸透したのだろう。
広島はカキ入りそばも
ほかの地域でも「ご当地そば」を大みそかに楽しむケースは多いようだ。広島市出身のデスクによると「地元ではカキ入りのそばを食べる家庭もある」。カキといえば、広島では冬の味覚の代表格。地元では正月のお雑煮に入れる風習もあり、めでたい場面の料理には頻繁に登場している。
神奈川県平塚市出身の若手記者は「しょうゆとみりんベースで、鶏肉やシイタケ、ニンジンなどが入ったそばを食べていました」。関東風のそばの代表格といえば、多彩な具材がたっぷり入った「おかめそば」。関東地方では年越しそばに様々な具材を入れるケースが目立つ。一方、京都府宇治市出身の若手は「具はあまり入れず、関西風の薄味そばが実家の味ですね」。東西の食文化の違いはさりげなく、大みそかの食卓にも現れているようだ。
全国麺類業団体連合会(東京・千代田)によると、年越しそばを食べる習慣が定着したのは江戸時代。そばは細く長くのびるため、家運や寿命が長く続く願いを込めて年越し前に食べる、など発祥には諸説あるという。
「うどん県」は「年明けうどん」も売り出し中
すると、前出の広島出身のデスクが思い出したように「去年まで駐在していた高松市では『年越しうどん』を食べている人も多かったな」。さすが、うどん県。総務省の家計調査によると、高松市民のうどん・そば購入数量は全国平均の2倍、外食での支出金額は2.5倍に達する。年越しでも、かけうどんにイカやタコの天ぷらをトッピングしたりと、ふだんどおりの食べ方を楽しむ人が多いという。さらに「そういえば香川県では最近、『年明けうどん』も売り出し中だよ」。2008年ごろから県や製麺業界が協力し、梅やエビなど赤い具材で紅白に盛りつけたうどんを食べる習慣を「年明けうどん」と銘打ち、県内外でプロモーション活動を展開している。うどんで始まり、うどんで終わる一年――。うどん県民の愛の深さを感じずにはいられない。
実は香川のうどんのように、大みそかにそば以外の名物料理を楽しむ習慣はほかの地域にもある。北海道では、地元の豊富な海の幸をつかった「年越し寿司(すし)」を家族全員でつまむ家庭が珍しくないという。
北海道・根室発祥の「年越しずし」、1週間で完売も
北海道根室市の発祥で、東京都内でもチェーン展開する人気回転ずし店「根室花まる」は毎年、持ち帰り用の年越し寿司を販売している。羅臼産のイクラをはじめ、ホタテやボタンエビなど北海の幸がたっぷり。家族構成に応じ、おひとりさま用(1900円)から、三段重の豪華版(1万3000円)までさまざまなラインアップを取りそろえている。販売数量は1店舗あたり500~600件だが「毎年11月の後半に予約の受け付けを始めているが、わずか1週間で完売してしまう店舗もある」(運営会社のはなまる)。予約が埋まるペースは年々早まっているといい、年越しに寿司を楽しむニーズは着実に高まっているようだ。
都道府県単位の広いエリアではなく、一部の地域で脈々と受け継がれている年越し料理も少なくない。愛知県岡崎市出身の中堅男性記者が挙げた「うさぎ汁」は、大みそかから元旦に日付が変わったのち、地元の龍城(たつき)神社が初詣の参拝客に振る舞う伝統料理。ウサギの肉を地元名産・八丁味噌で煮込むという、レアな一品だ。北海道南部、江差町がふるさとのデスクは特産の魚・ゴッコ(ホテイウオ)と乾のりや豆腐を煮込んだ「ごっこ汁」、鯨肉や野菜を煮た「くじら汁」を紹介してくれた。
年越し料理にはさまざまなバリエーションがあるが、共通するのはいずれも、ふだんから地元のひとびとが慣れ親しんでいる味や食材と密接につながっている点だ。大みそかの夜、一緒に食卓を囲むのは家族や親戚、親しい友人たち。新しい一年への期待と不安を抱えながら過ごす夜、地元ならではの味を共有し、変わらぬ絆を再確認する思いが込められているのかもしれない。
(商品部 下村恭輝)
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