16年のモバイル業界 0円禁止で始まり決済で終わる
2016年は、ドコモ、au、ソフトバンクモバイルの大手通信事業者(キャリア)が総務省の「実質0円禁止」ガイドラインに振り回された1年だった。
15年、安倍晋三首相の「鶴の一声」を受け発足した有識者会議の議論を踏まえたガイドラインが16年4月に制定され、ここでスマートフォン(スマホ)販売の"実質0円"が禁止になった。これはガイドラインの趣旨である過度な顧客獲得競争を自粛するためだ。
ガイドラインが効果を発揮するのは16年4月1日からだったが、その前に発売されたiPhone SEでは、ドコモが急きょ価格を上げた。その後も総務省とキャリアの駆け引きが続いている。
ガイドラインでは明確に「いくら以上ならOK」という規定がなく、かといって端末に対する割引自体は禁止されていない。そのため、下限がいくらかの探り合いになりがちだ。
16年全体で見ると、ガイドラインを守る形で、端末価格はゆるやかに上がっている。例えば、9月に発売されたiPhone 7の場合、ドコモの実質価格は32GB版で2万6568円だった。1年前のiPhone 6sでは、最下位の16GB版が番号ポータビリティー(MNP)利用時では1万368円だったことを考えると、価格は1万5000円以上上がっている。また、こうした"表の価格"には現れない、キャッシュバックやクーポンなどに対しても規制が入った。
キャリアごとに影響の度合いは異なるが、結果として、端末の総販売台数は減少傾向にある。MNPによる顧客獲得競争も沈静化しており、キャリアの経営指標の1つである解約率も、徐々に低下している。事業者の競争を促進することを柱にしているガイドラインだが、少なくとも端末価格での競争は以前より後退しており、キャリア間のユーザー移動も減っている格好だ。
「ドコモ独自スマホ」に注目
単にスマホ端末の価格が上がっただけでは、ユーザーにとっては出費が増えるだけでメリットがない。上記ガイドラインの策定にあたっては既存ユーザーへの還元もテーマとなっており、これに従う形で、各キャリアが一斉に長期利用者への還元施策を発表した。
ドコモは、長期利用者がデータパックの割引を受けられる「ずっとドコモ割」を改定し、適用範囲を拡大。KDDIは顧客還元プログラムの「au STAR」を開始しており、データ定額プランの金額や契約年数に応じて、「WALLETポイント」が付与されるようになった。ソフトバンクも、Tポイントでの還元を柱に据えている。
割引ではなく、端末価格そのものを下げ、ユーザーに提供しようという動きも見られた1年だった。その代表例といえるのが、ドコモ初のオリジナルスマホ「MONO」だ。この機種は、端末購入サポートという値引きの仕組みを使うと、一括での価格がわずか648円。製造価格や本体価格がもともと安いため、現時点でのガイドラインにも抵触しない。
一括648円とはいえ、本体にはアルミやガラスを使うなど、質感は低くない。スペックもいわゆる「ミドルレンジ」。スマホに多くを求めなければ、十分満足のいく仕上がりだ
総務省のガイドラインは17年早々にも改正される見込みだが、ガイドラインでは、ハイエンド端末とミドルレンジ端末、ローエンド端末にきちんとした価格差があることが望ましいとされている。従来のように、ハイエンド端末が安すぎるために、それ以下の端末が売りづらいという状況は、徐々に改善されていくはずだ。MONOは、こうした市場環境の変化を先読みした端末で、17年以降の販売動向を占う試金石ともいえる。
格安SIM・格安スマホの動きは?
やや元気のなかった大手キャリアに対し、勢いを増していたのが格安SIM・格安スマホを提供する仮想移動体通信事業者(MVNO)だ。
とはいえ、こうしたMVNOの通信料金は、2015年から大きく変わっていない。大手キャリアの接続料が改定されるたびに料金を下げるか、利用できる容量を上げていたMVNOだが、単純な価格競争は行き着くところまで来た感がある。
一方で、「格安スマホ」としてMVNOの認知度が上がり、ユーザーのすそ野が広がり始めている。こうした変化の受け皿として、各社が大手キャリア志向のサービスを続々と投入した。
例えば、楽天モバイルは、スマホ代と通信料、5分間の通話定額がセットになった「コミコミプラン」を開始。最安のスマホを選ぶと、料金は1年目が1880円からになる。単純な価格だけを見ると既存のサービスよりはやや高いが、これは、端末や音声定額がセットになることでユーザーの分かりやすさを演出するという料金プランだ。
同様に、プラスワン・マーケティングが展開するFREETELも、月額1590円からの「スマートコミコミ」を開始。「格安スマホ」というイメージを払しょくする動きが、顕在化している。
楽天モバイルやFREETELの「1880円」「1590円」という金額は、ソフトバンクのサブブランドであるワイモバイルの料金プランを意識したものだ。ワイモバイルはもともと、2980円(1GB)、3980円(3GB)、4980円(6GB)という3つの選択肢を用意していたが、2016年に6月に「ワンキュッパ割」を導入。それぞれの料金が、1年間限定で月1000円引きになるキャンペーンを打ち出した。
月1000円引きでもMVNOの通信料金と比べると少々割高には見えるが、ワイモバイルには豊富な端末ラインアップや、旧ウィルコム、旧イー・モバイルから引き継いだ店舗網を持ち、MVNOにはない、分かりやすさや安心感がある。これに対抗すべく、MVNO側もスマホ端末を充実させたり、店舗網を広げたりしたうえで、セット販売を行い始めたというわけだ。
大手の「サブブランド」が火花を散らす
ドコモのネットワークを使うMVNOと、ワイモバイルの戦いになっていた格安スマホ市場だが、この競争に乗り遅れていたKDDIも、ついに力を入れ始めた。KDDI傘下のUQコミュニケーションズが提供するUQ mobileは、7月にワイモバイル対抗として「イチキュッパ割」をスタートさせ、秋冬モデルとしてSIMフリー端末を一気に拡充させた。
auのネットワークを使うUQ mobileは、3Gの通信方式が世界的には特殊なCDMA2000 1Xで、SIMフリー端末がそろいづらい環境にあった。これを解決すべく、各メーカーに働きかけ、LTEで通話を行う「VoLTE」への対応を促した。結果として、これまでau系ネットワークのMVNOでは端末が使えなかったASUSやファーウェイ、TCLといったグローバルメーカーの端末がUQ mobileのラインアップに並ぶことになり、端末の選択肢でも他のMVNOやワイモバイルに対抗できるようになりつつある。
大手キャリア同士の競争が沈静化する中、MVNOや、大手キャリアのサブブランドが激しい火花を散らしている格好だ。総務省のガイドラインにより、競争軸が変わりつつあると見ていいだろう。
iPhone 7のインパクトは……
16年はMVNOに注目の集まった1年だったが、その一方で、9月に発売されたiPhone 7/7 Plusも例年以上に話題を呼んだ。特に、日本市場での存在感は、諸外国に比べても大きなものになった。日本での利用が大半となっている非接触決済規格の「FeliCa(フェリカ)」に対応したためだ。
アップルは諸外国ではiPhone 6、6 Plusから導入していたモバイル決済サービス「Apple Pay」にフェリカを対応させ、iPhone 7/7 Plusなどに導入。これに伴い日本でも、iDやSuicaなどのサービスがiPhoneで利用できるようになった。
日本ではフェリカを採用した「おサイフケータイ」が2004年に始まっており、その後、スマホの台頭に伴い、Androidにもこれが移植された。これに対し、iPhoneでは、モバイル決済が利用できない状態が長く続いていた。FeliCaが採用され、人々の生活に根づいている国や地域は、日本と香港くらいであり、グローバルでほぼ同一仕様の端末を販売するアップルの方針とは相いれなかったことが大きい。
フェリカも、非接触ICの「NFC」として標準化され、国際規格として認められていたType-A、Type-Bなどの規格と併存した1方式になった。3方式に対応するチップも開発されており、グローバルモデルにも採用されやすい状況になりつつあった。
こうしたフェリカ側の歩み寄りに加え、アップル自身も日本市場を重視する姿勢が強まった。諸外国と比べると、日本は、iPhoneのシェアがダントツで高いからだ。その結果が、iPhone 7/7 Plusにはフェリカ方式のApple Payが搭載され、ドコモのクレジットブランドであるiDや、JCBのQUICPay、JR東日本のSuicaがこれに対応した。
スマホが普及するにつれ「おサイフケータイ」機能に対応した端末の比率は徐々に落ちていた。iPhoneに搭載されていないだけでなく、AndroidスマホでもSIMフリースマホでは非対応なものが多いためだ。一方で、カード型の電子マネーはSuicaを含めて伸びを見せており、nanacoやWAON、楽天Edyなど、さまざまな電子マネーが日常的に利用されている。非接触決済自体が敬遠されていたわけではないことが分かる。おサイフケータイの開始から12年が経ち、iPhoneがフェリカに対応したことで、日本でもモバイル端末での決済がようやく上向く可能性が見えてきた。
総務省の政策にキャリアやメーカーだけでなく、ユーザーも振り回された2016年。モバイル決済にとっては飛躍のきっかけとなる1年と言えそうだ。
(ライター 石野純也)
[日経トレンディネット 2016年12月6日付の記事を再構成]
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