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世界に追いつけ、アスリート人生支援の「システム化」 「ハイパフォーマンスセンター」が目指す未来(上)

スポーツイノベイターズOnline

2017/1/16

左から田中ウルヴェ京氏、神武直彦氏、久木留毅氏。東京都港区の秩父宮ラグビー場にて(写真:加藤康)

 東京五輪・パラリンピックの開催まで4年弱。夏季では56年ぶりとなる世界最大規模のスポーツイベントの開催を、一過性の“打ち上げ花火”で終わらさず、確固たる「オリンピックレガシー(遺産)」を残すために、日本のスポーツ関係者は今、何をすべきか。そして世界から何を学ぶべきか。

 東京五輪・パラリンピックに向けてトップアスリートの発掘・育成・引退(キャリア)支援を、一つの「システム」として実現することが急務となるなか、日本スポーツ振興センター(JSC)は2016年4月、競技力向上のための研究・支援を目的とした「ハイパフォーマンスセンター」を開設。スポーツ庁は2016年10月3日に「競技力強化のための今後の支援方針(鈴木プラン)」を発表した。

 2020年、そして2021年以降に向けてJSCのハイパフォーマンスセンターは、どのようなビジョンを掲げ、日本のスポーツ界が抱える課題の解決やオリンピックレガシーの創造にどう貢献していくのか。専修大学教授でJSC ハイパフォーマンス戦略部長の久木留毅氏、ソウル五輪のシンクロ・デュエットで銅メダルを獲得し、現在は会社経営の傍らメンタルトレーニング上級指導士として活躍する田中ウルヴェ京氏、そして慶応義塾大学SDM研究科准教授でハイパフォーマンス戦略部 マネージャーの神武直彦氏の3者が対談した。司会は神武氏が担当した。この対談の模様を3回に渡ってお伝えする。(構成:内田泰=日経BP社デジタル編集センター)

■「科学的根拠」「可視化」「情報」

慶応義塾大学SDM研究科准教授/JSCハイパフォーマンス戦略部マネージャーの神武直彦(こうたけ・なおひこ)氏(写真:加藤康)

神武 今日のディスカッションのポイントは大きく5つあります。

 (1)2020年までの4年弱で日本がすべきスポーツ分野の取り組み(2)「ハイパフォーマンスセンター」構想の目的・ビジョン・課題(3)世界のトップアスリートの発掘・育成・引退支援の事例(4)ハイパフォーマンスセンターの主な機能および設計・実現・運用におけるシステムデザインの必要性(5)異分野連携の必要性――です。

 まず、ディスカッションを進める上で核となるキーワードを挙げていただけますか。

久木留 キーワードは複数あります。まず、東京五輪・パラリンピック終了後にどうするかという「beyond 2020」です。「統合(インテグレーション)」も重要です。スポーツ界がさらに発展していくためには、様々な分野との連携が必要です。連携が進むと統合に向かい、統合からまた拡散という流れが起きます。

 そして、私が英国ラフバラ大学に客員研究員として留学後に、いつも考えていたキーワードが3つあります。「エビデンスベースド(科学的根拠)」「可視化」、それらをつなぐ「インテリジェンス(情報)」です。私たちは「スポーツインテリジェンス」といいます。この3つがハイパフォーマンスセンターにもつながっていくし、アスリートの「デュアルキャリア」(「人としての人生」と「競技者としての人生」を同時に送ること)の形成にもつながるし、他の世界ともつながっていくキーワードになるかと思っています。

田中 私もこの3つがキーワードだと思います。特に自分自身は元選手・元コーチ、そして今はメンタルトレーニングをあらゆる競技団体に対して指導している立場として、その3つの根幹の部分である一人ひとり、選手にしてもコーチにしても、スポーツ界で何を得たのかを、きちんと“出力”できることが重要だと思っています。

 どうしてもスポーツ界で学んだことを外部に発信する際の「言語化」が、なかなかうまくいっていません。本当は「スポーツで得た価値」として、とても良いものを持っていても、それを可視化する言語表現が難しいのです。国際オリンピック委員会(IOC)では、引退するオリンピアン(五輪出場経験があるアスリート)に対して、どのように言語表現をしていくと、スポーツ内で学んだことをスポーツ外に発信できるかというワークが、キャリアプログラムの中に組み込まれています。

神武 ありがとうございます。これらをキーワードとしつつ、ディスカッションを進めたいと思います。

 最初に、(1)2020年の東京五輪・パラリンピックまでの4年弱で、日本がこれから行うべきスポーツ分野の取り組みについてです。久木留さん、スポーツ庁が2016年10月に発表した「競技力強化のための今後の支援方針(鈴木プラン)」が策定された経緯とポイントを、改めて教えていただけますか。

久木留 実は世界では、さまざまな国が競技力強化のための戦略プランを作っています。特に有名なのは英国で、ロンドン五輪に向けて「Mission 2012」という強化・育成プランを作りました。それが「Mission 2016」「Mission 2020」へと続いています。

 カナダは2010年のバンクーバー五輪に向けて「Own The Podium」という表彰台独占戦略を作りました。オーストラリアは「Winning Edge」という、世界の最先端を行くプランを10年越しの計画として策定し、ニュージーランドもHigh Performance Sports NewZealandという組織が2020年までの戦略プランを構築しています。

日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長/専修大学教授の久木留毅(くきどめ・たけし)氏(写真:加藤康)

 一方日本は、2000年に文部科学省(当時は文部省)が「スポーツ振興基本計画」を発表し、日本オリンピック委員会(JOC)が2001年に国際競技力向上のための「ゴールドプラン」を策定しました。ところが、当初考えていたようには強化が進まず、政府が資金を投じて後押しするプランは、今回の「鈴木プラン」が初めてです。基本的には競技力強化のための支援策を書いたもので6つの柱があります。

 第1に「持続的な強化・育成のためのシステムの確立」。第2に、そのための基盤の強化、具体的には「ハイパフォーマンスセンターの機能強化」です。第3に、「アスリートの発掘・育成をしっかり支援する」こと。

 第4に「女性アスリートの支援」。第5に「ハイパフォーマンス統括人材の育成強化」。要はハイパフォーマンスディレクターなどと呼ばれるワールドクラスのコーチをきちんと養成することです。そして第6が、「東京大会に向けた戦略的支援」です。

 ここで最も重要になるのは「システム」です。神武さんのご専門もシステムデザイン・マネジメントですが、互いに連携するようにシステムをしっかり作っておく必要があります。

 何のシステムかというと、中・長期でしっかり育成強化ができるシステムです。それを、レガシーとしてきちんと残すというのが、鈴木プランの一番の肝です。鈴木プランではキーワードとして、「覚悟」と「挑戦」を標榜しています。本当にスポーツ界の人が覚悟を持ち、新たな挑戦ができるかが、このプランの成否を分けるといわれています。

 なお、第2の柱のハイパフォーマンスセンターの機能強化では、「サイエンステクノロジー」「データベース」「インテリジェンス機能」の構築にしっかり取り組んでいきます。

■スポーツ界変革の大チャンス

神武 鈴木プランは2020年という一つのゴールに対して、2016年の発表はタイミングとして遅くはないのでしょうか。

久木留 ギリギリのタイミングです。東京五輪・パラリンピックは2013年9月に招致に成功しましたが、既に開催7年前でした。ちょうど私は英国に留学中で、そのときUKスポーツという政府系機関のスタッフにはよく「もうラストチャンスだ」と言われていました。そこから、既に3年が経っています。

神武 なぜここに至るまでに、そこまで時間がかかってしまったのでしょうか。

久木留 結局スポーツ界は、身内だけで何かをやろうとする力が強く、これまでは「外の力」を入れることがほとんどありませんでした。ある意味、“ばらばら感”が強かったので、進まなかったのだと思います。

 ただ、最近ではそういう状況も変わってきました。やはり、鈴木大地さんが長官になったこともきっかけになっています。彼自身、スポーツビジネスやビジネス界など外の世界との連携が大事だと、さまざまな現場を視察しています。シンボルとして推進してくれる人が登場したことは大きいです。

 あと、もう一つ挙げれば、なんだかんだいってシステムがなくても五輪でメダルが取れていることもあるかと思います。ロンドン五輪では金メダルが7個で、メダル総数は38個。リオ五輪では金メダル12個で、総数は過去最多の41個でした。これらの結果の大きな要因は、10の競技団体とアスリートの努力の“たまもの”です。ですから、「メダルが取れるんだから、システムは要らない」という雰囲気もありました。

神武 英国などでは、中・長期でトップアスリートをしっかり育成強化ができるシステムができているのですか。

久木留 できています。やはり「UKモデル」が世界のスタンダードになっています。実は英国は紆余曲折を経験しています。1996年のアトランタ五輪のメダル獲得で大失敗しました。金メダルを1個しか取れなかったのです。そこで、何とかしなければいけないと、1997年にUKスポーツの前身を立ち上げました。その後、2005年に五輪招致に成功し、システムの完成に至りました。

 オーストラリアも同じです。1976年のモントリオール五輪で失敗し、そこからAIS(Australian Institute of Sport)を立ち上げ、2000年のシドニー五輪に向けてシステムを作り上げていきました。カナダも同様のプロセスを踏んでいます。

ポリゴン代表取締役の田中ウルヴェ京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)氏(写真:加藤康)

田中 やはり、何らかの危機や失敗を経験しないと「統合」という変化への力は働きにくいですよね。

久木留 世界を見渡すと何かを大きく変えられるのは、(1)惨敗したとき、(2)国際的な総合競技大会を招致したとき、(3)強烈なリーダーシップが生まれたとき、といわれています。鈴木大地さんという、博士号を持っている金メダリストがトップに立ち、鈴木プランを出した今こそ、確実にチャンスだと思います。

■手本は英国

神武 オランダや北欧の国々と比較すると、経済や人口の規模から見て日本のスポーツ界にはまだまだ潜在的な伸びしろがあると思います。東京五輪・パラリンピックでメダルの数が2倍、3倍になり、それを持続してスポーツ界で得たものを他の分野に波及させるためには、「システム」がないと難しいと思います。

久木留 全くその通りです。国の資金を投下するのですから、やはりその先の波及効果を考えていく必要があります。そのとき、先進国で日本がモデルにできるのはどこかといえば英国だと思います。なぜかと言うと、ロンドンは「世界の都市総合ランキング(GPCI)」(都市戦略研究所)で1位です。一方、日本は東京が万年4位でしたが2016年は3位に上がりました。都市という観点でも参考になります。

 さらに2012年のロンドン五輪でのメダル獲得数が67個だったのに対し、リオ五輪ではなんと69個を獲得しました。五輪招致に成功した上、自国開催の五輪よりも多くのメダルを取った初めての国なのです。

 そして英国は今、何を考えているかというと、次はスポーツを草の根(グラスルーツ)まで広げることに加え、障害者スポーツ、女性スポーツの普及を促進することです。ちなみにUKスポーツのトップは女性です。

 ほかに私が注目しているのは、メジャーなスポーツイベントの招致です。こうしたイベントを数多く招致することで、観光ともうまくタイアップできます。例えば世界選手権を招致できれば、ボランティアを活用できます。子供たちは本物のトップアスリートを生で見られるし、若いコーチらが学ぶこともできます。

 そういう意味では、ハイパフォーマンスセンターは競技スポーツだけではなく、グラスルーツ、さらには健康産業なども見据え、いろいろなことに取り組むべきだと考えています。

神武 スポーツの世界では、限られたチャンスでいかに自分のベストパフォーマンスを発揮するかが問われます。実はこれと同じことが他の分野でも求められます。例えば私が専門とする分野では 、災害時の危機管理や宇宙ステーションで何かが起きたときの対応でも同じです。違いは、それぞれの状況に対処するための知識と技能です。

 つまり、災害分野で活躍している人や、宇宙ステーションのロボットアームの設計者などに共通する考え方、素養をスポーツ分野に転用すれば、コーチの能力ももっと向上し 、アスリートも強くなるのではないでしょうか。

 先ほど「アスリートが自分の得たことを言語化するのは難しい」というお話が田中さんからありましたが、そこをきちんと伝えるための翻訳機能をシステムとして捉え、体系化したりすることは社会にとって価値があると思います。

(次回に続く)

神武直彦(こうたけ・なおひこ)。慶応義塾大学SDM研究科 准教授/JSCハイパフォーマンス戦略部マネージャー。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年11月にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。2016年6月より日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部マネージャー。アジア工科大学院招聘准教授。博士(政策・メディア)
久木留毅(くきどめ・たけし)。日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長/専修大学教授。専修大学卒業、筑波大学大学院体育研究科修了(体育学修士)(スポーツ医学博士)、法政大学大学院政策科学専攻修了(政策科学修士)、英国ラフバラ大学客員研究員。日本レスリング協会特定理事、元ナショナルチームコーチ、テクニカルディレクター等を歴任。2015年10月1日より、文部科学省および経済産業省のクロスアポイント制度にて日本スポーツ振興センターに在籍出向中
田中ウルヴェ京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)。ポリゴン代表取締役。1967年東京生まれ。1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士取得。現在、学術研究者・経営者の両面の顔を持つメンタルトレーナーとして活躍中。様々な大学で客員教授として教鞭(べん)をとる傍ら、慶応義塾大学大学院SDM研究科博士課程に在学中。2001年に起業し、アスリートからビジネスパーソンなど広く一般にメンタルトレーニングを指導

[スポーツイノベイターズOnline 2016年12月16日付の記事を再構成]

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