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国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍は12月20日に退任を発表したばかりの日本マイクロソフト会長、樋口泰行氏による最新刊「僕が『プロ経営者』になれた理由」。著者自身が「プロ経営者」として活躍する中での体験や、そこで得た教訓が凝縮されている。

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日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏 (撮影:有光浩治)

日本マイクロソフト会長 樋口泰行氏 (撮影:有光浩治)

著者の樋口さんは1957年兵庫県生まれ。80年に大阪大学工学部を卒業した後、松下電器産業(現パナソニック)に入社、91年に米ハーバード大学経営大学院で経営学修士号(MBA)を取得しました。その後、ボストン・コンサルティング・グループ、アップルコンピュータ(現アップルジャパン)などを経て、日本ヒューレット・パッカード、産業再生機構の支援で経営再建を進めていたダイエー、マイクロソフト(現日本マイクロソフト)といった3社の社長を歴任、「プロ経営者」の先駆けとなりました。15年からは日本マイクロソフト会長を務めています。

本書は著者が「みながリーダーになる必要はないが、誰かがリスクを負ってリーダーシップを発揮しなければ、日本も日本企業も行き詰まってしまう」という危機感から、「変革の時代のリーダー」の在り方について執筆したものです。

「転職」と共に自分をアップデートする

 2016年4月に、国際的な大手会計事務所であるデロイト・トウシュ・トーマツが「ミレニアル世代」の世界規模での意識調査の結果を発表したが、これがなかなかに興味深いものだった。(中略)
 日本でも全体の52%が2020年末までに離職(転職)を考えているという。これは世界全体の66%、イギリスの71%、アメリカの64%よりは低いものの、私は「意外に多いのだな」と感じた。一方、転職先を選ぶ際の報酬以外の決め手としては、日本も含めた全世界で「適正なワークライフバランス」が最も多く、次いで全世界では「昇進・リーダーになる機会」だが、日本では今でも「仕事に意義を感じること」が多数だったともいう。
(第1章 どうすれば「自分の価値」を高められるのか? 13ページ)

著者はこれまでのキャリアの中で、5回の転職を経験しています。当時は特に「なにかになりたい」といった展望があったわけではなく、ただそこで学べることが終わったと思えば転職するという感じだったそうです。20歳代から30歳代のはじめまでは、キャリアとは知識であり、スキルでしたが、30歳代の後半になってくると、経営に一歩近くなり、関心と課題に「人」というものが介在するようになりました。転職を繰り返していくなかで、著者が学んだことは、「キャリアは単なる知識やスキルの積み重ねではなく、マネジメント能力に集約されていくのではないか」ということです。

変わる「リーダーに求められる役割」

 リーダーに求められる資質や能力は、本当に変わってきた。リーダーのなかのリーダーである経営トップの資質に関しては、私には一つの持論がある。
 「トップに経営のすべてが集約されていないと経営はうまくいかない」だ。
 よくトップの方が、「僕はITの分野は全然わからないから」とか「いや、大丈夫。当社には専門家が付いているから」などと言う。確かに水戸黄門の助さん、格さんのごとき専門家がトップに寄り添い、補っているケースは多い。
 しかし、それでもなおトップには専門分野を理解できる素地がなければ、その分野のビジネスはうまく回らないし事業スピードはスローダウンする。
(第2章 なぜ、リーダーをめざすのか? 79ページ)

とはいえ、トップであれども、専門家のように中身を濃く理解していることは難しいかもしれません。しかし、基礎的なものについて知識量は少ないとしても、その本質を理解する力は備えていなければならないのです。

そのために、20歳代に必要なこととして、著者は「目の前のことに集中してやりきっていくこと」と述べます。まずは、少しでも自分の知識やスキルを上げ、自分のまかされていることを誰にも頼らずにできるようになるのが先決です。30歳代の中ごろから後半になってくると事情は変わり、顧客のマネジメントなど、対等に話ができる能力が伸びてくるようです。

「学び続ける」姿勢は、上層部になっても変わることはありません。著者は、マイクロソフトの本社に面接を受けに行った時のエピソードを語ります。

役員こそが誰よりも働く文化

 面接を受けた幹部たちの危機感の強さも印象的だった。ITの世界の変化や進化を語り、それに対してマイクロソフトがなすべき対策を強い危機感を持って語る。弱みを常に認識し、常に変革に真剣に取り組んでいる。「これほどの大成功を収めている会社が、さらにもっと上をめざさなければいけないと考えているのか」。正直、これほど強烈な経営姿勢に触れたのは初めてだった。しかも役員こそ誰よりも働くべきである、という強い倫理観を備えていた。
(第5章 なぜ、マイクロソフトは変わったのか? 173ページ)

著者がダイエー社長を退任後、60社を超える誘いを受けたなかから、マイクロソフトを選んだのは、「誰と働くか」を重視した結果でした。「同じような問題意識を持ち、苦労を重ねてきた人は必ずいるもので、そういう人たちは磁石に引きつけられる砂のように集まってくるものだ」という著者の言葉通りの結果だったのかもしれません。

樋口さんは12月20日、日本マイクロソフト会長を17年3月末で退くことを発表したばかり。自身の過去を振り返りながら、失敗や教訓を語った本書は、いわばプロ経営者としての『集大成』ともいえる一冊です。これからリーダーをめざす人にも、今の職場に悩んでいる人にもお薦めです。

◆担当編集者からひとこと 赤木裕介
 樋口さんと初めてお目にかかったのが今年の1月。実は「外資系企業を渡り歩いた切れ者だし、怖い人だったらイヤだな」と思っていました。デビュー作『「愚直」論』のカバーでも、すごいこっちをにらんでるし……。
 そんなかすかな不安を抱いていたのですが、実際お会いするととても物腰柔らかい、おしゃれな紳士でした。MBAとコンサルで磨かれた論理性の裏には、熱い情熱が隠されている。本書にも一部掲載しましたが、ダイエー社長を辞める際、社内各部署から寄せられた100人分を優に超える送別のメッセージを見ていると、いかに現場に寄り添って改革を進めてきたのかがしのばれ、その一体感に心動かされました。
 本書はそんなクールで熱い著者によるキャリア論であり、リーダー論です。現状に満足できない、将来に不安を抱いているビジネスパーソンにこそ、お読みいただきたい1冊です。
 ところで『「愚直」論』の写真は、「カメラマンに『こっちをにらんでくれ』って言われたんだよね。撮影のときだいたい1回は言われるんだけど、なんでだろう??」ということでした。

(雨宮百子)

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

僕が「プロ経営者」になれた理由 変革のリーダーは「情熱×戦略」

著者 : 樋口 泰行
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,728円 (税込み)

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