海外評価、昔の名前、応援団… 16年ヒットの仕組み
日経BPヒット総合研究所 品田英雄
2016年のエンターテインメント界は、これまでの常識では考えられないことが次々と起こった。その現象の共通点と、背景にあるものを整理すると、以下のような現象が見えてくる。
現象(1)海外がどんどん評価してくれる~「PPAP」と「君の名は。」
9月に日本人を驚かせたのはピコ太郎の歌い踊る「PPAP」だ。千葉県出身の謎のシンガーソングライターが8月下旬にYouTubeに1分にも満たない歌と踊りをアップしたところ、9月の下旬には世界的な人気者になっていた。
YouTube週間再生回数ランキングでは、日本人で初めて1位を獲得(しかも3週連続)。Youtubeの年間トレンド動画ランキングでは第2位になった。12月20日現在の再生回数は1億回を超えた。米国のビルボード誌のシングルチャートに日本人としては松田聖子以来、26年ぶりとなるランクイン(77位)もしている。
ピコ太郎はそれまでも自分のサイトでこうした短い歌と踊りをアップしていて、特に変わったことをしたわけでもなければ、プロモーション活動をしたわけでもない。それなのに「PPAP」は日本の女子中高生がマネをしてネットに投稿したことに始まり、それが米国の面白動画サイトに取り上げられ、さらにTwitterで約8800万人のフォロワーを持つジャスティン・ビーバーがオススメしたことで爆発した。
CNNやBBCなどでも話題になり、米国のトランプ次期大統領の孫娘が踊る様子も話題になった。一般の人から有名人まで世界で踊る人が続出している。日本では「PPAP」のどこが面白いか理解できないという声は多数あったが、それでも世界がおもしろいと評価した。
12月になって映画界を沸かせたのは映画「君の名は。」の中国での大ヒット。12月2日の公開から16日で興行収入は5億3000万元(約90億円)を突破したと地元メディアが伝えている。これまでの日本映画の記録を持つ「ドラえもん」を超えた。
日本で大ヒットになってから間をおかずに公開されたことで勢いがついたという背景はあるが、内容についての評価も高く、ネット上では高評価を記録している。日本では興行収入200億円を超え歴代邦画の第2位になったことが話題だが、人口では10倍以上の中国、ヒットすれば興行収入も一桁大きい。政治的には微妙な状況にある日中関係だが、それとは関係のなく「君の名は。(中国名「你的名字。」)は快進撃を続け、日本のアニメの評価を高めることにつながっている。
ほかにも、宇多田ヒカルのアルバム「Fantome」がiTunesチャートでアジア各国で1位、米国でも3位と国際的ヒットとなったり、BABY METALがロンドン・ウェンブリーアリーナで単独公演し1万2000人を集めたり、日本人が望んでもなかなかかなわなかった世界での評価を手に入れつつある。肩に力を入れて「海外進出」と叫ばなくても世界が選んでくれる時代が到来しつつある。
現象(2)昔の名前に近いけど、中身は大違い~「シン・ゴジラ」「おそ松さん」
興行収入80億円を記録、2016年の邦画実写1位となったのが「シン・ゴジラ」だ。日本製作としては12年ぶりのゴジラだったが、内容はこれまでのゴジラシリーズとはまったく異なっていた。総監督を務めた庵野秀明は公開前の情報を極力抑え、ゴジラがどのような形状で登場するかも明らかにしなかった。そのため、最初に登場する巨大不明生物がゴジラなのかどうかで観客を戸惑わせることにもなった。
ゴジラを自然災害とみなし政府がどう対応するかにスポットを当てた新しい視点、綿密な取材に基づいた官僚たちの会議や自衛隊の指揮命令の様子などで、大人の楽しめる「お仕事映画」に仕上がった。
「すでにゴジラを知っている人は40代以上」という前提で作られた「シン・ゴジラ」。ふたをあけてみれば、庵野監督を慕うエヴァンゲリオン好きの人たち、20~30代の働く女性たちも巻き込んで、歴代ゴジラシリーズ最高となる興行収入を上げた。
昔の「おそ松くん」を知らない若い女性たちが生み出したヒットが「おそ松さん」だ。赤塚不二夫の名作が27年ぶりにテレビアニメとして復活した(しかも深夜の放送)。六つ子たちは20歳を過ぎても定職につかず親に頼った生活を送るニートになっており、女性にも縁がない。今も一つ屋根の下で暮らし、それぞれの趣味を愛する様子は現代を反映している。
ギャグをベースにしたナンセンスぶりは「おそ松くん」に通じるが、六つ子には人気声優たちをキャスティングしそれぞれキャラクターを際立たせた。また、おそ松は赤、カラ松は青のように色によって見分けやすくした。そうした工夫の結果、若い女性たちの支持を得ることになった。視聴率は深夜にもかかわらず3%に達し、発売された関連グッズは約2000種類にも及んだ。
どちらも名前は昔と似ているのだが、中身は現代に置き換えられている。しかも、予想を超える設定やストーリーの変更は、ヘタをすればファンから反発を買う。しかし、その予想の超え方がいい方向に転がり、新しい人たちをつかんで大ヒットになっている。
現象(3)ネットは応援団を生み出す~「この世界の片隅に」「逃げるは恥だが役に立つ」
ネットがきっかけになってヒットになるのはここ数年の定石だが、今年もその力を示したのが映画「この世界の片隅に」とテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」だ。
「この世界の片隅に」は、こうの史代のマンガを片渕須直監督がアニメ映画にしようと企画したが、普通の女性の戦時下の日常生活というテーマは地味で暗いと制作資金を集められなかった。そこでパイロット版を作るために、クラウドファンディングで資金集めを実施したところ、3300人以上から目標を大きく上回る3900万円以上が集まり、制作、公開にこぎ着けた。
その勢いは続き、公開時には興行収入が10位だったのが、その後徐々に順位をあげ4位にまで達した。休日には立ち見客が出た。観た人たちが、その感動をネットに書き込んだためだ。それも老人から子どもまで年齢層は広く、反戦映画ととらえる人もいれば軍艦のシーンがリアルでいいというミリタリーファンまで、様々な人を巻き込んだ。
「逃げ恥」は35年間恋愛経験のない男性のところに、家事代行サービスとして派遣された女性が様々な事情から契約結婚ということになり……というラブコメディー。初回の視聴率は10.2%だったが、その後1回も下がることなく最終回には20.8%まで伸ばしている。ネットでの評判がどんどん広がった結果だが、特に出演者たちが主題歌に合わせて踊る「恋ダンス」と予告編が一体になった動画は、「かわいい」と評判になり、毎週500万回を超える再生回数を記録している。
さらに、この「恋ダンス」をマネする人たちが芸能人、スポーツ選手から一般人まで広がった。好きや楽しいという気持ちは応援団という塊になり、影響力を拡大した。ネットで評判になり、ネットで参加する。誰もが発信者になれる時代の楽しみ方が定着しつつある。
送り手がいくら綿密にしかけようと、結局は一人ひとりの気持ちにはかなわない。それが集まれば大きな力を発揮する。そうした力関係をネットは作り出した。
2016年は、スマホというツール、ネットワークというインフラ、その上に発信者が乗っかっている構造が完成した年ともいえる。口コミは昔からあったが、この構造の上で、評判は爆発的に世界で広がることになった。既存のメディアの「ネットは敵」という意識は急速に消え、ネットと良好な関係を作れる作品こそがヒットにつながる時代が到来している。
日経BPヒット総合研究所 上席研究員。日経エンタテインメント!編集委員。学習院大学卒業後、ラジオ関東(現ラジオ日本)入社、音楽番組を担当する。87年日経BP社に入社。記者としてエンタテインメント産業を担当する。97年に「日経エンタテインメント!」を創刊、編集長に就任する。発行人を経て編集委員。著書に「ヒットを読む」(日経文庫)がある。
日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。
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