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世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回は心理学からマーケティングを考えるジェニファー・アーカー教授の2回目だ。

新幹線の清掃会社、JR東日本テクノハートTESSEIは、なぜ奇跡の会社に生まれ変わったのか。その秘密は、「シグニチャー・ストーリー」にあった。人の心に響き、人を動かすストーリーとはどんなストーリーなのか。ジェニファー・アーカー教授に聞いた。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

ジェニファー・アーカーJennifer Aaker
スタンフォード大学経営大学院教授。専門はマーケティングおよび心理学。主な研究テーマは、選択の心理学、消費者にとっての幸福の意味と選択との関係性、個人の小さな行動がいかに大きな変化をもたらすかなど。同校とスタンフォード大学デザインスクールで、選択科目「VR/ARの世界をデザインする」「真剣なビジネスにおけるユーモアの力」「ビジネスの目的を再考する」、エグゼクティブ向けオンライン講座で「イノベーションを加速させるストーリーの力」「イノベーション・プレイブック:インパクトを与えるストーリーをデザインする」(http://stanford.io/2hCRGnN)を教えている。著書に「ドラゴンフライ エフェクト ソーシャルメディアで世界を変える」(翔泳社)。

シグニチャー・ストーリーは戦略の原動力

佐藤:オンライン講座の「イノベーションを加速させるストーリーの力」(http://stanford.io/2gH6joF)では、「ビジネスを加速させるストーリー」と「加速させないストーリー」の違いについても学びます。ビジネスを加速させるストーリーとはどのようなストーリーでしょうか。

アーカー:ビジネスで使うストーリーは、映画や小説のストーリーとは違います。ビジネスを発展させるのに役立つストーリーとは、いわゆる「シグニチャー・ストーリー」(語り手である企業や個人の強みを象徴する物語)のことです。

「シグニチャー・ストーリー」は、2016年、私が私の父(カリフォルニア大学バークレー校 デビッド・アーカー名誉教授=注1)とともに、カリフォルニア・マネジメント・レビュー誌に寄稿した論文の中で提唱した概念です(注2)。シグニチャー・ストーリーは、ブランドを広め、企業イメージを広め、顧客との関係を築き、戦略を実行する原動力となります。まさに企業にとって資産となるのです。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:論文の中で、いくつかシグニチャー・ストーリーを紹介しています。私がとても興味深かったのは、アメリカの大手百貨店、ノードストロームの下記のストーリーです。

1970年代、ある顧客が、スノータイヤを2つ持って、ノードストロームのアラスカ・フェアバンクス店を訪れた。2つとも返品したいという。スノータイヤはボロボロ。しかも、ノードストロームではスノータイヤを販売していないのだ。ところが入社したばかりの新人店員は「わかりました」と言って、タイヤを受け取り、躊躇することなく、レシートの金額を払い戻した。なぜなら、そうすることが「カスタマー・ファースト」だと思ったからだ。

あとから、ノードストロームがオープンする前に別の店が同じ場所ででタイヤを売っていたことがわかったそうですが、この様子を創業者、ジョン・ノードストローム氏がたまたま見ていて、いたく感動したと伝えられています。

この話は、アメリカではとても有名な話ですが、このストーリーのおかげで、ノードストローム=顧客を大切にする百貨店、というブランドイメージが広がり、当時は小さなデパートチェーンだったノードストロームは、現在、売り上げ1兆5000億円の大企業に成長しました。

このように会社の成長を加速させる「シグニチャー・ストーリー」というのはどのような特徴があるのでしょうか。

記憶に残り、心に響き、人々を動かす

アーカー:4つの特徴があります。1つはストーリーを伝える目的が明確であること。ストーリーそのものが戦略的メッセージになっていることです。語り手は、そのストーリーを使って、何を伝えて、誰を啓発しようとしているのか、を明白に理解していなければななりません。

2つめが、ストーリーそのものが面白いこと。ターゲットとなる人々をストーリーに引き込むには、わかりやすくて、興味をそそって、目も心も刺激するような話でなくてはなりません。示唆に富んでいる、新しい、啓発的、興味深い、有益な情報を得られる、ニュース性がある、楽しい……こうした要素はシグニチャー・ストーリーには欠かせないものです。

3つめが、人々が素直に信じることができる話であること。こんな話はうそじゃないか、でっちあげではないか、ただ企業イメージをあげるためにつくられた話のようだ、何か裏がありそうだぞ、などと思われてはいけません。

4つめが、人々を巻き込むことができること。人々の記憶に残り、心に響き、人々を動かす。それがシグニチャー・ストーリーです。

リーダーは社員がヒーローになるストーリーを語れ

佐藤:ノードストロームの話は、企業ブランドを高めるのに有効な話でした。たとえば、人々がついていきたくなるようなリーダーになるには、どのような「シグニチャー・ストーリー」を語ればいいのでしょうか。

アーカー:それは面白い質問ですね。ポイントは、「社員がヒーローになるようなストーリー」を見つけることです。これは、とても簡単そうですが難しいことです。多くの人々は自分がリーダーとして優れていることを示すために、ついつい、自慢話を語ってしまうからです。ところが、実際、あなたが主役のストーリーでは、あなたの優秀さは伝わらないのです。社員やチームメンバーをヒーローにして初めて、自らのリーダーシップが優れていることを伝えられるのです。

佐藤:社員をヒーロー、ヒロインにするストーリーというのはどのような話でしょうか?

アーカー:私がとても感銘を受けたのは、新幹線の清掃会社、JR東日本テクノハートTESSEIの再生物語です。当時同社の役員だった矢部輝夫氏は、清掃員の方々にやりがいをもって働いてもらうために、素晴らしいストーリーを語りつづけました。「皆さんがいたからこそ、これだけの変革を起こすことができたのですよ」と。彼がやったのは、現場で働く清掃員の方々を再生物語の主役にすることです。

もちろん、TESSEIを立て直すのに矢部氏が多大なる貢献をしたことは間違いないのですが、実際に現場でイノベーションをおこしたのは清掃員の方々なのです。もし、彼が、「私が会社変革の立役者なのだから、私についてきなさい」というようなことを言っていたら、TESSEIはこれほどまでに素晴らしい企業にならなかったと思います。

社員をヒーローにしてください。顧客をヒーローにしてください。ヒーローは人でなくても構いません。製品やブランドをヒーローにしてください。そうしてはじめて、人々に共感されるシグニチャー・ストーリーが生まれるのです。

(注1)略歴などは英文のhttps://www.prophet.com/about/leadership/aakerを参照。
(注2)詳細は英文の http://news.stanford.edu/2016/05/13/signature-stories-advance-brands-people-realize-stanford-expert-says/を参照

ドラゴンフライ エフェクト ソーシャルメディアで世界を変える

著者 : ジェニファー・アーカー, アンディ・スミス
出版 : 翔泳社
価格 : 2,160円 (税込み)

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