スタバのうますぎる黒板画 陰に「謎の画伯」17人衆
スターバックスの店舗に入ると必ず目に入るのが、コーヒーやケーキ、フラペチーノやサンドイッチといった、お薦めの商品が描かれた黒板のイラストだろう。チョークペンで描かれた美味しそうに見えるイラストはすべて、各店舗のイラストが得意なパートナーたちの手によるものだ。
これらのイラストはどれも個性にあふれており、来店客とパートナー(スターバックス店舗でのアルバイトと社員の総称)のコミュニケーションツールとしても一役買っている。
商品だけでなく四季折々の風景や「深まるチョコレート」などといったキャッチフレーズも美しいフォントで入り、商品を選ぶ際に思わず笑みがこぼれるだろう。来店客から「あの絵の商品ください」と注文が入るなど、各店舗の売り上げにも貢献しているという。
全国から選ばれし17人の「GAHAKU」
しかしイラストを描くパートナーは、必ずしも美術系の教育機関を出ているわけではない。なぜ、スターバックスの店舗のイラストのレベルは高いのか。イラストがうまいパートナーが偶然、いただけなのか。
実はそうしたイラストの描き方を支援する人たちがスターバックスにいた。それが「GAHAKU」と呼ばれるパートナーたちである。
スターバックスは毎年、全国の店舗から応募されたイラストを社内コンテストで評価。優秀なパートナーをGAHAKUとして表彰している。1000店舗以上ある中で、GAHAKUはわずか17人。この人数で全国をカバーし、イラストを指導している。昨年(2015年)の場合、応募者は約250人いたというから、約15倍の狭き門である。
正式な職位ではないが、任命されると全国のパートナーにイラストの描き方を指導する立場になる。社内のホームページに自分が描いたイラストのお手本をアップして「この商品はこう描いたら良い」「このイラストを描く手順はこうすべき」といったコツを伝授するほか、各エリアの店舗に出張して直接に指導することもある。
どの商品をどんなテーマで描くかは本社側から通達されるが、どのように描くかはGAHAKUの裁量次第。同じテーマでありながら、全く描き方が異なるケースも多いという。
任期は1年だけで、いったんGAHAKUになったら、その後は応募できない仕組み。GAHAKUの制度は2013年からスタート。それ以前も店舗に手書きのイラストはあったが、「イラストを描く人にスポットが当たるように」との狙いで始めたという。
ネット上で各店を指導、描きに行くことも
手書きのチョークペンにこだわる理由は、各店舗のオリジナリティーを出すことと、手書きの温かさを演出したいからだという。コーヒーが持つ自然の素朴さを表現するため、使用するチョークペンの色の種類はスターバックスが事前に指定している。強烈な色合いのイラストではなく、アースカラーなどの淡色系が多いのはそうした理由だ。
JR八王子駅にあるスターバックスのセレオ八王子北館店のパートナー、布施菜麻氏もGAHAKUの1人で、2015年に選出された。現在、西東京や山梨県のエリアにある100店以上を担当。ネット上で指導するほかに、新しい店舗ができるとイラストを描きに行くこともある。
GAHAKUの選考基準は、上手く描けるだけではなく、「みずみずしく描ける」「リアルに描ける」「速く描ける」といった何らかの個性を持っている点。布施氏が得意とするのは「対象をリアルに描けること」だと言う。しかも時間をかけず、30分ほどで1つのイラストを完成させる。
布施氏は美術系学校の出身者だが、必ずしも美術の勉強をした人が選ばれるわけではない。イラストの趣味が高じてGAHAKUになった人もいるそうだ。
重要なポイントは、来店客の目に留まるようにインパクトを出すこと。そのため、多少デフォルメするのも描くコツの1つだと言う。
GAHAKUになっても、特別な手当てが出るわけではない。それでも布施氏は「新しいことにどんどん挑戦して店舗を盛り上げたいし、コーヒーやスターバックスが好きなので、GAHAKUに選ばれたことでさらにやりがいが出てくるようになった」と語る。
スターバックスのブランド力は、現場の1人ひとりのパートナーたちのモチベーションに支えられていると言っても過言ではない。それを象徴している1つが、各店舗のイラストなのだろう。
(ライター 山本裕美子)
[日経デザイン2016年9月号の記事を再構成]
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