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ヤンソンス ベルリンけってミュンヘンにとどまるワケ 新ホール建設を後押し 日本の音響技術も一役

 

2016/12/10

ミューザ川崎で11月26日、バイエルン放送交響楽団を指揮するマリス・ヤンソンス(撮影=青柳聡、提供=ミューザ川崎シンフォニーホール)

 「個人的な利害のために最愛のオーケストラをないがしろにすることなんて、できなかった」。ドイツのミュンヘンを本拠とするバイエルン放送交響楽団の首席指揮者、マリス・ヤンソンス(1943年、ラトビア・リガ出身)は昨年5~6月に行われたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の次期常任指揮者選びから撤退したいきさつを、自らの言葉で語りだした。今年11月下旬の日本ツアーの途上、東京都内のホテルで開いた記者懇親会でのマエストロ(巨匠)の発言は、驚くほど率直だった。背景にはバイエルン放送響の長年の悲願、専用ホールの建設問題が大きな影を落としていた。

 実力ではベルリン・フィル(1882年発足)と双璧のバイエルン放送響だが、バイエルン放送協会が専属オーケストラを組織したのはドイツが第2次世界大戦に敗れた後の1949年と、かなり新しい。定期演奏会の会場には州都ミュンヘンの中心にある旧バイエルン王国のレジデンツ(宮殿)の一角、ヘラクレスザール(ホール)を使ってきた。王宮自体、戦争中の爆撃で破壊された後に再建、座席数1270と小ぶりのヘラクレスザールは本来の大会場の「代用品として急ごしらえされた」(楽員代表で首席コントラバス奏者、ハインリヒ・ブラウン)ものだった。ピアニストのマウリツィオ・ポリーニが長く録音会場に使うなど、音響の良さには定評もあるが「楽屋や事務局のスペースが今日のインフラ基準に照らしてあまりに狭く、高額出演料の人気ソリストを起用するには採算をとりづらい」(ニコラウス・ポント楽団長)のが悩みの種だった。

 市内にはもう一つ、市立のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が本拠としている複合文化施設「ガスタイク」の大ホール(2387席)がある。1985年完成と新しいにもかかわらず音響がいまひとつで、高名な音楽評論家のヨアヒム・カイザーは良い音で聴ける席が極端に少ない実態を「世界で一番小さいホール」と酷評した。舞台で弾く楽員にとっても「遠い位置に座っている同僚の音が聞こえない」(ブラウン楽員代表)という不安がある。しかも放送響は「借りる立場なので、練習から本番まで通して使うとか、最適の日程を確保するとかができない」(ポント楽団長)からやっかいだった。

 ヤンソンスは2003年、バイエルン放送響の第5代首席指揮者に就いた際の記者会見で「自前のホールの建設」を「公約」に掲げた。きっかけは「1976年に旧レニングラード(現サンクトペテルブルク)フィルハーモニー交響楽団のツアーで初めて日本を訪れ、全国各地に素晴らしいホールが存在することに強い感銘を受けたこと」だといい、意外な場面で日本の貢献が明らかになった。04~15年に首席指揮者を兼ねたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠、アムステルダムのコンセルトヘボウ(オランダ語でコンサートホールの意味)も優れた音響で知られるが、ヤンソンスは「日本のサントリーホールと愛知芸術劇場コンサートホール、札幌コンサートホール・キタラ、ミューザ川崎シンフォニーホール。この4つが私にとって理想のホールで、ミュンヘンにも同水準のホールがほしいと長く、願ってきた」と、日本の音響設計への信頼を明らかにした。

 バイエルン州政府が「放送響のための新ホールをミュンヘン市内に建てる」との決定を下したのは、15年。ヤンソンスは「失われた12年間とはいえ、多くのことを学んだ」と振り返る。決定の直前、ベルリン・フィルでは18年に退任する首席指揮者・芸術監督サイモン・ラトルの後任選びが山場に入っていた。ベルリンは自主運営のため、全楽員の合議で決定する。

 ヤンソンスは有力候補の一人と目されていたが、ベルリンの選考会議の前日にバイエルン放送響との任期をさらに3シーズン、「18年から21年まで延長する契約に調印した」と発表したため、メディアは「明確な辞退宣言」と受け止めた。バイエルン王家がベルリンを首都とするプロイセン主導で進んだ19世紀末のドイツ統一に最後まで抵抗、20世紀に入って加わった経緯を背景に、ミュンヘンとベルリンの間には長く「犬猿の仲」に等しい対抗意識が存在する。ベルリナー(ベルリン人)は「ヤンソンスもすっかり、ミュンヒナー(ミュンヘン人)になってしまった」と、嘆くことしきりだった。

 「バイエルン放送響と仕事を続けることが自分にとっても、音楽の理想を実現する最良の道だと確信した」

 「自分がベルリンに去れば、せっかく議論を重ねてきたホールの問題が立ち消えになる。信頼関係を損ねることはできない」

 「恋人たちが『どうしてもっと早く出会わなかったのだろう』と語り合うように、私たちは13シーズンをともにした現在もなお、愛し合っている」

 「すでに客演したことのあるオーケストラであっても、首席指揮者として招かれる際には慎重な確認作業が必要になる。私はバイエルン放送協会に対し、1週間ぶっ通しの『お見合い』リハーサルを要求したが、初日の最初の休憩でもう、『ここは私のオーケストラだ』と理解した」

 ヤンソンスのバイエルン放送響への思いは、とどまるところを知らない。楽員も「リハーサル初日で得たハネムーンの感触が今なお続き、強まる一方だ」(ブラウン楽員代表)と実感している。

 11月26日、ミューザ川崎公演ではミュンヘンゆかりの作曲家、R・シュトラウスの大作「アルプス交響曲」が信じられないほど巨大なスケール、指揮者と楽員の完璧な意思疎通から生まれる緻密な響きとともに再現され、圧巻だった。前半のハイドン、「交響曲第100番『軍隊』」では大詰めに「鼓笛隊」を模した楽員4人が客席へ現れて笑いを誘い、大太鼓には「WE LOVE JAPAN(私たちは日本を愛する)」とハートマーク入りのシールが貼られていた。本番前の最終リハーサルで、ヤンソンスは「日本のお客さんに私たちの気持ちがはっきり伝わるよう、もっと文字を大きくできないか」といい、終演後の楽屋を訪れた私にも「ちゃんと読めたか?」と尋ねた。指揮者とオーケストラ、奇跡の長期蜜月状態が「互いに聴き合い、すべての聴衆を巻き込み、最上の響きでホールを満たすミステリー」を日々、現実のものとしている。

2021年に完成する新ホールの舞台とまったく同じ位置に集合したマリス・ヤンソンス(右手前)とバイエルン放送交響楽団の楽員。ミュンヘン東駅に隣接する工業団地の跡地が複合文化センターに生まれ変わる。背後の建物には偶然、「多様性」を意味するドイツ語「Vielfalt」の文字が書かれている(撮影=トビアス・メッレ、提供=バイエルン放送協会)

 21年に完成する予定の新ホールは、フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス(ミュンヘン国際)空港からSバーン(鉄道市内線)で直結しているターミナル、ミュンヘン東駅(オストバーンホフ)に面した工業団地の跡地を再開発。1800席の大ホール、600席の室内楽ホールのほか青少年向けの音楽教育施設、ポップやロックのコンサートが可能なゲレンデなどを複合的にしつらえ、「音楽都市ミュンヘンの未来像を提示する重要な文化拠点として整備する」(ポント楽団長)考えだ。もちろん、こけら落としの指揮者は同年に任期満了となるヤンソンス。マエストロには「新ホールの『顔』だけでなく、具体的なプログラミングの要を担う」(同)との期待がかかっている。

(池田卓夫)

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