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12億人の人口を抱え、大きな成長の潜在力を秘めるインド。新たな投資先として日本企業の注目を集め、進出企業は1229社(2015年10月現在)と10年で4倍以上に急増した。ただ、文化や社会制度の違いなど、現地法人を運営するうえで乗り越えなければならない課題は少なくない。人材サービス大手、パソナのインド法人、パソナインディアの社長として、約10年にわたり現地に駐在したパソナの谷嘉久執行役員(グローバル事業本部副本部長)に現地の人材事情を聞いた。

◇   ◇   ◇

2006年10月に現地法人を立ち上げ、今年6月末までインドに赴任していました。ほぼゼロからの出発でしたが現在は、日本人が女性6人を含めて8人、インド人が52人で計60人の規模にまで成長しました。人材紹介、人材派遣、教育研修を手がけていて、顧客はのべ600社。ほとんどが日系企業で、大半は製造業です。

パソナ グローバル事業本部 副本部長 谷嘉久氏

パソナ グローバル事業本部 副本部長 谷嘉久氏

会社を立ち上げた際にまず困ったのは、顧客に紹介する人材を集める「リクルーター」の採用にあたり、インド人と日本人とで「いい人材」の基準が異なっていたことです。

インドではいい学校を出て、大きな企業に勤めていて、何年経験しているかで、人材を評価します。一方、日系企業は日本のやり方になじめそうな人材を求めます。リクルーターは、どのような人材が顧客に合うのかを見極めて推薦していかなければなりません。まず、そのギャップを理解してもらうのに非常に苦労しました。

ただ、現地の人材サービス会社の手法になじんでいるリクルーターは我々のやり方を理解できずに辞めていきました。結局、業界の経験の浅い人、若手を採用して育成する方針に改めました。会社を立ち上げてから1年から1年半たっていました。

「サラリーマン」というカーストはない

インド社会の特徴の一つに「カースト制度」があります。現在でも結婚などで、風習が残っています。また一部の人達に対し、大学などが特別枠を設けるなど、各種支援策が見受けられます。

その昔、カースト制度により職業を分類していましたが、現在では、当時設定された職業そのものが少なく、また当然「サラリーマン」はカーストに入っていませんので、特別な意識を持つ事がなくなってきたといわれています。

また憲法によって、制度による差別を禁止していますので、差別につながると判定されると、大変な問題に発展します。そのため、顧客や従業員とのやり取りにおいても、カーストに触れることはありません。

人前で叱るなら全てお膳立てを

インド人の特徴を強いて一言でいうなら「プライドがものすごく高い」ということです。日本人は海外で現地の人に上から接してしまう傾向があります。インド人はどちらかというとトップダウンに慣れていますが、上から目線で厳しく接すると、彼らのプライドを傷つけかねません。ですから、絶対に人前で叱ってはいけません。

谷氏(右)はインド人のなかに「知らないから教えてほしい」というスタンスで入っていった

谷氏(右)はインド人のなかに「知らないから教えてほしい」というスタンスで入っていった

もし、パフォーマンスとして周囲にわかるように叱るのであれば、まずは本人にそのことを説明する必要があります。私の場合、「これは君ではなく、君の部下によるミスだが、みんなにミスの重大さを理解させるために、みんなに聞こえるように君に怒るよ。それでもいいかい」と説明して了解を得たうえで、叱責していました。

こうすることで、本人も自分自身のプライドを傷つけられることなく、「ミスをしたら大変なことが起こるんだ」と理解しますし、部下のミスで叱られているという姿をみんなに見せることで、部下とよりいい関係をつくってくれます。

「なぜ」とは問わない

インドの人たちは悪い報告をあげない傾向があります。「なぜ報告しなかった」「なぜこうなった」と問い詰めると、その次に来るのは言い訳。なので「なぜ」と聞かないようにしました。「とにかく君が理解している事情を説明してくれ」。こういうとポツポツと話し出します。

この原因として私が考えているのが、インドでは人材の評価制度が確立されていないということです。どちらかというと「悪いことを報告して嫌われると評価が下がる」と考えてしまっているのではないでしょうか。

当社では顧客向けに評価者の育成研修を手がけています。受講するのはインド人の部長クラスですが、研修後に感想を聞くと「初めて知った」という答えが返ってきます。意識改革には時間がかかると思いますが、少しずつ取り組んでいるところです。

「昨日」と「明日」が同じヒンディー語

もちろん時間では、彼らの「時間」があります。ヒンディー語は「昨日」と「明日」が同じ単語です。なので、彼らの時間軸はすごくおおらかです。

ステップを踏むことで、タイムカードの導入を実現した

ステップを踏むことで、タイムカードの導入を実現した

当社の就業時間は午前9時から午後5時半ですが、最初のころは全員がそろうのは午前11時とかでした。なぜそうなるのかというと、まず彼らは家庭を大事にしているので、家で用事があればそれを終わらせてから出社するのです。ただし、午後5時半をすぎても、仕事が終わっていなければ、残ることをいといません。きょうやると決めたことは終わらせようと努力するのです。

あまりルーズになってもいけないと考え、5年ほど前にタイムカードを導入しました。するとみんな時間ピッタリに出社するようになりました。

導入にあたっては、いきなりだと反発も出ると考え、まず朝礼を始めました。「朝礼にいなかったら遅刻」としたのです。当初は遅れる仲間をかばうために、朝礼前に私のところに相談を持ち込んできて、始まるのを遅らせたりすることもありましたが、大きな反発はなく導入することができました。ステップを踏むことが大事ですね。

日系企業と人材市場のミスマッチ

日系企業にはマルチタスク人材を求める傾向があります。経理の募集のはずなのに、ちょっと総務的なことをしてほしいとか、ちょっと人事の経験があるとうれしいとか、いろいろな条件を入れてしまいがちです。

しかし、インドの労働市場は完全に縦割りなので、何かと何かを抱き合わせて仕事をしている人がすごく少ないのが実情です。インドの場合、キャリア形成も完全にスペシャリストとして、いろんな会社に転職していきます。

進出企業は「グローバル企業として現地の人たちを活用しながら、インド市場を攻めていきます」とよくいいますが、実は社内はすごいドメスティックです。何から何まで日本式で、そこに合わせられる人材はそもそも少ない。「なかなかいい人材がいない」の一言で片付けがちですが、むしろ企業側の課題です。

「不満の背景には、評価のフィードバックができていないことがある」という

「不満の背景には、評価のフィードバックができていないことがある」という

よくよくインド人たちに聞くと、「正当に評価されていない」「日本人ばかりいい思いをしている」「仕事をちゃんと教えてくれない」などといった本音が飛び出します。「そんなはずはないだろう」ということも結構ありますが、少なくともそう思ってしまうトリガーを引いたのはきっと会社側です。

一緒に仕事をする仲間として意見を聞く

一緒に仕事をする仲間として、彼らの意見をどれだけ聞いているのでしょうか。インド人の目線から見た日本企業や日本人に対する評価というものに、もっと耳を傾けないと、いつまでたってもインドで成長することはできないのではないでしょうか。

インド人は日本人とは異なる価値基準を持っています。それで回っているのだから、それを私たちの価値基準で「駄目だ」というのは駄目だと思っています。

彼らがなぜそう思うのかということを理解する必要があります。何かいい点があれば取り入れればいいし、「日本の判断基準の方が優れている点もある」というのであれば、それを説明して彼らに取り入れてもらえばいいのです。こうしたやり取りを常に繰り返し、新しいスタンダードをつくっていく、という態度で臨まないと、なかなか受け入れてもらえないのではないでしょうか。これはどこの国でも同じだと思います。

私は「知らないから教えてほしい」というスタンスで入っていきました。インド人はすごい世話焼きでお節介なので、グイグイと接してきます。「教えてほしい」とか、「困った」とか、「分からない」と素直に言えば、いくらでも助けてくれるはずです。そこには損得がありません。あれが不思議です。そうしたコミュニティーの中に入るまでには時間がかかりますが。

谷嘉久氏(たに・よしひさ)
1972年京都府生まれ。95年大阪産業大経営学部卒、パソナ入社。一貫して人材派遣の国内営業を担当し、2002年に郡山支店長。07年からインド法人のチーム・パソナ・インディア(現パソナインディア)社長。16年6月から現職。

(平片均也)

「キャリアコラム」は随時掲載です。

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