年金・老後

定年楽園への扉

妻への愛情、表したいなら年金受け取りで 経済コラムニスト 大江英樹

2016/12/29

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 これから公的年金を受け取る世代の多くは受給開始年齢が65歳となります。これは普通に受け取る場合ですが、公的年金には繰り上げ支給と繰り下げ支給の仕組みがあります。本来65歳から受け取る年金を60歳からに早めたり、逆に70歳まで遅らせたりできるのです。

 ただし、早める場合は年金の受取額が減額されます。具体的には受け取り開始月を65歳より1カ月早めるごとに支給額が0.5%ずつ減額されます。仮に60歳まで繰り上げると、12カ月×5年×0.5%=30%、すなわち支給額が3割減額されます。そしていったん繰り上げすると、途中でやめることはできず、生涯にわたって30%減のままとなります。

■年金の受け取りを遅らせると増額に

 一方、受け取り開始を遅らせる場合は年金が増額されます。65歳より1カ月遅らせるごとに0.7%ずつ増額されますから、仮に70歳まで繰り下げると、12カ月×5年×0.7%=42%、つまり4割以上も年金が増えることになります。

 これは考えてみるとかなりお得な仕組みです。今はほとんどの会社で定年後の再雇用制度がありますから、65歳まで働くことが可能です。そこからさらに5年間頑張って働き、年金の受け取り開始を遅らせれば受け取る年金額が4割以上も増え、かつそれが生涯続くわけですから、考えようによってはこんなにリターンの高い投資はありません。

 そもそも、現在の年金制度ができたのは昭和36年(1961年)ですが、そのころは60歳から年金が支給されていました。ところがこの制度が始まった当時の日本人男性の平均寿命は65歳くらいです。つまり年金を受け取り始めてからわずか5年ぐらいで寿命だったのです。

 ところが今は男性でも平均寿命は80歳を超えています。70歳まで働いてそこから年金を受け取り始めるというのはそれほど無茶な話ではありません。事実、総務省の統計によれば65~69歳の年齢で働いている人は52.2%だそうですから2人に1人は70歳近くまで働いているということになります。ただしこれは「働く意欲があって、働く場があれば」という話です。そもそも「そんなに長くは働きたくない」あるいは「働きたくても働ける場がない」という人も多いでしょう。

 そんな場合はどうすればいいか? こんな方法を考えてみるのはどうでしょう。それは夫婦で夫の年金は65歳から受け取り、妻の年金を70歳まで繰り下げるのです。平均寿命で考えてみると女性の方がずっと長生きします。また多くの夫婦では妻の方が年下ですから、余計に老後の期間は長くなります。だとすれば、経済的な支えはむしろ女性の老後の方に重点を置いたほうがいいと考えるべきです。

 すなわち65歳からもらえる夫の年金を生活資金とし、妻の年金は70歳まで遅らせて42%増の金額を受け取る。そうすることによって、恐らくは長生きするであろう奥さんの老後には少し余裕ができてきます。

■夫婦共働きでそれぞれ受給すると最適

 これは夫と妻が会社員として共働きし、公的年金をそれぞれ受け取る夫婦に最適の方法です。なぜなら、退職後は2人とも厚生年金と基礎年金をもらえるので、家計の自由度が高く、妻だけ年金受給を遅らせても生活にさほど支障が出ないと考えられるからです。夫が会社員で妻が専業主婦の場合も妻の年金受給を遅らせることはできます。妻は基礎年金だけなので、共働きと比べてメリットは少ないかもしれませんが、一つの選択肢として考えていいでしょう。

 もちろんこう考える人もいるでしょう。「自分の年金だけ先に取っちゃって、妻の年金を遅らせるなんて……。もし私が早死にしたら損じゃないか!」

 でもよく考えてみてください。死んでしまえば損も得もありません。年金は長生きしたときにお金が尽きることを防ぐのが目的ですから、働ける間は働いて、働けなくなった後に終身でもらうというのが本来の利用法だろうと思います。つまり、年金は繰り下げられるのであれば繰り下げた方がずっと有利だということです。全部が無理ならば、自分の分はともかく、奥さんの分を繰り下げに回すことは合理性のあることだと思います。

 よく保険のコマーシャルに「保険は家族への愛情の証し」というのがあります。でも高い保険料を払うよりも働いて生活費を賄うことができれば、妻の年金を70歳まで繰り下げることで生涯の年金額を4割以上も増やしてあげられるのです。そちらの方がずっと愛情の証しなのではないでしょうか。

 「定年楽園への扉」は隔週木曜更新です。次回は1月12日付の予定です。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「定年楽園」(きんざい)など。近著は「投資賢者の心理学」(日本経済新聞出版社)。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
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