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美しい原風景に「暮らす」旅 石見銀山の里と温泉津 水津陽子の ちょっとディープ旅

2016/11/29

ろうそくの明かりと川のせせらぎに癒やされる。「暮らす宿 他郷阿部家」の浴室(画像提供:石見銀山生活文化研究所)

 世界遺産の旅はお好きですか。日本には現在20件の世界遺産があります。登録時は注目度も高く、一気に人が押し寄せますが、ブームの終わりとともに忘れ去られていくものも。しかし一番残念なのは、世界遺産のまちを訪れても、そこで上質な時間や人との出会い、体験を得ずに終わってしまうこと。今回は古きよき日本の原風景を残す世界遺産のまちで美しい暮らしにひたる、ちょっとディープな旅に出かけます。

■「銀の道」がつないだ鉱山町と港の温泉

銀山の町、島根県・大森町(左)。銀山街道が海沿いの港、温泉津まで延びる。(右)登り窯で焼かれた赤瓦(石州瓦)がこの地独特の景観をつくり出している(画像提供 左:石見銀山生活文化研究所、右:島根県)  

 島根県大田市の「石見銀山遺跡とその文化的景観」は2007年に登録となった日本で14番目の世界遺産です。16世紀から20世紀にかけて採掘、精錬が行われた銀鉱山は当時、良質な銀の産地としてヨーロッパにまでその名が知られていたといいます。

 世界遺産への登録の際には、当初「顕著な普遍的価値が証明できていない」と登録延期を勧告されました。しかしその評価が覆って一転登録となったのは、石見銀山の町並みや生活文化を地域の人々が守り生きている、その文化的景観が高く評価されたからでした。世界遺産としての石見銀山の価値は、かつての鉱山町や銀鉱石の積み出しを行った港町に今も残る、自然と共生する人々の暮らしや生活文化にこそあるのです。

 石見銀山にはその守り人であり、観光のカリスマでもある2人の女性リーダーがいます。一人は海沿いの温泉で、一人は山里の町で、美しい日本の暮らしを発信しながら人々と交流しています。

■築100年超の古民家から、古き良き暮らしの楽しさを発信

 鉱山の町である島根県大田市大森町には、ピーク時には20万人もが暮らしていたとされます。現在は約400人にまで減少していますが、近年ここに全国各地から若者が移住しています。その理由は、年商約20億円の衣料・生活雑貨ブランド「群言堂」を有する、石見銀山生活文化研究所の本拠地がここにあるからです。

石見銀山生活文化研究所の本社遠景。周囲には社員自らが手入れをする水田が広がる(画像提供:石見銀山生活文化研究所)
築150年を超える庄屋屋敷を改修した「群言堂」本店。ショップ、ギャラリースペース、カフェを併設する(画像提供:石見銀山生活文化研究所)

 本社の社屋の一部は、築270年を超えるかやぶき屋根の古民家。近くにある群言堂の本店は築150年超の庄屋屋敷を改修したもので、ショップのほかギャラリースペースやカフェを併設しています。近くには築227年の武家屋敷を改修した宿など古民家の再生にも多数取り組んでいます。自然と共生する町並みが保全された大森で暮らしながら働きたいという若者が増えているのです。

 ここを作ったのは松場大吉さん、登美さん夫妻。三重県出身の登美さんは1981年、夫の故郷である大森に帰郷。始まりは実家の呉服店で布小物を作って販売したところから、1989年に大森町に雑貨ブランド「ブラハウス」の店舗をオープン。その後、衣料品も手掛けるようになりアパレルブランド「群言堂」を立ち上げました。1998年に石見銀山生活文化研究所を設立、群言堂は全国のデパートに多数の店舗を展開する人気ブランドに成長していきました。

 本来ならここで東京などの大都市に本拠地を移してもよさそうなものですが、登美さんたちは、群言堂のものづくりの原点は「地に足がついた田舎暮らしの楽しさ」にあると考え、大森での暮らしを守り、生かすことにこだわってきました。

 「暮らす宿 他郷阿部家」は、1789年に創建された武家屋敷を改修した交流施設です。実はこの建物、1975年には県の文化財に指定されましたが30年近く空き家になっていました。そのため屋根はボロボロ、室内にも草が生え、まるでお化け屋敷のようだったといいます。改修には13年もの月日を要しましたが、今は美しい日本の暮らしを体験、交流できる宿として生まれ変わっています。

 内装には廃校になった小学校の床材などが使われていたり、土塀に竹などで編んだ籠がアートのように掛けてあったり。障子を通して自然の明かりを取り込んだ客室や書斎は時間がゆったりと流れています。ほのかなろうそくの明かりがともるお風呂につかると、近くを流れる小川のせせらぎや虫の声が聞こえ、不思議な安らぎに包まれるのを感じます。夕食は、昔ながらの土間のある台所で全員が食卓を囲むスタイルで、土地の食材を使った心づくしの料理に時がたつのを忘れてしまいそうになります。

かまどのある懐かしい土間の台所で食卓を囲む(画像提供:石見銀山生活文化研究所)
見事なはりに目を奪われる洋室。客室は全3室(画像提供:石見銀山生活文化研究所)

 宿の名にある「他郷」とは、中国の言葉でもう一つの故郷または不思議の縁という意味があるそうです。美しい町並みに囲まれ、古き良き日本の生活文化と出合い、地元の人たちとふれあう、ここはそんな時間を提供してくれる場所。早朝や夕暮れの散策、星降る夜や暗闇にさえ、美しさや楽しみが見出せます。散策に疲れたら群言堂本店の中にあるおしゃれなカフェや大森のまちを一望する展望台でひと休み。銀の採掘場である間歩(まぶ)や精錬所跡、重要文化財の熊谷家住宅や羅漢寺五百羅漢などの歴史散歩も楽しめます。

■世界遺産エリアにある唯一の温泉「温泉津(ゆのつ)温泉」

温泉津温泉の中でひときわ目を引くレトロな洋風建築、震湯(しんゆ)、薬師湯(湯元)(画像提供:薬師湯)

 温泉津(ゆのつ)温泉は世界遺産エリアにある唯一の温泉です。ひなびた温泉街には、なまこ壁の古い蔵や木造三階建ての温泉旅館など歴史ある建造物が立ち並び、温泉地としては全国で初めて、国の重要伝統的建造物群(伝建地区)に指定されました。中でも、レトロな洋風建築の震湯(しんゆ)、薬師湯(湯元)は温泉としても日本温泉協会において評価項目のすべてで最高評価のオール5を獲得。天然温泉として認定された全国でも数少ない温泉です。

 薬師湯の旧館で大正初期に建てられた木造洋館の震湯は建築学的にも貴重な建物といわれ、温泉津に現存する温泉施設としては最古のものです。屋根から突き出した湯気だし塔やステンドグラス、軒下のアーチの細工なども、とても見事です。

大正8年築の「薬師湯」旧館(震湯)のとんがり屋根(画像提供:薬師湯)

 とんがり屋根が目印の薬師湯の旧館(震湯)の屋根ごしに見える景色は石見銀山の新百景にも選ばれています。現在はギャラリーとカフェが整備されています。建築はもちろん、見事な調度品に彩られた洋風の空間は大正時代にタイムスリップしたよう。

温泉津に現存する最古の温泉施設、建築学的にも貴重な建物といわれる薬師湯の旧館。新たにカフェとギャラリーが整備された(画像提供:薬師湯)

 薬師湯・震湯を経営するのは内藤陽子さん。島根県生まれ、東京育ちで、ドイツなどでの海外生活も長く、ナチュラルセラピーなど健康医療、観光分野などで研さんを重ね、国際ビジネスのコンサルタントとしても活躍。薬師湯の経営に携わったのは2004年のことでした。温泉津温泉は世界遺産エリア内にある唯一の温泉ということもあり、震湯にカフェやギャラリーを整備して施設の充実を図るとともに、温泉ソムリエやドイツの気候療法などの資格を取得。温泉を医学的に研究して、現代型の湯治プログラムにも取り組んでいます。

 さらに近年は、島根県が推進する田舎ツーリズムに薬師湯も参加し、重要伝統的建造物群の一角にある一戸建て住宅を宿泊体験施設「温泉津庵」として整備しました。1日1グループ(2~4人)限定を原則としており、朝食付き1泊大人1人8500円(税込み)で利用できます。温泉津温泉には旅館など宿泊施設もありますが、たまにはこんな古民家の宿でゆっくり暮らすように過ごすのも良いものです。

昔ながらの町並みの一角にある「温泉津庵」。1日1グループ限定でゆっくり過ごせる(画像提供:薬師湯)

 都会の暮らしや忙しい日々に疲れたとき、来てみませんか。

水津陽子(すいづ・ようこ)
 合同会社フォーティR&C代表。経営コンサルタント。地域資源を生かした観光や地域ブランドづくり、地域活性化・まちづくりに関する講演、コンサルティング、調査研究などを行う。

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