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特殊映像の設計を手掛けるVFX(視覚効果)の「スーパーバイザー」と「監督」という立場では、求められる責任と役割に大きな違いがある。CMや伊丹十三映画の仕事を通じて日本のVFX界をリードしていた山崎貴氏が監督として活躍するきっかけは、未来から来たロボットが少年少女とともに活躍する映画『ジュブナイル』(2000年)だった。

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『ジュブナイル』には、持てるすべてを突っ込みました。「下手をしたらこれが監督できる最後の作品になるかもしれない」という思いがあったので、やりたいことは全部入れようと思ったんです。

それまでためてきた「好きなこと」を全投入したものだから、後に撮影した作品にも、その片りんが見える。たしかに、あの映画には『ALWAYS 三丁目の夕日』も『SPACE BATTLESHIP ヤマト』も『寄生獣』も、入っていると思います。

超大作からの「戦略的撤退」でチャンスをつかむ

映画監督 山崎貴氏

映画監督 山崎貴氏

『ジュブナイル』を監督することになった経緯は、やや複雑でした。最初は阿部秀司プロデューサーの下で、超大作の企画が進んでいたんです。海外でロケハンもして制作に何十億円もかかるような話だったのですが、2年くらい企画が進んだところで「これ、無理なんじゃないか?」と思いました。

サイズダウンしないとヤバイぞと思って、深夜、こっそり脚本を書いていたんですよ。企画が膠着状態になった時にそれを持って行ったら、「これならやれる、やろう」となった。僕にとっては、いわば「戦略的撤退」でした。

当時、新人監督が手がけられる映画の予算はだいたいいくらくらいなのか、も調べました。そしたら、上限が1億円だということがわかった。VFXを使うからプラス5000万円として、1億5000万円くらいの制作費なら、なんとかなるだろうと思ったんです。

VFXの分は、実際の作業という形で会社に負担してもらえばいい。ちょうど『学校の怪談』シリーズがヒットしていた頃で、ああいうものなら、子役を使って撮れるし、特定のスターや監督の名前がなくてもスマッシュヒットが見込める、と踏んだんです。

うれしい誤算だったのは、直前に『踊る大捜査線 THE MOVIE』がヒットして、映画界全体が盛り上がったこと。同じようにロボットが登場する映画で新人監督の作品が出るよということで、予想以上にお金が集まっちゃった。それで、いきなり全国規模、夏休み公開が決まり、制作費が4億5000万円と、新人監督としては破格の規模でスタートを切ることができました。だから、『踊る』には足を向けて寝られないです(笑)。

助監督をしながら、下積みを経て、まっとうに監督になった人たちからしたら、僕は落下傘でいきなり降りてきたみたいなもの。同じようにできますよ、とは絶対に言えないですね。ひとつだけアドバイスできるとしたら、チャンスが巡ってきた時のつかまえ方に関して、でしょうか。

コツコツ仕事をしているだけだったら、なかなかチャンスは巡ってこない。自分はこうしたらいいと思う、こうすればうまくいく、ということを、アピールしておかないと。黙っているだけだったら、こいつはVFXの職人になりたいのか、監督がしたいのか、周りは全然、わからないわけです。どうしても監督になりたいんだったら、常にアピールして、いざというときに作品という形で見せられる準備をしておくことは、すごく大事だと思いますね。

「海賊とよばれた男」で見てほしいのはチーム力

僕はVFXをやりたいと思ってこの世界に入りましたけれど、いくらすごい映像をつくっても、それだけでお客さんが来てくれる時代ではないこともわかっています。役者さんの思いであったり、キャラクターの心の動きが表現できていなかったら、お客さんは来ない。

『海賊とよばれた男』に関しても、一番見てほしいのはチームが出来上がっていくところです。戦勝国に対して萎縮していたあの時代に、イランにタンカーを送るなんていう決断はむちゃくちゃです。だけど、それをわくわくしながらやれる人たちが集まって、チームができていたというのはすごいことだと思います。

決して(出光興産の創業者、出光佐三氏をモデルにした主人公)国岡鐡造(てつぞう)という1人のカリスマがいたということではない、と思うんです。もちろん、鐡造さんがものすごい求心力を持っていたのはたしかでしょうけれど。でも、僕自身が感じてほしいのは、それよりも集団としての力。最後は人なんだな、というところが伝わればいい。

僕のチームですか? これも、めちゃくちゃですよ。VFXのスーパーバイザーなんて長い付き合いですから、ものすごく怖い(笑)。向こうの言いたいこともわかるけど、そこで僕が「うん」と言ったら、後ろにいるスタッフ全員が疲弊しちゃうだろうなという時は悩みますね。

ハリウッドのような分業制を徹底すれば超大作はつくりやすくなりますが、一人ひとりが職人意識を持って仕事に取り組むことでモチベーションを高めている日本で導入すると、個々のモチベーションが下がってしまい、かえって効率が悪くなるんです。だから、僕のチームはそれぞれの仕事が緩やかに重なり合っている感じです。今のところそれが一番いいかな、という気がしています。

山崎貴氏(やまざき・たかし)
1964年、長野県生まれ。1986年、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業と同時に白組入社。2000年、『ジュブナイル』で映画監督デビュー。CGによる高度なビジュアルを駆使した映像表現・VFXの第一人者として活躍。05年には『ALWAYS 三丁目の夕日』が日本アカデミー賞において計12部門で最優秀賞を受賞。『SPACE BATTLESHIP ヤマト』(10年)、『STAND BY ME ドラえもん』(14年/八木竜一との共同監督)など多くの大作・話題作を手がけ、『永遠の0』(13年)は14年の年間邦画興行収入1位のメガヒットとなった。最新作は『海賊とよばれた男』

(ライター 曲沼美恵)

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(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社

(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社

海賊とよばれた男

 百田尚樹の400万部を超えるベストセラー小説を、やはり百田原作の大ヒット映画『永遠の0』と同じく山崎貴監督、岡田准一主演で映画化した。出光興産の創業者、出光佐三をモデルにした北九州の名もなき青年、国岡鐡造(てつぞう)は奇想天外な発想と型破りの行動力で石油元売りとして身を興す。敗戦後、欧米の国際石油資本(メジャー)と対立し、輸入ルートを封鎖されると、産油国イランへ秘密裏に巨大タンカーを派遣する賭けに出た。それはイランと石油権益を争う英国を敵に回すことを意味した。果たしてタンカーは英国艦隊の目をかいくぐり、無事に日本に帰還することができるのか……。全国東宝系で2016年12月10日(土)公開。

前回掲載「未来の妻が『海賊とよばれた男』の監督を生んだ」では、映画監督を志す契機となったエピソードを振り返ってもらいました。

「キャリアの原点」は原則木曜日に掲載します。

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