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国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回お薦めするのは、日本経済新聞社の石塚由紀夫編集委員による「資生堂インパクト」。今年は小池百合子氏が東京都知事に就任したり、民進党代表に蓮舫氏が選出されたり、女性リーダーの活躍が注目を集めた。本書では、資生堂の「働き方改革」をもとに、日本企業が抱える「働き方」の問題を考えた。

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石塚由紀夫 編集委員

石塚由紀夫 編集委員

著者は1964年新潟県生まれ。早稲田大学卒、88年日本経済新聞社入社。少子高齢化や女性のライフスタイル、企業の人事制度などを主に取材・執筆し、日経女性面の編集長も務めました。2015年には法政大学大学院経営学修士(MBA)を取得しました。

「マミートラック」からの脱却

「女性が働きやすい会社」とされてきた資生堂。化粧品の対面販売を担う美容部員をはじめ女性従業員も多く、仕事と子育ての両立支援に力を入れてきた同社が14年4月、従来方針を大きく転換し、新たな働き方改革に乗り出しました。

その内容は、1日の勤務時間を2時間まで短縮できる「育児短時間勤務」の運用を見直すというものでした。制度の利用者のほとんどが午後5時前に帰れる早番シフトに入り、休日勤務も免除されるケースが多かったといいます。これを「遅番、土日・休日勤務を検討してもらう」ように改めたのです。

改革の背景には、職場の不協和音がありました。制度の利用者が美容部員の約1割に達し、独身者など一部の社員に多忙な遅番が集中することとなり、不満の声があがっていたのです。職場の同僚が助け合いの気持ちでカバーするのも限界を迎えようとしていました。

15年秋、NHKの情報番組がこうした取り組みを「資生堂ショック」と題して取り上げると、インターネット上で同社への批判が飛び交うなど、大きな反響を呼びました。

12年末に発足した第2次安倍内閣は「女性が働きやすい環境を整え、社会に活力を取り戻す」という目標を掲げ、「女性活躍推進」というムードをつくってきました。こうしたなか、「女性に優しい会社」とされてきた資生堂による、社会の流れに逆行するかのような取り組みとして、とらえられたのです。

しかし、「育児短時間勤務=早番」という役割の固定化は、本人のキャリア形成上の問題もはらんでいました。いつも同じ時間帯で働くため、担当できる業務が限られてしまい、能力向上が思うように果たせないという弊害が生じていたのです。

 子どもを持つ女性のキャリア形成の遅れは多くの企業で生じている。子育てを理由に通常とは異なるキャリアコースを歩む「マミートラック」と呼ばれる現象だ。
 マミートラックは仕事の軽減と引き換えに昇進・昇格のチャンスが減る。望まずにマミートラックに追いやられた女性は「頑張ってもどうせ評価してくれない」と仕事へのやる気がそがれ、それを見た上司や職場の同僚は「やっぱり子どものいる女性に仕事は任せられない」と女性社員への評価を一段と下げる。そしてそれが女性社員のやる気をさらにそぐ。子育て中の女性社員にまつわる負の連鎖は多くの企業でみられる。
(86ページ 第2章 「マミートラック」の罠)

スーパーウーマンを求めないで

日本人女性の第1子出産平均年齢は約30歳。職場でも責任ある仕事を任されるようになり、仕事の面白さややりがいを覚える時期に育児期が訪れます。「子育て期が終わった後にも十分な活躍をしてもらうためにも、『育児時間=早番』の解消を会社は解消したかった」と著者は指摘します。しかし、「働き方改革」を行うためには男性側の意識改革も不可欠です。

 6歳未満の子どもを持つ夫の1日当たり家事・育児時間は日本では1時間7分。スウェーデン3時間21分、ドイツ3時間、米国2時間58分と比較し、先進諸国のなかで著しく短い。この数字は専業主婦世帯を含んでいるが、共働き世帯だけを抜き出しても状況は変わらない。共働き夫婦の妻が1日平均6時間8分を家事・育児に費やしているのに夫は1時間10分間で、およそ5倍の開きがある。
(120ページ 第3章 男性の活躍推進)

1980年代の米国では、女性は職場と家庭の両方でフル回転が期待されていました。米国の社会学者、アーリー・ホックシールド氏はこうした状況を「セカンド・シフト」と名付けます。

その後、米国では、男性も家事・育児を担い、補いきれない部分は積極的に家事代行サービスを利用することで、妻が外で働き続ける環境を整えてきました。著者も「セカンド・シフトを完璧にこなせるスーパーウーマンはどこにもいない。企業での女性活躍を実現したいなら、家庭における男性の活躍推進も同時に進める必要がある」と述べます。

「女性活躍推進」は一朝一夕には進みません。政府は「2020年までに女性の管理職比率30%」という目標を掲げます。資生堂は20年を待たずに目標を達成する見通しでが、これは05年に社内で目標を設定、10年以上もかけて取り組んだ成果です。

こうした取り組みは1987年、福原義春氏の社長就任を契機に推し進められるようになりました。そこから考えると約30年をかけています。このように長い時間をかけて「女性活躍推進」に取り組んでいる企業はまだまだ少ないのではないでしょうか。

6割の女性が握る日本企業の未来

 女性活躍推進施策の1つに「ロールモデル」がある。将来の目標としてほしい社内の先輩女性を若手女性社員に例示し、自分が今後歩むべき道を具体的にイメージしてもらうための試みだ。以前からある女性活躍施策なのだが、最近特にロールモデル施策の評価・評判が芳しくない。会社は通常、社内の女性管理職をロールモデルに指名する。しかし先の調査結果で示したとおり、キャリアと家庭をうまく両立できている女性は少なく、むしろ下の世代の女性社員からすると目標にしづらい。「あんなに頑張らないとキャリアは築けないのか」と、むしろモチベーションダウンの原因にもなっている。
(241ページ 第7章 女性活躍3つの誤解)

英国の社会学者キャサリン・ハキム氏が分類した現代女性のキャリア意識を日本流に置き換えると、仕事を最優先する「バリキャリ」と家庭を第一に考える「ゆるキャリ」はそれぞれ女性の2割を占めます。残り6割は外部環境などに応じ、優先順位を柔軟に変えているのです。彼女たちの動向こそが、女性活躍の成否のカギを握っているといえそうです。

日本では少子高齢化により20年後の36年には、大学卒業年齢にあたる22歳人口は100万人を割り込む見通しです。今後の生活にも大きく関わる「待ったなし」の改革に向けて、男女問わず頭に入れておきたい戦略と背景が詰まった1冊です。

◆担当編集者からひとこと 渡辺一
 「女性問題の本」は売れない。働く女性の話題は増える一方なのに、どうしてだろう。著者と何度もそんな話を繰り返しながらできあがったのが本書です。
 テーマである資生堂の人事制度改革は、子育て中の社員もしっかり働き、キャリアを築いてもらうことが本旨です。ところが本書の内容を詰めているさなかに、テレビ番組が「資生堂ショック」として改革を取り上げ、ネットでは「子育て中の社員に冷たい」などと"炎上"。改革への誤解を正すことが、女性のさらなる活躍のためにも重要だと考え、刊行を急ぎました。
 性差には一定の配慮は必要ですが、過剰なとなっては女性活躍推進につながりません。昨今の女性活躍ブームに違和感を持つ方にこそ読んでいただきたいと思います。

(雨宮百子)

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

資生堂インパクト ―子育てを聖域にしない経営

著者 : 石塚 由紀夫
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,620円 (税込み)

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