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最先端ヘッジファンド 「人間離れ」にまっしぐら SMBC信託銀行 プロダクト統括部 合田幸恵

2016/11/24

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 ヘッジファンドという名称は、市場が荒れると悪の代名詞のように使われがちです。でも実は「ヘッジ」は古英語で「垣根、障害」を意味し、それが16世紀末に「身をかわして障害を避けること」、17世紀に「損失や賭けに対するお金の保全」へと発展したもの。つまりヘッジファンドの本質はリスクヘッジや保全なのです。「プロに勝とうとするな」とは、世界最大級のヘッジファンドハウスのブリッジウォーター・アソシエイツのCEO、レイモンド・ダリオ氏から投資家に向けたアドバイスですが、謙虚なヘッジファンドマネジャーは、常に自分の判断についてヘッジするよう努めているからこそ成功があるといえます。

 今回はこの「誰もが認める運用のプロ」ヘッジファンドを取り上げ、その現状や最先端の試みについて見ていきたいと思います。

■ヘッジファンドの資産残高は過去最高の規模

 まず、ヘッジファンドは一体誰が始めたのでしょう? その始祖はコロンビア大学の社会学博士でフォーチュン誌の記者だったアルフレッド・ジョーンズ氏で、彼が今から67年前の1949年に設定したファンドだとされています。これは今でいう「株式ロング・ショート戦略」(割安な株を買い、同時に割高な株を空売りする手法)に分類されるものでした。株価の変動をヘッジしてリスクを抑えると同時に、ジョーンズ氏がより自信を持てる銘柄にレバレッジをかけて投資し、高い収益獲得を目指したのです。

 その後、現在に至るまで「グローバル・マクロ戦略」や「イベント・ドリブン戦略」など、多様なタイプの戦略を駆使するヘッジファンドが登場しました。2016年9月末時点でのヘッジファンドの資産残高は過去最高の3兆ドル(約330兆円)近くに達し、この10年間で約2倍に成長しています。

 ヘッジファンドはよく「ハイリスク・ハイリターンな運用商品」と説明されますが、本来はひとくくりにできるようなものではなく内容は様々で、機関投資家が債券の代替商品として投資するような低リスクのものもあります。専門書も「ヘッジファンドに明確な定義はない」と説明していますが、共通する主な特徴としては「レバレッジを含めた運用の自由度の高さ」「どんな相場環境でも収益獲得を目指す“絶対収益型”であること」「成功報酬体系」「富裕層や機関投資家向けの商品であること」などが挙げられます。

■テクノロジー競争へ向かうヘッジファンド業界

 ヘッジファンドといえば「リーマン・ショック以来、高水準の資金流出が続き、業界は縮小している」という話を耳にします。しかし16年度に純資産額が過去最高に達するなど、データが示しているのは、現実は必ずしも悲観的ではないということです(図表1)。15年第4四半期以降、投資家の資金流出が続き、ヘッジファンドの新規設定数よりも閉鎖数が上回る状態は続いています。しかし最近の投資家調査によると、解約した投資家はより魅力的なヘッジファンドに資産を移しているようです。ヘッジファンドの情報開示や流動性が向上したことから、投資家がファンド評価を行い、乗り換えやすくなったことが背景といえるでしょう。

出所:Hedge Fund Research, Inc. 、SMBC信託銀行。上図は2016年9月末、下図は2016年6月末までの推定値

 ただ、ヘッジファンドは運用成績で判断され、成績が悪ければ資金が流出し、あっという間に淘汰されてしまう業界です。一時は最大手として名をはせたファンドでも、運用の失敗や不正取引などで閉鎖に追い込まれたり、投資家に資金を返すことになったりしたものも数多く存在します。一方で、何度どん底に落ちても不死鳥のようによみがえったり、長い間ほぼトップクラスに居続けたりするヘッジファンドも存在します(図表2)。

出所:Institutional Investor's Alpha, Bloomberg, Reuters, SMBC信託銀行

 図表2のランキングで10年間10位以内にランクインし続けたのは唯一、「ルネッサンス・テクノロジーズ」だけでした。「謎の多いヘッジファンド」とされる同社の創業者は天才数学者ジェームズ・シモンズ氏で、既に引退していますが、人間が陥りやすい感情や認知バイアスをすべて排除し、まるでロボットのような運用を創業以来貫いてきたのが特徴です。同社は数学、物理学、統計学などの博士号を持つ社員を100人以上抱えていますが、チームには経済や金融の専門家はいません。人間の思い込みは正しい判断を鈍らせるとして、経済のファンダメンタルズ分析や人間の経験を一切運用に取り入れないからです。

 最近では大手ヘッジファンドが最先端のAI(人工知能)の技術者をGoogleやAppleから引き抜いたり、AIの世界的権威を集め、完全AIによるヘッジファンドを設立したりする動きが世間の注目を集めています。古い投資理論や人間の判断に基づくことに限界を感じ、機械学習やディープラーニング(深層学習)などAIの研究成果を投資に生かそうとしているのです。

 ヘッジファンド業界の大半は、自社や他社が開発した運用テクノロジー(HFT=高頻度取引、アルゴリズムによる自動トレード、AIによるデータ分析など)を利用し、競争力強化に努めています。人間の判断を極力取り除いた運用を行っているファンドは既に全体の10%にものぼります。07年には「クオンツ・ショック」が起こりました。あるファンドの成功モデルを別のファンドが複製使用することで、いつの間にかその成功が害されていたことが明るみに出たのです。しかし、最新のAIは他のファンドに複製されたことを発見すると、すぐさま異なる種類のモデル(別の機械学習)に切り替えます。過去のショックを繰り返さないようなロジックの選択を、AI自らが行おうとしているのです。

■ヘッジファンドの為替離れ

 さて、ランキングに名がある有名ヘッジファンドに「為替特化型」のものがないことにお気づきでしょうか。かつては「FXコンセプツ」という為替特化型の大手ヘッジファンドも存在しましたし、大手マクロヘッジファンドから独立した為替ファンドもありました。しかし、これらは既に閉鎖したり、他のファンドにサブ戦略の一つとして吸収されたりしました。

 その理由は、高い自由度をもって運用できるヘッジファンドは為替に特化する必要がないこと、為替から得られるリターンがその不確実性(リスク)に対して魅力的ではないこと、などでした。長く安定的に成功し続けているマネジャーほど、より広範な投資対象を分析・モニタリングし、集中投資を避け、分散の上にさらにポジションのリスクヘッジを行うことで最終的な利益を少しでも確実なものにしています。つまり、為替への一極集中投資は超合理的な最先端ヘッジファンドにとっては「取り得ない選択肢」なのです。

 では最後のまとめです。今回は少し難しい話になりましたが、最先端のヘッジファンドは、より厳密にリスクやコストを管理してポートフォリオ全体の収益の最大化に努めています。第8回「なぜ円は独歩高になりやすい? 為替レートの不思議」でもお話ししたように、運用の目的は為替で高い収益を狙うことだけではありません。リスクヘッジやコストを下げることも重要であり、そうした目的のためには、個人投資家にとってもヘッジファンドの手法や考え方は参考になる、ということです。

合田 幸恵 (ごうだ・ゆきえ) SMBC信託銀行 プロダクト統括部 シニア・クオンツ・ストラテジスト。外資系大手運用機関にて、リサーチ・オフィサー及びストラテジストとして多岐にわたる運用戦略に従事。公的機関への運用コンサルタントも務めた。2016年4月から現職。定量アプローチに基づく運用モデルの開発や投資関連の調査研究を行う。工学修士。日本証券アナリスト協会検定会員。

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