秋本治 『こち亀』終えても「有給休暇をとらない!」
「あの不真面目でいい加減な(主人公の)両さんが40年間休まず勤務したので、この辺で有給休暇を与え、休ませてあげようと思います」。40年続いた少年漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(こち亀)の連載を終えた9月、作者の秋本治は最終回を掲載した漫画誌「週刊少年ジャンプ42号」にメッセージを寄せた。それから3カ月。同号で予告した通り、新作4本を携えて雑誌連載に戻ってくる。「僕は有給休暇を取らない!」と宣言する秋本が、マスコミ向けの新作発表会で意気込みを語った。
1本目は今月、集英社の青年漫画誌「グランドジャンプ」でスタートする「BLACK TIGER」。女性ガンマンが主人公の西部劇だ。以後、2017年の3月にかけて、月刊少年ジャンプで不定期連載していたスパイアクション漫画「Mr.Clice」、京都・亀岡の女子高生の青春群像劇「京都女学院物語」、ウルトラジャンプで掲載した下町の銭湯を舞台にした人情物語「いいゆだね!」を不定期連載する予定だ。
「『少年ジャンプ』で描いてきて、やっぱり少年誌には少年誌ならではの描き方があるので、前から両さん(こち亀)を終えたら青年誌に描こうというのは決めていました。描きたいものは7作ぐらいあったが『どうしても』というものを4作に絞り込んだ。同時に毎週とか隔週で連載するのは無理だけど、各作の掲載の間を1カ月とか2カ月空けたシリーズ連載ならばできる。それで、こち亀が終わる時に各雑誌の編集部に『できれば、間をあけた連載でやりたい。よろしいですか』と企画書を出したら『その形でやらせて下さい』となりました」
「『Mr.Clice』と『いいゆだね!』は両さんをやりながらも続けていた作品。でも2作とも長く描けていなくて『今度いつ描くんですか』と手紙がいっぱい来ていたので、この2作はやりたいと思いました。『京都女学院物語』については、京都を舞台にした作品を描きたかった。僕は京都が好きで、京都アニメーション(アニメ制作会社)の作品もすごく好き。今までは東京を舞台にした作品が多かったけど、今回は京都の郊外の亀岡を舞台にした作品を描きます。僕は少女漫画が好きなのですが、そこで暮らす女の子たちのラブ抜きの日常を描ければと思っています。
亀岡には3回ぐらい行きましたが、京都の市街地から近いのに(街の周囲に)畑と山が広がる景色がすごく印象に残っていて。こんな原風景のような街をいつか描いてみたい、というのが頭のなかにずっとありました。映画館はなくて、街には(チェーン店ではなく)地元のお店ばかりというのも気に入って。そういうローカルっぽい感じがあり(加えて)きれいな自然やいい神社がある。どんどん作品のイメージが湧いてきた。今回のテーマとしては、五重の塔とか舞妓(まいこ)さんを一切出さずに京都の古い感じではなく、裏道やコンサート会場とか新しい感じの京都を表現できればなあと思っています。(こち亀の舞台の)亀有と亀岡は『亀』の字が一緒ですが、後から人に言われて『あっ、そうか』と気づきました。亀有も昔は知られてませんでしたからね。この漫画もある意味、両さんと同じで地元を発信する作品になればと思います」
「『BLACK TIGER』については、僕は少年時代に西部劇がすごく大好きで、誰もいま描いていない西部劇をぜひやりたいと編集に打診しました。自分のルーツである劇画で描こうと、色も黒くして、スクリーントーンもなるべく使わないように、キャラクターもほとんどしゃべらない、という形で進めています。僕は少女漫画から手塚作品まで(名作漫画を)すべて見てきて、それぞれに影響を受けてきた。特に中学のときにはやった劇画の波はものすごくて、漫画の世界が変わったんですね。手塚先生中心のほのぼのとした漫画がリアルな漫画になって、『少年マガジン』という雑誌がどんどん劇画を入れだしたんですよ。それを見て『こんなに新しい作品があるのか』とものすごく影響を受けた。僕も(初期は)新しいアクション漫画を描こうとしていたのですが、どういうわけかギャグのほうに行ってしまいまして。だから今回は初心に戻って、描いています」
「4作をシリーズ連載で始めるというのは、実験でもあります。ベテランが週刊や隔週の連載をするのは結構大変だと思うんですよ。また作家は描きたいものがいっぱいあるものだけど、1作を終わらせないと次の1作を描けないというのがあって。それをシリーズ連載で複数の作品をまわしていければ理想的な形ですよね。今後は、この新しいスタイルでベテランがやれれば面白いんじゃないかなあ、という実験です」
「(有給休暇は)僕はとらないです。両さんを休暇に出している間に新作を描こうというのがありますね。(長期連載が終わったから)休むんでしょ、とされちゃうのは僕には違う感じ。逆に時間が空いたから『よし新しいのが描けるぞ』と。新作が描けるということが僕にとっての有給休暇みたいなものなので。創作意欲が湧いた時がいちばんいい作品を描けると思いますが、今がその時期です。やはり僕自身は仕事をしていた方が落ち着くんですよね。仕事なんだけど、趣味でも漫画を描いちゃうほうですから。
4作は、どうせならば両さんと逆のベクトルで挑戦しようとした作品です。こち亀が好きな人には『全然違う』と言われそうですけど、そうではなくて、そういう世界も持っているのが秋本治という作家なんだよと。そう伝えられればいいなと思います」
「(今も)朝の9時から夜の8時まで、ずっと仕事をしている。こち亀連載時と描いている時間は全く同じ。ただ両さんのネーム(下書き)をやらなくなったので『ああっ、本当に両さん終わったんだ』と感じて、ちょっと寂しいなと思っています」
「僕も子供の頃から見ていた作品が終わると、本当に寂しかった。長く連載を続けてきて(読者がそういう気持ちを抱くことも)重々分かっていました。ただ僕自身が新しい作品を描いてみたいという思いがある。コミックスの200巻が見えてきてジャンプの42号で40周年だと分かってから『こち亀の今後はどうするかな』とすごく悩んで、編集とも相談しました。年明けの本当にギリギリまで迷っていましたが、両さんの花道は40周年のお祝いがいいだろうと。コミックスも200巻が出るから、ここでひとまず休もうよと。これなら読者も、両さんも納得してくれるかなというところで連載終了の決断になりました。
『40年続けるのは大変だったでしょう』と言われますが、こち亀はギャグの1話完結なので、1回終わるごとに自分の中でリセットしていくんですよ。最初の10年までは『10年描いたなあ』と思ったけど、そのあとは毎回、1つずつ終わらせていく感じ。今年も最終話に向けて1話ずつ終わらせていった。『BLEACH』『NARUTO』(少年ジャンプの長編ストーリー漫画)みたいに、大きい流れが終わるわけではないので、自分のなかでやりきった感じはありますが、そんなに残念な思いは感じていません。もっとも、こち亀は僕にとって大事な作品です。今後も機会があればと思っていますから、頭の片隅に絶えずあります」
(文化部 諸岡良宣)
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