飛行機が欲しくなっちゃいそう…
立川談笑
テーマは、「高かった買い物」
都内の、たとえば銀座だとか青山あたりの目ん玉が飛び出しそうなほど高価な品物を扱う店を想像してください。ショーウィンドーは四季折々に趣向を凝らした演出で、上品な照明に輝いています。中からは素敵な衣装をまとったマネキン人形やきらびやかなジュエリーたちが、行き交う人々に余裕のほほ笑みを投げかけてくる。それもかなりの上から目線で。その光景は、ことさらに露出を強調したドレス姿のセレブ女優たちを連想させます。
「ほうら。目をそらさないで、もっと私に注目しなさい。そしてもっと欲しがりなさい。きっと、あなたの手は届かないでしょうけどね。うふふ」
そんなとき、私は商品に添えられた価格に注目して「ある法則」を確認するのです。その法則とは、「価格表示反比例の法則」。私の勝手な造語です。商品の価格が高くなればなるほど、表示のサイズは小さくなる。婦人型マネキンの足元には名刺サイズの小さなプレートがあって、そこには文字が詰まっています。
ジャケット 520,720円
ブラウス 227,880円
ボトムス 250,000円
シューズ 180,000円
数字なんかもう米粒サイズで、顔を近づけて目を凝らしてゼロの数をひとつずつ「いち、じゅう、ひゃく、せん……」と数えて、間違ったと思って入念に数え直して最後に「ぶふふっ。高ッ!」ってなる。この最後の「ぶふふっ」までを含めたこれが、「価格表示反比例の法則」です。高額になるほど価格表示はどんどん小さくなっていき、最後にはなんと消えてなくなることも私は知っています。価格表示のないお店。なんとも恐ろしい。
これに比べて、100円ショップの看板の大きいこと!
私が会った中でもっとも裕福だと思われる人に、思い切って尋ねてみました。
「これまでで一番高かった買い物って、何ですか」
「うーん。そうねえ、ジェット機かなあ」
「うへえ。さすがですね。お忙しいから、プライベートジェットで飛び回るんですね」
「いやいや。旅客機の方」
「りょ、りょかっきぃ~!?」
ジャンボ旅客機。それも2機を、お買い上げですと。
お話の主は、ある有名企業の社長さんです。バブル期に不動産事業で儲けたといいます。次から次へと不動産に投資をしていく世の潮流の中で、雪ダルマ式に大きくなった資金をさらに次の不動産……ではなく目線を切り替えて旅客機購入に振り向けた、と。その後バブルが弾けて、不動産価格とともに多くの企業が奈落の底に沈んでいったところを、間一髪飛行機で切り抜けた。まさに雲の上から高みの見物です。
旅客機を実際に運用をするのは航空会社で、リース料が毎年ドカンドカンと入ってくる。
「この収入が大きくってね。わが社の経営を支えてくれてます。わっはっは」
当時のジャンボジェットの代金とはいったい「おいくら万円」だったのか。物価もろもろの換算修正を省くために、今どきの似かよったものを当てはめてみます。たとえば最新鋭旅客機ボーイング787だと約250億円ですって。おおう。ゼロがいくつ並ぶんだ。まずは@単価として表記してみましょう。
@25000000000
わはは。なんだこの形は。はらぺこあおむしか!
@25000000000
うーん、全角にすると野球のスコアボードみたい。とっくに延長戦突入だ。
で、これが2機ってことは。しめて、500億円也。ほほーん。ははーん。お買い物が巨額すぎて理解を超えてしまいました。少し落ち着きましょうか。500億円。吉野家換算だと、牛丼を日本国民に1杯ずつ。あるいは、すべての都道府県に10億円ずつ寄付ができる。しかも30億円余る。だから、どうした。ですね。全く心も落ち着きません。
ともあれ、買い「物」として最も高い部類であることに間違いないでしょう。
飛行機つながりで買い物の話題を続けます。ジャンボジェット(ボーイング747-400)よりも巨大な、エアバス380を3万円で買うってのは、どうですか。こちらは200分の1スケール、つまり模型飛行機です。ダイキャスト製でずしりと重い。彩色も見事なこの手の模型が何とも魅力的なんです。大きいものを小さくして、軽い材質をわざわざ重く、いろいろ逆方向で混乱する部分もありますが値段も手ごろなだけに心引かれるのですよ。乗り物模型全般を扱う天賞堂(銀座)やイカロス出版(市ヶ谷)といったショップに足を踏み入れると、想像を絶する品ぞろえにかなり興奮します。
とはいえ、航空機模型をいざ買うとなると、まずは置き場所に困るなと思いとどまるわけです。200分の1モデルなら最低でも50cm立方ほどのスペースは確保したい。次に、様々な機体、航空会社とデザインの中からひとつだけを選ぶのが難しい。なんとか場所を見つけて飾ったところで、そこにある種の主張がにじむことになるからです。見た人に疑問を抱かせますよ。
「カンタス航空。何かオーストラリアに思い入れでも?」
「キャセイ航空ですか。意外に中国びいきなんですね」
「ほお。JALってことは、ANAはお嫌い?」
なんて言われるのは面倒だし、言われなきゃ言われないなりに(ああ、心で思っていながら言い出さないんだな)なんて詮索してしまいそうで。というのも、私自身がそんなときそういう疑問を抱くから。いっそのこと地味なところで海上保安庁のプロペラ機、ボンバルディアのDHC-8-300でもいいんだけど、それはそれでさらに疑問を膨らませそうだし、もはや当初の目的を見失ってる気がします。
やっぱり模型じゃなくて、本物の飛行機を買いに行きましょうか。いや、私は買ってはいないんですよ。買ってはいないんだけれども、激しく心揺さぶられる場所があるのです。「あ、この飛行機買っちゃおうかな」という気にさせるところが。
調布飛行場には、滑走路に面して建つカフェレストランがあります。その名も「プロペラカフェ」。アメリカンなバーガーやふわとろオムライスといった料理に、本気のシミュレーター、滑走路ビューなどの魅力がたくさんある中で。店内の壁に並べて貼ってあるお品書きが何といっても見ものです。通常ならそれぞれが「目玉焼きのせハンバーグ定食」「エビフライ定食」など料理の写真と値段、ちょっとコメントとして「この時期、旬!」「おススメ!」があったりする。そのポジションにあるのが、すべて飛行機なんです。壁に小型飛行機のお品書きがずらり。風変わりな小料理屋さんのようです。気軽すぎ。もしこの場で買ったら「お持ち帰りになります?」くらいの雰囲気です。
どれも横の格納庫にあるもので、現品限り。価格も、中古なら200万円前後からとちょっとした乗用車並みです。現実的に手が届くというのが、なんともドキドキします。
いやあ、それでも維持費だとか大変なんだろうなあ。というか、それ以前に飛行機の免許なんて持ってないもの。あ、そもそも飛行機以前に自動車の運転免許すら持ってなかったんだっけ。高い買い物、してないじゃん。
☆ ☆ ☆
次のテーマは「ラーメン」。これは書きやすいだろう。笑二から。頼んだよっ!
(次回11月20日は立川笑二さんの予定です)
<今後の予定>独演会は12月17日の予定。吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子らとともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は11月25日、12月25日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/
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