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サーバントリーダーがそのリーダーシップを発揮するための組織のあり方がグリーンリーフによって提唱されています。

組織編成には2つの伝統があります。1つ目はヒエラルキーモデルで、ピラミッド構造の頂点に1人の人間が責任者として就きます。これはおよそあらゆる組織に適用されており、このモデルの前提や欠点に誰も疑問を発していません。私たちも案外その1人です。

アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

しかし、ヒエラルキー構造が組織編成の最高の形態かというとそうではありません。例えばいったん問題が発生すると問題解決のための"強力なリーダーシップ"が嘱望され、トップにいる1人の人間の支配力を強めようという力が働きます。その結果、問題は緩和されるどころかかえって悪化してしまうものである、とグリーンリーフは喝破します。また、ヒエラルキーモデルはトップによるタイムリーな決断を期待して支持されていますが、実際のところトップはなかなか決断できないものなのです。

これに対し、サーバントリーダーシップは「対等なメンバーの中の第一人者」という組織モデルを前提にします。この場合、リーダーは組織内の同僚の中で第一人者ではありますが、必ずしもヒエラルキー上の責任者である必要はありません。その意味でこのリーダーシップモデルは、組織に所属する全員がリーダーになりうる可能性を示唆しています。

ヒエラルキー構造を「管理」によって規律と一貫性を保つ公式なタテの組織構造とすると、このモデルは「リーダーシップ」によって先導された非公式なチームによるヨコの"イニシアチブ"とも言えます。同時に公式な組織構造がばらばらにならないようにする接着剤の役割も果たします。

サーバントリーダーが力を発揮するのはこのような非公式な組織ですが、1つだけ条件があるとしたら、サーバントリーダーが対等なメンバーから第一人者として認められていることです。

ケーススタディー:新津春子さんの思い

新津春子さんという名前を聞いたことがあるでしょうか? 最近ではNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に2回も登場し、有名になられましたから、知っている方も多いかもしれません。

新津さんは現在、羽田空港ターミナルビルの清掃の実技指導者ですが、羽田空港は2013年、14年、16年に、航空会社のサービス評価を手がける英スカイトラックス社の国際空港評価「ザ・ワールド・クリーネスト・エアポート」部門において1位となりました。その背景には新津さんのリーダーシップ、すなわち、ヒエラルキーのトップとしてのリーダーシップではなく、清掃に従事する一員としての情熱と技量に先導されたサーバントリーダーシップがあります。

新津さんは中国・藩陽に生まれ、17歳で来日して以来、25年以上清掃の仕事を続けている"清掃のプロ"ともいうべき方で、現在は羽田空港の清掃スタッフ約500人を指導する立場にいます。

しかし、清掃という仕事は3Kと言われているように、誰からも好まれる仕事というわけではなく、また社会的地位も高い職業とは認識されていません。

その中で新津さんは、「清掃の仕事がいやだと思ったり、清掃員であることを恥ずかしいと感じたりしことは一度もありません」と言い、むしろ「ひとつクリアすると次の目標ができる」という清掃の仕事が大好きで、自ら進んでビルクリーニングに関する専門学校(東京都立品川高等職業訓練学校)に入学して清掃そのものを体系的に学んだほどです。

この専門学校に入ったとき、新津さんは「ビルクリーニングというものの全貌があらためてわかり、合理的なやり方を教えてもらえると思っただけで、ワクワクしていました」と著書に書いています。本当に心から清掃という仕事が好きで、自らのスキルアップにやりがいをもって取り組んだのです。そして努力して技能を磨いた結果、27歳のときに全国ビルクリーニング技能競技会で最年少優勝を勝ち取りました。

トップダウンだけでは組織パフォーマンスは上がらない

新津さんのような清掃の第一人者が"対等なメンバー"で構成されている職場に1人いるだけで、その職場のパフォーマンスが向上することは、羽田空港が直近4年で3回も世界一きれいな空港と認定されたことでも証明されています。もちろん、新津さんのようなサーバントリーダーだけで組織全体のパフォーマンスが上がるわけではありませんが、少なくともトップダウンの指示だけで組織パフォーマンスを上げることはできません。

実は筆者は清掃を主業務としたあるビルメンテナンス企業の経営改革プロジェクトにコンサルタントとして携わった経験があります。そこで浮かび上がった課題はおよそ以下のようなものです。

・ 清掃に対するマインド・心が伴っていない
・ それぞれの役割に求められる専門スキルが定義されていない
・ 現場作業者に標準作業が浸透していない
・ 全社レベルでの作業標準や教育マニュアルは基本的なものしかない
・ やりやすい作業手順が蓄積・共有されない
・ 清掃員の管理・育成は現場長任せ
・ あるべき人材像が定まっていない
・ 短期で辞めてしまうパート・契約社員が多い
・ 管理者が現場実務を知らない
・ 効率的な業務遂行を推進する組織がない
・ お褒めや表彰、厳罰など「アメ」と「ムチ」になる仕組みが明確になっていない

このような課題は(清掃に限らず)定常的な作業を請け負う事業体には多かれ少なかれ内在する課題ですが、特に「専門スキル」や「マインド」といった本来プロフェッショナル組織に不可欠な要素を植えつけるための先導役・現場リーダーは必須であり、ヒエラルキーの高いところから命ずるだけでは組織は動きません。どうしても、現場目線の献身的なリーダー、旗振り役、すなわちサーバントリーダーの存在が必要なのです。

新津さんは、自らこう言っています。

 「誰がここをきれいにしたかは問題じゃない」
 「皆さんがきれいな所で幸せな気持ちになってもらえることが、何よりも大切!」

これは、概念を明確な目標として表現したうえで、「私は行く。一緒に来たまえ!」と、先頭に立って宣言するサーバントリーダーのマインドセットです。

さらに、自著のなかで、

 「私一人で全員を管理しているわけではなく、現場にはそれぞれ責任者がいて、協力してやっているんですね。ただ、技術的なことに関しては、清掃技術を改善・開発したり、スタッフを教育したりといったことを20年かけて私がほとんど1人でやってきましたし、パートナー会社さんからも依頼があれば指導をしてきました。そういう意味では私はすべてのスタッフの上司だし直接アドバイスしたりサポートしたりしています。説明するとそういうことになりますが、でも、自分が上司だとか、管理する側だとか、私は全然考えていません。私はみんなを仲間だと思っているだけです」

と語っています。

ひとつの職場の中に新津さんのようなサーバントリーダーがいる組織、そのリーダーに触発されて自ら能動的に働くメンバーがいる組織は強く、羽田空港の例のように大きな成果を生み出します。

逆に言うと、ヒエラルキーのトップにいるリーダーは、常に現場における顕在的・潜在的サーバントリーダーを目を皿のようにして探し、そのリーダーに大きく自律的な権限を付与するように努めなければいけません。新津さんも上司に見いだされて、その才能が熱意とともに開花した1人です。

◎参考図書:新津春子著「世界一清潔な空港の清掃人」(朝日新聞出版) / 新津春子著「清掃はやさしさ」(ポプラ社)

森洋之進氏(もり・ようのしん)
アーサー・D・リトル パートナー

東北大学工学部機械工学修士課程修了。米カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。大手電子機械メーカー(商品企画、設計・開発、海外戦略立案、合弁会社設立等)、米国系経営コンサルタント会社勤務を経て、ADLに参画。経済産業省「産業構造審議会知的財産政策部会経営・情報開示小委員会」委員、同省「特許権流動化・証券化研究会」委員。製造業を中心とする国内、海外における事業戦略立案、技術戦略立案、知的財産戦略立案、経営革新支援などを手掛けている。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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サーバントリーダーシップ

著者 : ロバート・K・グリーンリーフ
出版 : 英治出版
価格 : 3,024円 (税込み)

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