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イケアが3年越しで開発 食卓で食べない新食器群

2016/11/20

例えば米国では、ダイニング以外で食事をとる人が増えている。ソファでパスタを食べるときは、深めのボウルなら片手で持って食べやすい
日経デザイン

 50カ国以上で店舗を展開する家具販売大手のイケア(スウェーデン)。人気の秘密はデザイン性と価格の安さだ。根底にあるのは「より良い暮らしをより多くの人に提供したい」という発想である。本記事では、食器や調理器具の定番「IKEA 365+」シリーズの開発チームを本国で取材。昨年刷新したIKEA 365+の「ディナーウェア」と呼ぶ食器群は、開発に3年もかけていた。世界中で若者を中心に大きく変わりつつある食のシーンに対応し、特に都市の狭い住宅で快適に暮らせるようにする狙いがあるという。

■世界の家庭を1000軒訪ね、ニーズを見極め

 現在の生活者の日常に自然になじみ、しかも長く使い続けられる。そんな生活アイテムを目指したIKEA 365+シリーズには、大小さまざまなプレートやグラスなどの食器、鍋や包丁といった調理器具などの品ぞろえがある。これらのうち昨年(2015年)4月にリニューアルしたディナーウェアシリーズは、一見なんの変哲もないボウルやプレート、カップなどの食器群に見えるが、実に3年もの開発期間が費やされている。日本では149~1299円で販売中である。

昨年リニューアルした「IKEA 365+」のディナーウェアシリーズ。複数の形状やサイズのボウルやプレート、カップがある。価格は149円から。都市住宅の狭いキッチンでも場所をとらず、コンパクトに収まる。積み重ね時の美しさにも配慮

 日常アイテムの開発にここまで時間を掛ける例は、おそらく日本では少ないだろう。だがイケアでは「2年、3年のスパンでじっくり開発するのは決して珍しいことではない」と、IKEA 365+の新しい食器を開発した、イケアのジョセフィン・シォーヴァル氏(ビジネスリーダー)とカリン・エングクヴィスト氏(プロダクトデベロッパー)は口をそろえる。

 イケアの商品開発は、まず「ホームビジット」と呼ばれる家庭訪問調査から始まる。開発部門のスタッフたちは、年間1000軒ほどの世界中の家庭を回る。そこで、今の消費者がどのような生活の悩みを抱えているのか、求めているのはどのような暮らし方かを分析するのだ。

IKEA 365+ の新しい食器を開発した、イケアのカリン・エングクヴィスト氏(プロダクトデベロッパー、写真左)とジョセフィン・シォーヴァル氏(ビジネスリーダー)(写真:明智直子)

 さらにIKEA 365+シリーズの開発チームは、「インスピレーショナルトリップ」という視察旅行も取り入れた。旅行を通して家庭訪問だけでは分からない異なる国の文化に広く触れ、人々の生活を注意深く観察する。そこでの経験は商品開発へと生かされ、より多くの人が必要とするデザインにつながる。

■都市の狭い住宅で快適に暮らす

 こうした調査から導いたテーマの1つが「スモールスペース」という考え方だ。イケアが今後注力していこうとするアジア、そして都市圏では狭い住宅の中でいかに快適に暮らすかが焦点になっている。

 特に若い世代を中心に、大きな生活空間を求めずコンパクトに暮らしたがる傾向があるなかで、空間を有効活用することが欠かせなくなっている。家具から生活用品まで、その問題を解決するためにイケアは今、新たな商品開発手法やその改良にも取り組んでいるのだ。

 では、食器でこうした社会テーマにどう取り組むか。その回答として選んだ要素が「超多用途」「スタッキングしたときの姿の美しさ」「省スペース」だった。

■若い人を中心に食のシーンが世界中で変化

消費者の食生活や食のシーンが大きく変わっていることに気付き、そうした生活に合う食器を開発した。ソファやベッドサイドで食べやすい形、時には調理器具にもなるような多用途がテーマだった

 世界各国を回り、生活者の食生活を自分たちの目で見ると、若い人を中心に食のシーンが大きく変わっていることに気付いたと言う。食事は食卓で取るもの、という概念が薄れつつあるというのだ。

 例えば米国ではソファで足を組み、その上に深めの皿を置いてパスタを食べているような光景が日常的になっている。天気のいい日はベランダや庭で昼食を取りたいし、朝はベッドサイドにトレーを置いてフルーツやシリアルを食べる。

深めのボウルは、麺類や汁物にも適す。ボウルの上にプレートを重ねれば、おかずと一緒に持ち運びやすく、箸も置ける

 食のシーンが多様化しているなかで、1つの食器がどのようなシーンでも使え、時には調理器具としても活用できることが必要だった。そんな生活に合うよう提案したのが、さまざまなサイズのボウルを中心とした食器群だった。この提案なら丼や麺を多く食べるアジアにも受け入れられやすいという計算もあった。

 また、パーティー文化のある国では、立食形式で食事をする機会も多い。底が平らなサービングプレートなら、皿の上に直接カップを置いて、歩き回ることもできる。個人の暮らしに合わせて使い方を変えられるのも、新しいIKEA 365+のディナーウェアシリーズの魅力なのだ。こういった利便性を追求できたのも、ホームビジットやインスピレーショナルトリップで、人々の生活を注意深く観察した結果だ。

 スタッキングしたときの姿の美しさや収納性にも気を使った。IKEA 365+では、限られたキッチンスペースを有効に活用するため、そのほとんどが、積み重ねて収納できる省スペース設計になっている。スタッキングしてもデザインが崩れないよう、全体のバランスを計算してデザインしていると言う。

■多くの人に使ってもらうまでがデザイン

 新しいIKEA 365+のディナーウェアシリーズのサイズは、使い勝手と重ねて収納するときの美しさを考えて割り出した。普遍的な形を求めて、シリーズ全体で高台の高さを統一するなど細部にも配慮は欠かさない。

 しかし、イケアの商品開発やデザイン開発は、ここでは終わらない。何よりも大切なことは、多くの人に手に取ってもらえる価格にすることだからだ。鍵となるのは、工場と物流への配慮だ。

 今回の商品の場合は、世界の各地域にある3つの工場で製造しなければならない。異なる3つの工場で、使う素材や形、品質を同じにして、しかも大量に生産するためには、作りやすいフォルムであることも必要だ。さらに、コストを抑えるには1つのパレットにできるだけ多くの商品を梱包しなければならない。強度を保つための厚みも考慮する必要があった。

■イケア独自の5項目の評価メソッド

 今回開発したIKEA 365+のディナーウェアシリーズだけではなく、イケアのすべての商品開発の根底にあるのは、「デモクラティックデザイン(みんなのためのデザイン)」という理念で、「形」「機能」「品質」「サステナビリティー(持続の可能性)」「低価格」という5つの要素から成り立っている。

 イケアのカタリナ・レーヴェンアドレル氏(デピュティ・マネージング・ディレクター)は、「機能的な商品で、毎日の生活をもっと楽にする。安全に長く使える品質、サステナビリティーも重要です。たくさんの方々にデザイン性のある商品を届けるには、低価格でなければなりません。もしこの5項目のうち、どれか1つが突出していても、どれか1つが欠けていても、デモクラティックデザインではないのです」と語る。

「デモクラティックデザイン」という理念の象徴とも言えるのが、輸送効率を最大化した商品梱包だ。原材料調達から配送までを商品開発やプロダクトデザインに取り入れて、低価格を実現(写真:谷本隆)

 イケアでは、これら5つの項目を満たす、独自の評価システムを商品開発に用いている。各項目を頂点とする五角形上にスコアを記し、バランスが良いものだけが新商品として日の目を見るのだ。構造、素材、リスクなど、商品に関するあらゆる情報を文書化し、共有したうえで行うこのスコアリングには、商品開発のメンバーやエンジニア、材料調達を担当するサプライマネジャー、商品の販売予測を立てるコマーシャルマネジャーや、顧客対応を行うコミュニケーションマネジャーらが参加する。

 2014年から導入したこの評価システムは、ロングセラー商品など、それ以前から販売する商品についても実施していると言う。その結果、スコアが少し足りないものには改良を加え、大幅に足りない場合には、その商品はロングセラーでも廃盤となる。デザイナー以外が客観的評価を下すことで、多くの人々に行き渡るイケアらしい商品となる。

IKEA 365+シリーズの調理器具は、丈夫で使いやすいのが特徴。鍋底は、ステンレススチールでアルミニウムの中間層を挟んだ3層構造。へこみやゆがみが出にくい
丈夫な耐久ガラスを使用したグラスも重ねて収納できる。IKEA 365+シリーズの商品はすべて、ビジネスホテルやレストランなどでも使える基準を満たす

(日経デザイン編集部)

[書籍『イケアのデザイン』の記事を再構成]

【参考】日経デザインは12月9日、「イケアに学ぶ 愛されるデザイン作り徹底講座」(店舗視察付き)をIKEA Tokyo-Bay(千葉県船橋市)で開催。詳しくはhttp://business.nikkeibp.co.jp/nds/semi/

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