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木からファッショナブルな「美女」生む彫刻家

2016/11/10

 木彫りでファッショナブルな「美女」を生み出す彫刻家、飯沼英樹さんが日本で初の大規模展覧会を開いている。彼の仕事の相棒はファッション誌。日本のもの、外国のもの、書店で大量に買ってきては、自分の感覚に引っかかった女性の写真を切り取り、透明なファイルにストックする。写真の女性たちは飯沼さんの木彫り彫刻の“モデル”。生身の人間では存在感がありすぎてイメージを膨らませる余地が限られるからという。人物そのものだけでなく、周りの風景や空気感も含めて、木彫りの作品に落とし込んでいく。

 「木彫り」と聞いて、多くの人が瞬間的に想像するのは、仏像や民芸品のようなものではないか。しかし、欧米人のファッションモデルのような女性像にメークを施し、ハイブランドの服をペイントした飯沼作品のカラフルさを前にすると、そうした通念は吹き飛ぶ。

■華やかさと神聖さ

 松本市美術館(長野県松本市)で開催中の飯沼さんの展覧会「闘ウ女神タチ」の会場は、百数十体の女性像が配置され、ファッションショーのような華やかさと、強い視線の女性たちが醸し出す神聖さが同居する空間だ。

翼を持った女性は飯沼英樹さんの木彫り像の特徴の一つだ

 松本市で生まれ育った飯沼さん。高校卒業後、大学進学のため東京に移った。1999年、フランスに渡り、以降、フランスやドイツなど欧州を拠点に本格的に作家活動を始めた。帰国は2006年。同じ松本出身の世界的芸術家、草間彌生さんの常設展で知られる松本市美術館での今回の大規模展覧会は、いわば故郷への凱旋だ。「幼いころから野山を駆け巡り、見渡す限り山という環境で育った。森や林といった自然の中で親しんだ経験が、木を使う芸術家になるきっかけだったと思う。いつも山の向こうに何があるのだろうと考えていた」と飯沼さんは語る。

■女性に象徴としての美を見る

 飯沼さんの彫刻は、全て女性だ。ファッション誌の中から美しい女性を探し、街中でカメラを抱えて女性の姿をキャッチすることもあった。「学生のころ、雑誌に載っているような美しい女性をどうしても見たくて、欧州でファッションショーやクラブに行ってみた」と振り返る。会いたい、友人になりたい、というより「見たい」。この彫刻家は、美しい女性の中に象徴的な美を見いだす。理想の女性像が頭の中に存在して、それを追い求めていくタイプではない。あくまで、自身のアンテナがキャッチした美を淡々と表現していく。「報道記者みたいな感じで。美の象徴のようなものをドキュメントしていくことに興味がある」

ランウェイを模したピンク色の部屋に配置された飯沼英樹さんの女性像

 「僕のテーマカラーはピンクなんですよ」。差し出された飯沼さんの名刺はピンク色だった。展覧会の中でファッションショーのランウェイを模した部屋の一つも、壁を強烈なピンクに塗った。「たぶん、自分の中に女性っぽいところもあるから。男性が女性の彫刻を作るというアプローチと、自分の中の女性性がファッションモデルに憧れるような気持ちを作品を通して表現するという、二つの側面のバランスを取っている。だから、ピンク色が好き」と分析してみせた。男性と女性のあわいの中に、飯沼さんの作品は成り立つ。

■一人での制作に価値見いだす

 女性像とともに飯沼さんを際立たせているのが、たった一人で作るというスタイル。世界の現代アートの流れは、分業でテクノロジーも駆使し、大型の作品を作るというもの。ともすれば芸術家本人の手を離れてしまう感もある。「尊敬する(イタリアの巨匠)マリノ・マリーニは、おじいさんになっても誰にも作品を触らせずに一人でコツコツと彫っていた。こうした一人の人間しかできない、原始的な行為が今後、逆に価値を持ってくるのではないかなと思っている」と言う。「ノミと木さえあれば、誰でも芸術家になれる、そっちのほうが希望があると思いませんか?」

一人で木彫り像を制作するのを信条とする彫刻家の飯沼英樹さん

 むろん飯沼さんは現代のアートマーケットに背を向けているわけではない。むしろ、冷静な目で見据えている。日本より欧州で先に評価され、「アートバブルにも乗った」と笑うが、あえて日本を拠点にした。「自分の文化、住むべき場所にしっかりと腰を据えて生産していく。自分のバックグラウンドのある土地で力強い作品を作ることが、結局はグローバルにつながるという発見があった」からだ。「世界中いろいろな芸術家がいる中で、小さいころから慣れ親しんだ木という素材を使うことが、大きなアドバンテージになる」。そう確信する飯沼さんのアトリエには、いつもチェーンソーとノミの音が響き渡っている。

(映像報道部 桜井陽)

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