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米バンガード訪問 コスト重視、まるで運用業界の生協 インデックス投信の「聖地」訪問記(1)

2016/11/10

米バンガード本社(ペンシルベニア州)

 低コストで投資できるインデックス(指数)連動型投資信託を、米バンガード社が1976年に個人に初めて販売してから今年で40年。最初は人気がなかったが、最近では日米ともに株式投信残高の3割を占めるまでに拡大、人気は一層加速しつつある。バンガードは今もインデックス型投信の最大手で、運用資産は日本の公的年金の2.4倍にも達する。米ペンシルベニア州の本社を訪ねると、成長を支える特異な会社組織と企業文化が見えてきた。

■まるで広大な大学のキャンパス

 東海岸のフィラデルフィア市は独立戦争時に独立宣言の起草が行われ、18世紀後半には一時米国の首都でもあった歴史の街だ。そこから車で西に40分。途中で道は片側一車線になり、周囲はむせるような緑に覆われる。突如として目の前に現れるのが、低層の建物が点在する、大学のキャンパスのような広大な敷地。広さは東京ドーム25個分もあり、秋にはウチワカエデの赤く美しい紅葉が見られる。これがバンガード本社だ。

 「ここに来るのが、本当に夢だったんです」。同行した水瀬ケンイチ氏(43)がつぶやいた。水瀬氏は月に60万件もの閲覧があるカリスマインデックスブロガーで投資の著書もある。この場所は、インデックス投資家たちのいわば“聖地”なのだ。

 バンガードの最近の急成長はすさまじい。2015年まで5年間の資金純流入は計80兆円。米国全体の投信への資金流入の実に45%をバンガード1社で獲得した。2005年度末に約100兆円だった運用資産は、15年度末には約330兆円になった。世界最大級の機関投資家といわれる日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の約130兆円をはるかに上回る(グラフA)。

 急成長の背景には投信業界の3つの変化がある。(1)確定拠出年金(DC)を通じた資金流入(2)運用担当者の腕で市場平均を上回ろうとするアクティブ(積極運用)型投信への期待低下(3)独立系金融アドバイザーたちに広がるコスト重視の傾向――だ。バンガードは圧倒的な低コストを武器にこうした流れを自分に引き寄せている。

■コストは日本の10分の1

 日米の投信のコスト(純資産で加重平均)の変化を見てみよう(グラフB)。日本の信託報酬が年1.3%前後で高止まりしているのに対し、米国は0.64%と半分以下。さらに突出して低いのがバンガードだ。

 同社は収入が経費を上回ると、毎年、投信の信託報酬を引き下げて投資家に還元する。1985年当時の信託報酬は0.6%程度で今よりは高かったが、毎年引き下げた結果、今では0.12%(加重平均)と米国全体の5分の1、日本の10分の1だ。

 なぜこうしたことが継続的にできるのか。バンガード本社の会議室で、同社マネジングディレクターのクリス・マカエザック氏に話を聞くことにした。

 この日は雨交じりの天気。窓の外には広大な森が広がり、木々が風でうねるように揺れている。マカエザック氏を待っている間、「鹿だ!」と誰かが言った。窓の外、敷地内のほんの50メートルほど先に、親子の野生の鹿が雨を避けるように大木の下でたたずんでいる。自分が巨大金融機関の本社にいることの現実感が薄れてくる。

 入室したマカエザック氏はまだ40歳代。ノーネクタイのカジュアルな服装で、にこやかに説明を始めた。「最大のカギは資産運用業界では他に類を見ない、会社の構造にあります」

 バンガードは自社の運用するファンドによって、運用会社であるバンガードの株式が所有されるという特異な所有構造を持つ。

■ファンドそのものが会社を所有

バンガードのマネジングディレクター、クリス・マカエザック氏

 「このため運用会社の利益と投資家の利益が相反することなく、クライアント・ファースト(顧客第一主義)を貫けます」(マカエザック氏)。バンガードでは投信の販売が伸びて収入が経費を上回ったとき、そのほぼすべてを投信の信託報酬の引き下げと、サイトの使い勝手向上などサービス強化に回す。

 一方、通常の投信会社には外部株主がいる。投信の販売が拡大して信託報酬が増えたとき、外部株主の利益に配慮せざるを得ない。投信の投資家の利益と外部株主の利益は基本的には相反する。経費を上回った収入の全額を顧客に戻すことは通常できない。

 この特異な所有構造は、創業者のジョン・ボーグル氏が金融当局と激しい交渉をし、利益の最大化を目指さないという約束のもとで認められたものだという(図C)。

 「我々は従業員をクルーと呼ぶ。金融業界で競争に負けないレベルの給与は出すが、億万長者を生み出すような報酬体系はとっていない」(マカエザック氏)。しかも都市部から遠く離れた場所ではあるが、「顧客本位の仕事ができる」という魅力で人材は集まる。

 実際、バンガードの本社内で多くのクルーから「自分はバンガードが大好きだ」という声を聞いた。入れ替わりの激しい米金融業界では珍しく、20年、30年勤務など勤続年数の長い人が多いのも同社の特徴だ。最高経営責任者(CEO)のビル・マクナブ氏も勤続約30年、マカエザック氏も勤続二十数年という。

 外部株主がいないという構造は往々にしてコーポレート・ガバナンス(企業統治)の弱体化につながりがちだが、バンガードの場合、1975年の創業以来、ガバナンスに関するネガティブなニュースを聞かない。

 バンガードという企業文化に賛同している従業員の高いロイヤルティーのほか、取締役会メンバー10人のうちCEOのマクナブ氏以外の全員が外部取締役という構造が、ガバナンスを支えている面もある。

 ちなみにバンガードの過去の社外取締役の顔ぶれを見ると、「敗者のゲーム」を書いたチャールズ・エリス氏、「ウォール街のランダム・ウォーカー」のバートン・マルキール氏など、資産運用業界の巨人たちの名前がずらりと並ぶ。

 話を聞きながら最初に思ったのは、「日本でいえば保険の相互会社の在り方に近いのではないか」ということだ。利用者がお金を出し合って保険事業を運用し、収入が経費を上回れば利用者に還元するのが本来の相互会社だ。

■一種の社会インフラの役割も

 しかし実際に相互会社の形態をとっている大手生命保険会社は、今では必ずしも理念のままの経営とはいいがたい。利用者に返しているのは費用を上回った金額の一部にすぎず、残りは内部留保として蓄積されがちだ。かつては剰余金の最低8割を配当で還元するルールもあったが、金融危機時などに緩和され、今では最低2割に引き下げられている。

 実際に今の日本でバンガードの企業文化に近いのは、生活協同組合かもしれない。例えば利用者が「都道府県民共済」などの保険事業にお金を出し、経費を上回った分は実際にほとんどが配当として還元されている。

 バンガードは世界最大級の運用会社でありながら、生活協同組合のような利用者本位の経営を維持している。この結果、多くの投資家が低コストで効率的な資産形成をするための、一種の社会インフラとしての役割も果たしている。

 最近、米国の企業型DCで伸びている「ターゲット・デート・ファンド(TDF)」も低コストな点などを好感されバンガードがシェア1位だ。

 バンガードが運用する上場投資信託(ETF)は日本でも買える。低コストでの世界分散投資で資産形成を目指す若い投資家たちを中心に、人気を集めている。前述の水瀬氏もその一人だ。

 バンガード本社の会議室で、水瀬氏がマカエザック氏に聞いた。

 「私はバンガードのETFを、日本のネット証券を経由して保有しています。日本で販売するためには、各種事務手続きや資料の翻訳等、コストがかかっているはずです。それでも日本を含めた海外に商品を提供することについて、どう考えていますか」

 マカエザック氏は「思い上がりと感じられてしまうかもしれないが……」と言った後、「我々は米国の投資家だけでなく、全世界の投資家の役に立つことができると自負している。あなたにもです」と言葉を続けた。

 水瀬氏の顔が心なしか紅潮したように見えた。もともとのバンガードファンが、こんな言葉をかけられたら無理もない。その日の夜に一緒に食事したとき、水瀬氏は「感動しました」と何度か繰り返した。

(編集委員 田村正之)

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