変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

欧米に比べて、日本企業は将来の経営人材の育成が遅れているとされる。国内の有力社会人大学院が経営幹部向けの教育プログラムを相次いで強化するなか、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)は2017年9月、「エグゼクティブMBA(EMBA)」をスタートする。ICSの楠木建教授は「リーダーを『育てる』ことはできない」としながら、独自の人材育成法はあると強調する。メディアに引っ張りだこの日本を代表する経営学者が編み出したリーダー育成法とは何か。

◇   ◇   ◇

「『具体的な方法が書いてないじゃないか。カネ返せ』と多くの方から言われますね」。楠木教授はロングセラー経営書『ストーリーとしての競争戦略』への反響について、冗談交じりにこう話す。

リーダーに必要なのはスキルとセンス

一橋大学のほか、慶応義塾大学や早稲田大学など多くの有力大学がビジネススクールを設置している。一方で「金銭や時間的な負担に対して、十分なリーダー教育ができていない」などの批判があり、ビジネススクール教育には懐疑的な人もいる。

楠木教授は「そもそも経営人材のようなトップリーダーは育てられるものではない。そうした人材にはスキルを超えたセンスが不可欠。担当者人材は優れたスキルがあれば事足りるが、商売を丸ごと動かす経営となると、スキルではどうにもならないものがある」と指摘する。スキルというのは英語や会計学、マーケティングなどの専門的な知識。学習すれば、身に付けられ、担当者レベルであれば必須の素養だ。しかし、楠木教授のいうセンスとは「もうけるセンス。経営人材が会社を丸ごと動かし成果を出すのに必要なもの。このセンスは天性のものがあり、講義や研修だけで学べるものではない。ただセンスが育つ場を設計し、自らセンスを磨くことを助けることはできる」という。

楠木教授は「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長から人材育成のサポートを依頼されるなど、多くの企業の人材育成の現場に立ち会った。その経験を元に、「成長戦略フォーラム」という、リーダー育成の新たな「実践的な実験」を3年前から主宰している。

フォーラムの立ち上げにあたり、楠木教授はまず、偶然や幸運の産物ではなく、優れた戦略によって高収益を上げている新興企業を選び出した。そして各社のトップに「次世代のトップ候補3人を選んでほしい」と依頼した。「現トップからすぐに名前が挙がらない企業の参加はお断りした」という。その結果、参加したのはサイバーエージェント、ピジョン、ユナイテッドアローズ、良品計画、エムスリー、マクロミル(東京・港)、スタートトゥデイ、日本駐車場開発、東京糸井重里事務所(東京・港)など20社。各社の選抜メンバーでフォーラムは発足した。このフォーラムは年間で200万円がかかる経営人材育成プログラムであり、勉強会や異業種交流会ではない。「研修」ですらない。

「楠木フォーラム」から新規事業が次々誕生

このフォーラムで楠木教授は、各社の次世代リーダーに『本物』の事業提案をするように求めるが、教授独特の表現が面白い。「カラオケを歌うように他のメンバーの面前で事業提案を演説し、互いに議論する場」というのだ。

「担当者としての提案ではダメで、経営人材の立場で商売を丸ごと動かす戦略事業を出さねばなりません」という。自らの歌を他者に披露し、歌えば歌うほど上達するという訳だ。逆に言えば、こうでもしなければ歌は上達するものではない、ということだ。

もう一つの仕掛けは、著名経営者を呼んでメンバーと議論を展開する「車座セッション」。楠木教授は国内外の経済人に幅広い人脈を持つ。全国で旅館・ホテルを運営する星野リゾート(長野県軽井沢町)の星野佳路社長など、フォーラムの趣旨に賛同する経営者とメンバーとの対話で、優れた経営者の「センスの匂いをかぐ」ことを目的としている。

さらに興味深いのはこのフォーラムの成果だ。「これまでにいくつもの事業や事業会社が実際に生まれた」(楠木教授)という。医療情報サービスのエムスリーからゲノム医療検査サービス会社、良品計画からも無印良品のBtoB(企業間取引)版という新事業が誕生するきっかけとなった。

「このカラオケと車座で新たな事業が生まれ、次のリーダーが自律的に育っている」と楠木教授は話す。こうした成果を耳にして、結婚情報サービスを手掛けるIBJや、伝統工芸品のSPA(製造小売り)業態を確立した中川政七商店(奈良市)など、新たにフォーラムに参加する企業が増えている。

多くのビジネススクールは「トヨタ自動車のカンバン方式」などのケーススタディーをベースにした授業(ケースメソッド)を展開する。それは、あくまでも「仮の現場」を想定した議論だ。しかし「楠木流」の神髄は、カラオケと車座による「戦略構想の場の提供」。本物の新規事業が次々誕生する、そんな場から、次世代リーダーが続々と世界に飛び出していくのかもしれない。

楠木建氏(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
専攻は競争戦略。1964年生まれ、東京都出身。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。 趣味は音楽(聴く、演奏する、踊る)。

(代慶達也)

「探訪ビジネススクール」は随時掲載です。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック