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不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅 日伊協会常務理事 二村高史

2016/10/27

切り立った岩山に抱かれたピエトラペルトーザの町

 イタリアは世界遺産都市を数多く抱え、日本人観光客の圧倒的な支持を得ている。人気旅行先ランキングでは常に上位だ。とはいえ、団体旅行は決して訪れない、そして個人客でもなかなかたどり着けない田舎にこそ、魅力があるという。イタリアに通い続けること35年、日伊協会常務理事の二村高史氏に、イタリアの田舎を路線バスでめぐる旅の魅力について教えてもらった。

◆       ◆       ◆

 その国の本当の姿は田舎にあるという。イタリアというと、ベネチアやフィレンツェばかりが注目されるが、イタリアの真の姿を見たければ田舎に行くのがいいと思う。

 田舎に行けば、底抜けにおせっかいなおじいさんや、顔は怖いけれどもとても愛想のいいおばさんや、うるさいほど人なつこい少年に出会うことができる。もしかすると、道ですれ違う見慣れない東洋人を見て、最初はうさんくさげな視線を投げかけられるかもしれないが、目が合った瞬間ににっこり笑って「ブォン・ジョルノ」と言えばいい。夕方以降だったら「ブォナ・セーラ」。そうすれば、相手もにっこりとほほ笑んであいさつを返してくれるはずだ。

■「切符はどこで買えますか?」

 そんな町や村に行こうと思うと鉄道だけでは難しい。レンタカーで田舎を巡っている人もいるが、その土地の空気に触れるにはやはり路線バスである。バスの座席は視点が高いので、街並みや人の様子がよくわかるのもいい。もっとも、イタリアの路線バスを乗りこなすのには、ある程度の度胸と経験、そしてほんの少しの会話力が必要である。でも、ハードルが高ければ高いほど、それを克服したときの喜びも大きい。

 イタリア半島を長靴に例えたときに、土踏まずの辺りにあるのがバジリカータ州。その州都ポテンツァから30キロほど離れたピエトラペルトーザという人口約1000人の小さな町に、妻と2人で行ったときのことである。家々の背後にごつごつとした奇岩がそびえ立つ光景に驚き、岩山の頂上にある城砦から眺めた絶景に満足して、さあ帰りのバスに乗ろうとしたところで問題が起きた。

 ベースキャンプにしている州都のポテンツァに戻るバスは平日のみ6往復の運転。最終便は17時発だということは調べておいたし、バス停の場所もあらかじめ聞いておいた。問題はどこでバスの切符を買うかということである。

岩山の頂上にある城砦から町を眺める

 バスの切符なら車内で買えばいいだろうというのは日本の発想。イタリアではそれが通用しない。市内バス、中長距離バスを問わず、町なかのバール(コーヒー、アルコール飲料、軽食などを売っている店)かタバッキ(たばこや宝くじなどを売っている店)などで事前に買わなくてはならないことが多いのだ。

 しかも、バールやタバッキなら必ず売っているかというと、そうではない。売っている店を探さなくてはならない。都会ならばすぐに見つかるが、田舎に行くと町に1軒しかないということが、けっして珍しくない。このピエトラペルトーザがまさにそうであった。

岩に飲み込まれたかのような家

■困ったときは顔の広そうなおじさんに泣きつけ

 たまたま町なかに、ヒマそうな老紳士を2人見かけたので(イタリアの田舎の老人はたいていヒマである)、私はここでイタリア路線バスを利用するときの必須会話を口にした。

 「バスの切符はどこで買えますか?」

 すると、2人は顔を見合わせて、そのうちの電動カートに乗った老人が遠くを指さして困ったような口ぶりで言った。

 「あそこの店で売っているんだけど、きょうは土曜日だから18時にならないと開かないんだ」

 17時が最終バスなのに、開店が18時とは不条理な話である。ぼうぜんとしている私を見て、その電動カートの老人は言った。

 「心配するな。あの店の主人はオレの妹だ。電話してみる」

 スマートフォン(スマホ)ですぐさま電話をしてくれたのだが、どうやら女主人は不在らしい。しかたがないので、お礼を言ってバス停に向かおうとすると、「まあ待て、一緒に行こう」。坂道を電動カートで先導してくれた。知り合いとすれ違うたびに、「この人たちのバスの切符が買えなくて……」とか何とか説明しているので、ちょっぴり恥ずかしい。

ビールを飲みながらバスの発車を待つ

 町はずれのバス停にやってくると、また何やら電話をしている。しばらくして登場したのが、40歳くらいの苦み走った男性である。「このバスの運転手だよ。オレの親戚だ」。彼にひと言ふた言話すと、「もう大丈夫だ」と老人はウインクする。キツネにつままれた気分でバスに乗ると、運転士はニヤッと笑い、まるで手品のようにどこからか切符を取り出した。

 「切符を持っているなら、最初から車内で売ってくれ!」。思わず叫びそうになった。

 もっとも、最近では車内で切符が買える会社も増えてきた。それはそれでいいのだが、同じバス停から発車するバスでも、会社によって前もって切符が必要な場合とそうでない場合があったりして、旅行者にとって混迷は深まるばかりなのである。

州都ポテンツァが見えてきた。ここもまた山の上にできた都市

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