脳を活性化し認知症を予防・改善 注目集める学習療法
非薬物療法には回想法、音楽療法、運動療法などいろいろあるが、公文教育研究会の学習療法センターと東北大学の川島隆太教授との共同作業で開発された学習療法もその一つとして最近、テレビや新聞で取り上げられ注目されている。公文の学習療法を通じて、学習療法の可能性について考える。
「計算・音読」+「コミュニケーション」で前頭前野が活性化
公文の学習療法は、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授と公文の共同研究により誕生した。川島隆太教授は、fMRI(ファンクショナル・エムアールアイ、磁気共鳴機能画像法 注1)という装置で、何をしているときに脳が活性化するのかを調べた。その結果、簡単な計算問題を解いているとき、本を音読しているときに前頭前野を中心とした脳が活性化することが分かった。
また、光トポグラフィー[注2]を使った研究から、人とコミュニケーションしているときも、音読や計算をしているときと同様に、前頭前野が活発化することが分かった。
そこで、川島教授は、fMRIや光トポグラフィーなどの装置を使って、「簡単な計算と音読」に、他者との「コミュニケーション」を組み合わせると、脳全体がどう変化するかを調べた。すると、前頭前野を中心とした脳全体がより活性化されることが明らかになったのである。
前頭前野は、人の心をつかさどる機能を持っていて、その働きは、思考する、行動を抑制する、コミュニケーションをする、意思決定をする、感情を制御する、記憶をコントロールする、意識・注意を集中する、注意を分散する、やる気を出すなど多彩だ。また、脳の他の領域がうまく働くように命令を発する「脳の司令塔」でもある。
この前頭前野が活性化されると、人はいきいきと活発になり、記憶力や集中力も高まることが分かっている。公文が開発した「くもん学習療法」は、この前頭前野に働きかけて、認知機能の改善・維持が期待できる脳のトレーニング療法だ。
[注1]磁力と電波を使って、脳の断層写真などを撮るMRI(磁気共鳴画像)装置を使い、血流の情報を画像の上に示す方法。
[注2]近赤外光を使って脳活動に伴う大脳皮質の血中ヘモグロビン濃度変化を調べる装置。活発に働いているところの画像は赤くなる。
「表情が明るくなる」「意欲的になる」といったケースも
その効果について、川島教授と公文は共同研究を行った。認知症高齢者を、学習療法を行った群と行わなかった群に分けて、学習開始前と、学習開始6カ月後にFAB(前頭前野機能の検査)とMMSE(認知症機能の検査)という脳の機能検査を行ったのだ。その結果、学習療法を行った群ではFABとMMSEのどちらの検査でも数値が改善されることが分かったという。
また、検査数値の改善だけでなく、学習療法を行った人の中には、無表情だった人が笑顔を見せるようになったり、おむつが必要だった人が、自発的にトイレに行くようになり、おむつが取れるなど、日常生活面での変化も数多く見られたという。
2012年に公文が行った「くもん学習療法」を導入している約130施設のスタッフへのアンケート調査によれば、「表情が明るくなる」「意欲的になる」「笑顔が多くなる」「コミュニケーションが取れるようになる」という項目に多くのスタッフが「効果が期待できる」と回答している。
スタッフのモチベーションもUP
また、スタッフにとっての効果も大きく、学習療法を行うことで、コミュニケーションがうまく取れるようになった人もいれば、利用者をさまざまな視点から観察することができ、変化に気づきやすくなった人もいた。こうした利用者の良い変化が、スタッフのモチベーションも高め、よりよい介護につながっているケースも多いという。同様に、家族や施設にとっても効果は実感されているそうだ。
1日30分、1対2で行うプログラム
では、実際にくもん学習療法はどのように行われるのか。
くもん学習療法には、認知症になった人の症状の改善を主な目的として高齢者介護施設で導入実践されている「くもん学習療法」と、認知症の予防を主目的として自治体等の介護予防事業として実践されている「脳の健康教室」がある。
どちらも基本的な流れは同じ。1日30分、1人の支援者が、2人の学習者を担当する。症状の重い人や、都合で1人になってしまう場合もあるが、基本は1対2。これは、プログラムを作成する過程で、1対1よりも1対2の方が、効果が高いと分かったためだという。
まず、独自のテキストを使って、「読み書き」と「計算」を学習する。脳のトレーニングが目的なので、一人ひとりがラクに学習できる教材が使われる。これは、あらかじめ脳機能検査を行って、その人のレベルにあった教材を決定しているのだという。
テキストによるトレーニングが終わったら、「すうじ盤」とよばれる作業をする。これは、数字が順番に書かれたシートの上に、同じ数字が書かれた磁石入りのチップを置いていく簡単なゲームである。これも、読み書き・計算と同じように、脳が活性化することが分かっているという。
3つの作業が終わったら、支援者や学習者同士でのコミュニケーションタイム。ここまでで約30分のプログラムである。認知機能の維持・改善を目的とする「くもん学習療法」では、これを毎日続けることが大切だが、デイサービスなどで受けられる日数が限られる場合、週3回以上行い、あとは家庭での学習(宿題)で補ってもらうという。
認知症の改善だけでなく、予防にも効果
認知症の予防を目的とした「脳の健康教室」の場合は、週1回で、他の日は自宅で宿題を行う。また、脳の健康教室では、30分の学習療法を行う前に、別室の懇談コーナーで一休みする時間が設けられている。時間が来るまで、支援者とのコミュニケーションはもちろん、学習者同士がコミュニケーションを取ることが、脳の活性化に役立つという。
また、友達の輪が広がり、それがきっかけで社会参加の一歩にもつながる人も多いのだとか。例えば、脳の健康教室に数カ月通うことで、受講者仲間から刺激を受けた人が、新しい趣味を始めたり、地域のボランティア活動に参加するようになったりと意欲が向上したケースも少なくないそうだ。
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今回は学習療法の概要を紹介したが、実際にこの療法が導入されている現場はどんな様子なのだろうか。次回から2回に分けてリポートする。
(ライター 伊藤左知子、写真 室川イサオ)
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